ハニートラップには気をつけよう!
さすがに……流石に連続更新は……キツキツだぁ……!
というわけで突然途切れても心配しないでくださいね、ぼちぼち書き進めるので……
女王マリィ・マリリネア・ムートポスは、端的に言えば突然担ぎ上げられた田舎娘である。
先代女王――かつてドスケベ催眠おじさんと旅した「姫」にして、祖国再建を成し遂げた稀代の女傑は、とある事情から子をもたず、夫を迎えることもしなかった。その事情は秘密とされているが、噂好きなムートポス臣民の間では、かの英雄に操を立ているのではないか、などとまことしやかに囁かれている。
ともかく後継ぎがいないので、先代女王なき後、次代の王を探すのは困難を極めた。
なにせ、先代女王は「亡国の姫君」。魔王に襲われ血の海になった王城を、命からがら逃げ出してきた生き残りなのだ。当然ながら王家の血を引くものは彼女を除いて一族郎党皆殺しにされている。嫡子がいないから継承順位第二位の叔父さんに継いでもらおうね、ということすら不可能。
クソが! どうしてこんなになるまで放っておいたんだ! 適当に養子でもとっておけばよかっただろ! 先代のバカヤロー!!
……などと海に向かって叫んでも、答えは返ってこないわけで。恨み節をうたう暇すらなく、家臣たちは後継者探しに奔走するはめになった。
王族が全滅している以上、遠縁の親戚、具体的には婿入り嫁入りなどで血の交換があった旧貴族の子孫をあたっていくわけだが、滅びた国の焼けた家系図を辿る作業も決して楽ではない。自国領のみならず、時には他国に亡命した元ムートポス貴族を訪ねたりもしたが、すでに高齢で為政者の激務に耐えないとか、あるいは子孫が幼すぎてお飾りの王に据えることすら躊躇われるといった事例も珍しくなかった。ひどいときには骨壷を渡されて「こんな姿になってもお役に立てるなら祖国へ連れ帰って頂いて構いませんけど……」とか言われたりした。無理に決まってるだろ。
度重なるたらい回しの末、担当官たちは疲れきり、ハードルを下げまくってようやく適任者を探し当てた。
白羽の矢が立ったのは、辺境で家業の手伝いをしていたマリィ。年齢的にも絶賛ピチピチギャル謳歌中といった若さで、最低限の読み書き計算と人付き合いの心得がある申し分ない人材。
マリィの曽祖母は王都出身の元娼婦であり、旧ムートポス公爵家の三男坊との間に子を授かり、公爵家の仕送りで田舎に移り住んでいたため魔王の侵攻を逃れた……というより、歯牙にもかけられないほど小物だったというべきか。
不敬を承知で申し上げれば、マリィ女王はぶっちゃけ「頑張って家系図をめっちゃ辿れば高貴な血が流れていると言い張れなくもない」程度のほぼほぼ平民ガールなのだ。
当然、そんな「ほぼ平」が王のつとめを全うするのは難しい話。関係各所を説き伏せて突貫工事で戴冠式を済ませたまでは良かったものの、テーブルマナーもろくに知らず頻繁にドレスの裾につまずく新米女王の素養を疑問視する声も少なくなかった。
が、当初の不安を覆し、ほぼ平マリィの治世はたった数年で安定した。戴冠五周年記念式典のころには反発する家臣もいなくなり、武官おじさんも文官おばさんもみんなニッコニコでマリィと社交ダンスを踊りたがった。
側近の働きがすこぶる優秀であったから、という理由もある。だかそれ以上に、マリィが権力の拠り所とした信仰の対象が良かった。
そう、ドスケベ催眠おじさんである。
救国の英雄を神格化し、神にも等しい男から国を託された姫の意志を継ぐものとして、自身の格を上げる。マリィと側近たちによるイメージ戦略は、国中を集団催眠にかけたかのごとく抜群によく効いた。
ドスケベ催眠おじさん御用達といえば家庭料理の甘辛チキンですら縁起物になるご時世。そうでなくとも、ときどきマリィ自ら民衆の前に出向いて、王家にだけ伝わるとされる勇者と姫のちょっぴり切ないラブロマンスでも涙ながらに語ってやれば、ドスケベ催眠おじさん信奉者や先代女王ガチ勢たちはイチコロ。たとえその逸話が誇張モリモリの半分でっちあげストーリーだとしても、うら若きニュー女王の朗読する「隠された感動秘話」というやつにみんなメロメロになった。
