暴かれる秘め事
誤字報告してくれるド親切読者おじさんorおばさん様、とってもありがたいぜ!
そもそも作者自身が誤字よりも倫理的にもっと大事な部分を誤っちゃってる気がするけど、それはそれとして本編再開だぜ!
クソツヨナメクジ戦の直後、ドスケベ催眠おじさんは高熱を出して寝込んだ。
原因は複数ある。運動不足。レベル1のよわよわステータス。大量の魔法的ダメージ。身体が冷えたこと。水路の雑菌。心労。
システム的な状態異常は治せても、内科的な「ひどい風邪」を治療する特効薬は無い。
できることといえば、アイテム扇風機でズタズタにしてしまったキングサイズベッドを、これまたアイテムボックスを活用して新品のダブルベッドに入れ替え。
胃にやさしい食事をとり、ちょっとした疲労回復の呪文をかけてもらい。
「ドスケベ催眠おじさん様、こういうときはキャベツの葉っぱをおでこに被せるといいんですよ」
リナの言う真偽不明の民間療法を試しつつ、安静にしておくぐらいのものだ。
「リナお前、真面目に勉強してきた割には、そういう迷信も割と信じるよな。ホラ差し入れ」
ケヴィンも騎士の勤めを果たしながら、非番のときこまめに様子を見に来てくれる。彼もドスケベ催眠おじさんに負けず劣らず深刻なダメージを受けていたはずだが、鍛えられた精強な騎士ボディと迅速な回復催眠のおかげで事なきを得ている。戦闘においてはピンチを招いてしまった《ナーサリーナイトメア》も、あながち無駄ではなかったといえる。
「ありがとうございます。ふふん、いにしえの知恵というのも案外バカにできませんよ?」
「ははーん、さてはオメーもお婆ちゃん子だな?」
「センパイほどでは……」
漫才じみたやりとりに、ドスケベ催眠おじさんは布団のなかでそっと微笑む。なんだかんだで、日常の何気ない風景が弱った心身に一番しみる。
「ごほっ、げっほ」
(……ヌチョ)
少しだけ咳の出たドスケベ催眠おじさんを案じるように、クソツヨナメクジが這い寄ってくる。彼(?)は今も地下水路で治安維持と減った分体の補充に勤しんでいるが、ときどき分体をひとつ寄越して看病の真似事をしてくれる。ちなみにうっかり召喚コマンドを唱えると全ての分体が一気に呼び出されてナメクジランド開園!! してしまうので彼だけ基本は徒歩移動である。
(ヌチョチョ……)
ドスケベ催眠おじさんの頭へ登頂したクソツヨナメクジは、そのままデロリと身体をとろけさせ、キャベツごと禿げ頭をすっぽり包み込んだ。
「ひんやりして気持ちいい……けど衛生的に大丈夫なのこれ?」
ムートポス産のスラグ・スライムはともかく、地球産のナメクジは雑菌や寄生虫のリスクがあるので直接触れないように気をつけよう!