国教である流転教会の教皇が現女王の権力を正当と認めたことも後押しとなり、今ではマリィ・マリリネア・ムートポスを憎む者など、それこそ奈落の悪魔くらいのものだと言われるほどに確固たる地盤を築き上げた。
とはいえ、そんな安寧も永遠のものではないとマリィ女王はよく理解している。
今はまだマリィが若くて健康だからいい。だが歳をとり寿命を迎えたら? あるいは子を産む前に病や天災で突然死したら? それこそ二代目魔王でも現れて田舎の実家もろともブッ潰されたら? ドタバタ交代劇の再演だ。
マリィ女王は適齢期のうちに跡継ぎを確保しておく必要がある。英雄をダシに使った以上、半端な相手では世論が許さない。できればドスケベ催眠おじさんに次いで現代の英雄と称えられる存在、自国で無理なら他国から婿にもらってもいい、どうにかして名のある傑物を迎えられないものか――
――そんな折、ドスケベ催眠おじさん本人が自国にノコノコ転生してきた。
カモである。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎
王都某所、日もとっぷり暮れた夕食どき。
招待状を握りしめ、軍服スタイルのドスケベ催眠おじさん一行が辿り着いたのは、王城――からは少し離れた、閑静な住宅街にひっそりと門を構える、隠れ家的レストラン。
あえて豪華なパーティー会場ではなく小規模な空間を選んだのは、リラックスした気楽な雰囲気で純粋に食事を楽しむため……だけでは決して無いと、ドスケベ催眠おじさんは口酸っぱく忠告を受けている。
「このお店、両親に連れられて来たことがあります。奥に宿泊所が併設されているので誘われても絶対断るようにしてください」
「わ、わかりました」
ドスケベ催眠おじさんは地頭の良いほうではないけれど、とりあえず油断できないことと、リナの実家のお財布事情はそれなりに余裕があることを把握した。
神話や伝説などをモチーフにした彫刻が施された門をくぐり、そのなかに太ったハゲがいることにゲンナリしながら、奥まったところにある玄関へと進んでいく。
こぢんまりした、されど洒落た風情の庭園は、つる植物やバラに似た花の生垣に彩られ、狭いながらも閉塞感を感じさせない。
「これ叫んでも助け来ねえな?」
「怖いこと言わないでくださいよ……」
ケヴィンはドスケベ催眠おじさんの軍服を細くしたような礼装に身を包み、ほぇーとかハァーンとか息を吐きながら辺りを見回している。
「ご安心ください。招待状が届いた時点で、クソツヨナメクジ様に現地での待機をお願いしてあります」
「前乗りしてるってことですか?」
「はい。恐らく十体以上」
つまり、生垣の中や外壁の陰にゴロゴロとナメクジが潜んでいて、何かあれば一斉に飛び出してくるというわけだ。
「でもなぁ。陛下の恐ろしさは武力とかそういう方面じゃねぇからなぁ」
「勿体ないお言葉ですわね。ちなみに私の人となりについて対魔騎士団でどう教えられたか伺っても?」
「うおッ!?」
庭園の珍しい花やら葉っぱやらをいじくりながらよそ見して歩いていたケヴィンの前に、予想より早く女王陛下その人が姿を現した。
スラリと伸びた長身を流れる、一つ結びのロングな黒髪。ピッチリとした軍服は、細部こそ違えど地球におけるパンツスーツに近い印象を受ける。ドレスなど道端に捨ててきたとでも言わんばかりの飾り気のない装いで、王というよりはどこぞのキャリアウーマンといった様子だ。
片手を腰に当て美しい曲線を自然に演出した立ち姿に、見とれる暇もなくケヴィンは平伏する。
「オアッ、じょ、女王陛下! これは失礼しました。さっきのは褒め言葉が転じたといいますか、表現がド下手なだけで全く他意はないというか。なにぶん育ちが悪いモンで……」
「冗談です。その程度で対魔騎士の忠義を疑ったりしません。頭を上げて」
「へ、へい……」
出鼻をくじかれ、ケヴィンは思わず三下の盗賊の腰巾着みたいな口調で縮こまってしまう。本当なら女王を視認したゼロ秒後に跪いて先制の敬礼をぶち込む予定だった。まさか玄関に入る前から精神的アドバンテージを握られてしまうとは――ケヴィンの首筋に嫌な汗が滲む。