「あっ、いけませんクソツヨナメクジ様! まずはお身体を清めなくては……」
案の定ちょっぴり不衛生だったらしいクソツヨナメクジは、リナに引っぺがされ、イヤイヤと身をくねらせながらシャワー室へ連行された。
「……『王都地下水路の守護者』があんなんでいいのか?」
「本気でイヤなら《ショートワープ》で脱走してるんで、たぶん大丈夫だと思いますよ」
「そういう問題じゃなくてな……」
こうした懸命な看病の甲斐あって、ドスケベ催眠おじさんは全快した。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎
三日ももすれば、ドスケベ催眠おじさんはかなり元気が出てきた。慢性的な肥満とおじさんマインドのせいであんまり活発な印象はないが、もうほとんど全快といってよいだろう。
ドスケベ催眠おじさんはリハビリ代わりに、ブラッシングでもしてやるかとミリオンを召喚する。
「うんソコソコ気持ちイイ、あぁ^〜たまらねえにゃあ。ねぇご主人、お礼に《十六夜万華鏡》のイヤラシイ略称おしえてあげよっか? まん――」
「『送還』」
調子に乗ったメス猫を強制送還していると、
「おい、リナぁ!!」
リナ宅の扉がバーンと音を立てて勢いよく開け放たれ、血相を変えた様子のケヴィンが現れた。ドスケベ催眠おじさんは椅子から転げ落ちこそしなかったが、ビクブルッと贅肉を震わせた。
なんだか既視感を覚える光景だが、今回は事情が違うらしい。
「逃げろ! めんどくさいのが来るッ!!」
言うや否やケヴィンは中に入ることもせず、扉を乱暴に閉め、姿をくらます。足音が遠ざかってから十秒、また別の靴音や鎧のこすれる音が響いてきて、扉越しに複数人の会話する声が聞こえてくる。
「あのお婆ちゃん子どこ行きやがった!」
「このままじゃ下手すりゃ反逆罪だぞ――」
誰かが――おそらくは同僚の対魔騎士が、ケヴィンを追っているようだった。見つけ次第殺すというほどの鬼気迫る雰囲気でもないが、何やら不穏な単語も聞こえてくる。
ドスケベ催眠おじさんは、外に漏れないようひそひそと話す。
「は、反逆罪? ケヴィンさん、なんかやらかしちゃったんですかね……?」
「あー。やらかしといえばやらかしですね。流石に反逆は大袈裟ですけど」
リナには心当たりがあるらしい。ドスケベ催眠おじさんが尋ねると、リナは簡潔に述べた。
「だって私たち、ドスケベ催眠おじさん様を密かに独占しちゃってますよね? センパイはひた隠しにしてますが、そろそろ気付く人も現れる頃です」
――コンコン。
扉が外からノックされる。
「ぶヒッ!?」
ドスケベ催眠おじさんは過剰反応して今度こそ椅子から転げ落ちた。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎
「失礼。こちらは守人リナ殿のお宅で間違いありませんか」
玄関先に立っていたのは、ケヴィンと似た鎧姿、しかし遥かに年齢と威厳を重ねた、ロマンスグレーの低音シブ声おじさま。兜を取って小脇に抱え、直立不動の姿勢をとっている。
「はい、リナでございます。宮仕えの騎士様が、このつまらない魔術師めに何かご用ですか?」
記章から相手の所属を読み取ったリナが、意識的にふわふわした動作で挨拶する。
「単刀直入に申し上げます。ドスケベ催眠おじさん様の転生に成功し、これを秘匿しているというのは事実ですか?」
あちゃー、と片手を頭につくリナ。
「リナは言ったんですよ、大々的に歓迎パーティーを開いたほうがいいって。でもケンカっ早いどこぞの対魔騎士のセンパイがぁ……」
「責める意図はございません。ご本人の意に反して監禁しているというのでもなければ」
怒らないと言いつつしっかり釘を刺してくるあたり、相手も抜け目がない。
「地下水路での一件は耳目を通じて女王陛下にもしかと届きました。ぜひとも再誕した英雄にお目通り願いたいと御所望であられます。ドスケベ催眠おじさん様のご返答を――」