「育ちで言えば、私も似たようなものですからね。さて……」
女王はゆるりと視線を移し、ななめ四十五度の流し目でドスケベ催眠おじさんを捉えた。
微笑みにうっすらと細められた瞳が、どこまでも深い海の色にきらめいている。
「はじめまして、勇者様。マリア・マリリネア・ムートポスと申します」
――その瞬間、ドスケベ催眠おじさんの脳裏に電撃が走った。
美貌に心を掴まれたから、というのも二割くらいは無いでもないが、それ以上に一刻も早く、確かめねばならぬことがある。
「は、はじめまして! いきなりで悪いんですが女王様、いま僕のこと、なんて……!?」
「あら。『勇者様』という呼び方はお気に召しませんでしたか?」
「とんでもない! ちょ、ちょっとだけ、一瞬だけお待ちください!」
ドスケベ催眠おじさんはリナのもとへそそくさと移動し、興奮さめやらぬ様子で耳打ちする。
「『ドスケベ催眠おじさん』じゃなくて『勇者様』って呼んでもらうのもアリなの!?」
「単に『勇者』の称号を持つだけの人物でしたら少なからず存在するので、混同を避けるために本名で呼び分けたほうがよいとは思われますが、この場において――何より、ムートポスという国の女王にとって、他に相応しい方がおられないので『勇者様』でも問題はないでしょう」
なんという光明! 革命的ブレイクスルー! ドスケベ催眠おじさんは歓喜に打ち震えた。
どうして今まで気が付かなかったのだろう? 略称がダメでも、名前の意味を教えるのがタブーでも、『勇者』という称号で呼んでもらえれば、恥ずかしい呼び名に耐え続ける必要はなかったのだ!
勇者だって地球の社会でそう呼ばれていたら相当イタい感じになっていただろうが、ドスケベドスケベ連呼されるよりは遥かにマシだ。ドスケベ催眠おじさんはドスケベ催眠おじさん脱却の大きなチャンスを得たのだ!
しかしそんな希望も、ほどなく打ち砕かれることとなる。女王は勇者様のただならぬリアクションを見て、ハッと口を押さえる。
「よもや称号を嫌っておられる……? 大変失礼いたしました。以降はきちんとお名前にてお呼びできるよう、努めてまいります」
「いやいやそんな! むしろ嬉しいので!」
「遠慮なさらないでください。仮にも女王を名乗るもの、救国の英雄の名前くらい、寝ていても唱えられねば……」
女王は淡い紅を塗った唇を動かし、懸命に
「ドスケ――ケベサ――ベサイミ――申し訳ございません。寒村に生まれたもので、発音訓練を十分に受けておらず……」
さしものムートポス王国においても、幼少期から英才教育を受けてきた富裕層か、あるいは余程のドスケベ催眠おじさん信奉者でもなければ、ネイティヴな発音でその名を言い切ることは至難の業。むしろ意味も知らない日本語由来のクソ長い単語を平気ですらすら言えるリナとケヴィンが例外なのである。
「そんなもの言えなくても全く構いません! むしろそのままで! そのままが一番素敵です!」
ドスケベ催眠おじさんはなんとか宥めすかして練習を中止させようとしたが、女王は真面目な顔で腕を組み、顎に手をやり復唱している。相手が国家元首であるということもあり、あまり強く拒否することも躊躇われる。
「ドスケ、ベサ――ふと気になったのですが、このお名前はひとつながりの単語なのですか? どこかで二、三の音節に区切れたりは」
「あぁー……一応ぅ……『ドスケベ』『催眠』『おじさん』で三つに区切れますけど……」
「ドスケベ、サイミン、オジサン。なるほど! これならとても言いやすいですね。次年度の教育要領の改訂では、ぜひ教科書に加えさせましょう」
「あっあっあっあっあっ……」
ボサっとしている間に、ドスケベ催眠おじさんはまたひとつ余計な知識をムートポス人に与えてしまった。来年の王都初等学校のピカピカ新入生たちは、席についた直後に「ドスケベ」「サイミン」「オジサン」を高らかに合唱することだろう。
「リナにも教えてくださらなかった知識を……」
魔術師は静かにヤキモチを焼いた。