「アッアッアッ大丈夫です余裕でオッケーです! 女王陛下さまですね! ええええもちろんむしろこちらからお願いしたいくらいで!」
アルティメット小市民メンタルのドスケベ催眠おじさんは、王宮シブ声おじさんのサイレント権力ボディブローみたいな言葉に耐えかね、玄関先に飛び出してしまった。具体的には「女王」ぐらいでもう駄目だった。女王→権力→逆らう→処刑みたいな極端すぎる思考回路がそうさせた。
何より、リナを矢面に立たせてその細い背中に隠れるのは、あまりにも情けないことだと思った。
「本来はこちらから伺ったほうがよろしいかなーなんて考えてたりもしてたりね! でも寄る年波には勝てなくてここんとこ体調不良だったりもあって! もう全然ヘーキなんで全っ然! 謁見でも会見でもなんでもござれです! すみませんねご挨拶が遅れてアハ、アハハハハハ!」
シブ声おじさま――もとい、王宮直属の護衛騎士は、別にこの場で英雄を炙り出してペコペコさせようとまでは考えていなかった。不意に出現した伝説の巨体に面食らいつつも、つとめて平静を保ち会話を繋ぐ。
「おおぉ……その堂々たる立ち姿。まさしく音に聞くドスケベ催眠おじさん様の体躯! 申し遅れました、私は近衛対魔騎士のオーギルという者です。といっても伝令の真似事なぞしておる若輩者ですから、そう堅苦しくお話し頂かなくとも構いません」
伝令を使いパシリと見るか、陛下のお言葉をお届けする大切なお役目と見るか。ドスケベ催眠おじさんの認知の天秤はもはや後者にガッツリ傾いてしまい、社交辞令ごときで戻せそうにない。
リナはドスケベ催眠おじさんの片腕の袖口をつまんで心配そうに見上げているが、パニクったおじさんはもう気遣いに気付く余裕もない。
「お、オーギルさん、ですね。その、僕、わたしとしましても、女王陛下にお会いできるならさせてほしいと……そういうアレなんですが……何をどうすれば」
「あいや、特段ドスケベ催眠おじさん様に何かをして頂く必要はございません。ご都合のよい日取りさえ伺えれば、追ってこちらから招待状をお届けし、当日には迎えの者も寄越します」
「それは心強いです。わたしはいつでもいいんですけど、えっと……都合の悪い日とかありましたっけ……?」
ドスケベ催眠おじさんは恐る恐るリナに尋ねる。リナはドスケベ催眠おじさんを安心させるよう、花咲くような笑顔で見つめ返した。
「すべてドスケベ催眠おじさん様のお望み通りに。陛下のご都合もよろしければ、こちらは三日後でも構いませんよ」
要するに最低二日は準備時間を寄越せということである。オーギルは恭しく頷いた。
「承りました。そのようにお伝えいたします。他に質問などございますか」
「騎士さま、形式を伺っても?」
「あくまで予定ではありますが、陛下は会食をお望みです。大仰なものでなく、当人同士と従者を数人ずつ、内輪でのお食事会といったところでしょうか。詳細は後日、招待状にて」
それから二言三言、事務的なやりとりや別れの挨拶を交わしたきり、オーギルはとうとう玄関先から一歩も踏み入れることのないまま、潔く帰っていった。こちらが妙な真似をしない限り、必要以上に深入りするつもりもないという意志の表れである。
「あああああ怖かった……! リナさんありがとうございます! ああいうのホント苦手で。僕なんかマズいこととか言っちゃってたりしませんかね……?」
「特には。強いて言えば、あそこまで下手に出る必要は無かった、という程度でしょうか。その程度で図に乗る相手でもありませんが、威厳を示すことも時には有効です」
「なるほど、威厳……」
「あっ、考えすぎないでください。リナはドスケベ催眠おじさん様のお人の良さが表れている素敵な笑顔も大好きですから」
人の良さが表れている素敵な笑顔とはつまり、キャラメイク時点から固定されているいやらしいニヤけ面のことである。特に意識しなくてもドスケベ催眠おじさんは常時ニヤニヤしているので、スマイル無料配布という観点でいえば欠点ばかりでもない。キモいけど。
「行ったよな……?」
オーギルの足音が聞こえなくなった頃、開いた窓からケヴィンが侵入してくる。同僚を撒いてきたようだ。
「センパイ、別に逃げ隠れすることないでしょう」
「バカ言え。陛下がそのつもりじゃなくても、愉快な騎士団の仲間たちに捕まったら何されるか……」
「対魔騎士は私刑とかしちゃう方々なんですか?」
「ああ。囲まれて羽交い締めにされて全身コチョコチョされたり顔面にラクガキとかされる……」
余程恥ずかしい刑であるらしく、想像したケヴィンは青ざめブルリと震えた。
「リナ、辞表の文例とか知らんか……?」
「知りませんそんなの。辞めても何も解決しませんよ。むしろ従者として会食に同席し、胸張って凱旋するくらいじゃないと」
「なるほど、ドスケベ催眠おじさんの権力を盾にするわけだな。その手があったか……!」
ケヴィンは獲物を見つけたような目つきでドスケベ催眠おじさんをギラギラと見つめる。
「ドスケベ催眠おじさん、俺たち一蓮托生だよな。比翼連理の仲だよな……?」
「ヒェッ、そんなに迫らなくても、会食には来てくださって結構ですから……!」
「さすが勇者! 英雄! 話が分かるゥ!」
おどけて口笛を鳴らすケヴィンだったが、ふと正気に戻る。
「あれ、ていうかもう会食の約束まで進んでる感じか」
「近衛対魔騎士の方がお見えになって、ドスケベ催眠おじさん様ご本人が快諾なさいました」
「そっかぁ。本人がいいってんなら仕方ないわなぁ」
予定より少しばかり早いが、とケヴィンは頭を掻く。
「多少はレベルも上がったし、ちょっとばかし表舞台に出ても……少なくとも暴漢の襲撃程度で即死するステータスではなくなったはずだ。たぶんな」
敵を倒すことで経験値を得て、経験値が貯まるとレベルが上がる。ドスケベ催眠おじさんは決闘やら浄化の儀式ばかりで「倒す」機会に恵まれなかったが、最近では召喚獣クソツヨナメクジが毎日せっせと地下水路で狩りをしてくれているおかげで、経験値のおこぼれを得ている。
今ではめでたくレベル一桁のクソザコ催眠おじさんを卒業し、レベル十代のザコ催眠おじさんに昇格した。まだガーファンクルぐらいの上位パワー系魔物に殴られると一発で砕け散るガラスの十代だが、それでもクソザコとザコでは雲泥の差なのである!
「いつまでもコソコソレベル上げできるわけじゃねーし、潮時ってやつかな。そうと決まりゃドスケベ催眠おじさん、作戦会議するぞ」
「作戦会議……礼儀作法とか想定質問とかそういう……?」
「そこまで格式ばったモンじゃねーよ。アンタは基本いつもの正装で座ってるだけで無限に尊敬を集められるんだ。テーブルに足乗っけてもソレが新しいマナーになるレベルだぜ」
いつもの正装、つまりブリーフ一丁の以下略。そんなものがマナーになるなんてドスケベ催眠おじさんの感覚では理解しがたい。が、地球においても毎年十二月に世界中の子どもの寝室へ不法侵入するデブおじさんが尊敬されたり、半裸で取っ組みあいするスモウレスラーたちが縁起物とされたりするのだ。
世界を救った英雄となれば、その振る舞いが価値基準の柱となるのも無理からぬことである。
「だがな、マナーというより、己の身を守るため絶対に回避しとくべき問題ってのがあるんだ」
「破ると殺される的な……!?」
「むしろ死にたいとき死ねなくなる拷問の類だな」
ケヴィンの誇張表現ではないか、と思いリナに視線を向ければ、微妙な顔が目に入る。
「陛下はですね……邪悪な陰謀を巡らせるタイプではありませんが、だからといって無邪気なお人好しでもないといいますか……」
歯切れの悪いリナの様子に、ドスケベ催眠おじさんの不安は高まる。
「いいか、イッッッチバン大事なのは」
ドスケベ催眠おじさんはビクビクしながら、ケヴィンの次なる言葉を待つ。
「求婚を回避することだ」
ドスケベ催眠おじさんの脳内に、チューリップのお花畑が咲いた。




