受け上手の太刀と攻め上手な猫
リナとドスケベ催眠おじさんを引き連れケヴィンが向かったのは、ある意味ホームとも言える場所。対魔騎士団の本部庁舎、その脇にある備品倉庫だ。
脚を踏み入れた瞬間、鼻腔を刺激する鉄や革のにおい。それもそのはず、周囲には騎士の扱う武器や防具、訓練器具の数々が所狭しと並んでいた。
召喚獣に会うと聞いていたドスケベ催眠おじさんは、生き物の気配がない空間に困惑する。
「えっと、武器をもらうんですか? 杖ならありますけど」
「英雄サマの装備に敵う逸品なんかねーよ。召喚獣に会うっつったろ」
無骨な器具に囲まれた空間に、一体どんなペットが居るというのか。ドスケベ催眠おじさんは首を傾げる。首は肉でほぼ埋まってるけども。
「日によって微妙に立ち位置が違うからな……悪いけどアンタも鎧の並んでる辺りを探してくんねーか」
「わかりました。ちなみにどんなヤツですか?」
「アンタなら見りゃ思い出すさ」
ケヴィンの指示に従い、手分けして倉庫内を捜索する。ドスケベ催眠おじさんは、遠い記憶の底に沈んだ旅の仲間たちを、うんうん唸りながら呼び起こしていく……。
倉庫内はお世辞にも、きちんと整理されているとは言いがたい。平和の世にあって、ここが戦略的に重要な武器庫として利用されることはあまりなく、単に物置として日用されるにとどまっているのだろう。どこか人間味を感じる乱雑で無秩序な配置だ。隙間に小動物でも隠れていたら、見逃してしまうかもしれない。ドスケベ催眠おじさんはひとつひとつ丁寧に観察していく。
鎧、鎧、鎧、鎧、ときどき盾。盾、鎧、鎧、鎧、鎧、なんかの棚、鎧、鎧、リビングアーマー、鎧、盾、鎧――
「リビングアーマー!?」
ドスケベ催眠おじさんはオバケでも見たように驚いて尻餅をついた。見上げた先に立っているのは、ある意味オバケと読んで差し支えない存在だった。
生ける鎧――鎧に悪霊が取り憑き、ひとりでに動く不死者系統の魔物。その体格は百貫デブのドスケベ催眠おじさんすらゆうに超え、卓越した膂力でぶっとい鉄の塊みたいな大剣を振り回す様子はまさしく歩く災害。
全長二メートル超えのトゲトゲした漆黒の鎧は、それだけなら「あー身長が鬼デカくて美的センスが悪の覇王みたいなゴリマッチョ騎士さんが居るのかなー」で済むけれど、兜や装甲の隙間から紫の光を放ち、ガキンガキンフシュウウウと駆動音を慣らしつつ立ち上がってしまえばそれはもう魔物でしかない。
「おっ、見つけたか」
「ケヴィンさん!! ま、ま、魔物!! これ騎士団にいていいやつ!?」
「でなけりゃ倉庫に置かねぇよ。アンタも見知った顔のはずだ。よく思い出せ」
見知った顔と言われても、リビングアーマーの兜の中身は空っぽで、暗紫色の煙のような霊魂が渦巻いているのみ。
しかし、全体像をじぃっと観察してみると、確かに、いつか画面越しに見たことのあるような雰囲気があった。記憶にある他のリビングアーマーより、心なしか、人間ブチ殺してやるぞ的なオーラが薄いような……。
「あっ……あーあーあー! 徐々に思い出してきた。なんだろう、ここまで出かかってるんだけど。確か名前が、サイ、いやそっちじゃない、ガー……ファンクル! ガーファンクルだろ君は!」
貧弱おじさん記憶力をオーバードライブさせて捻り出した答えは、どうやら正解だったらしい。リビングアーマーはガチャンと頷き、トゲトゲした太い腕部装甲でガッチリとハグをかましてきた。
その瞬間、頭の中にピコンと電子音が鳴り、メッセージが表示される。
【ガーファンクルが召喚可能になりました】
同時に、かつて仲間にしていたすべての召喚獣のリストも脳内に表示される。が、ギリギリ締め付けてくる金属質の腕のせいで、じっくり読むどころではない。
「痛い痛い刺さる刺さる……なんでここにトゲ付いてるの……なんの機能的意味があるの……」
「流石ドスケベ催眠おじさん様。かつての召喚獣の名前も覚えていらっしゃるのですね」
「そ、そうですね。こいつは特に、盾役としてお世話になったから……」
痛みも恐怖も慈悲も知らず淡々と死体を量産しながら歩いてくるリビングアーマーは、睡神時代においても脅威とされ、ドスケベ催眠おじさんがフル装備でも倒すのに十ターンはかかる強敵だった。
そんなに強いのに、特にボスでもない一般モンスターとして雑魚敵にまじってワラワラ出てくるものだからそこもまた厄介で――逆に仲間に引き込んでしまえば、これほど頼れる戦士もいない。
肉のからだを持たないリビングアーマーは、食事も柔らかなベッドも必要もないので、他の鎧と仲良く倉庫に置かれていたのだ。動かない普通の鎧たちを、友だちか何かと思ってたまに磨いてやったりするので、本人(本鎧?)的にもエンジョイしているらしい。
「長いこと眠ってたせいで切れちまった召喚契約も、これで結びなおせたはずだ。試しに召喚コマンドを唱えてみな」
ケヴィンに勧められ、今にもお歳暮のハムになってしまいそうな圧力を受けているドスケベ催眠おじさんは唱える。
「うぐぐ……こ、こうですかね。『召喚:ガーファンクル』!」
すると、鎧の姿と全身を締め付けていた圧力はたちまち消え失せ、次の瞬間、ドスケベ催眠おじさんのすぐ横に、改めてガーファンクルが直立不動の姿勢で召喚し直された。
「これで好きなときに護衛を呼び出せるようになったわけだ。ただし戦闘行動が禁止されている王城なんかのエリアでは召喚コマンドも無効になるから、過信するなよ」
ケヴィンの注釈に頷きつつ、ドスケベ催眠おじさんは感慨深そうに語る。
「ずっと昔の仲間と、今こうして再会できるなんて……なんだか不思議な感覚ですね」
「ドスケベ催眠おじさん様が眠りに就かれた後、主人を失った召喚獣の方々は思い思いの場所へ旅立たれました。ガーファンクル様はここに残り、特技を活かして騎士団の剣術指南役になってくださったのです」
リナの解説に、ドスケベ催眠おじさんは納得する。
指南役といっても、ヒトの全身より大きくぶっとい大剣を片手で振り回す戦い方は、騎士の参考にはならないだろうが……絶対に壊れない最高レベルのカカシを手に入れたようなものだから、そこに居てくれるだけで有り難いだろう。
「じゃあガーファンクル以外にも、あの頃の仲間が今もどこかに居るってことですか?」
「天寿を全うされた方もおられますが、長命の種族や不死者の類はまだご存命かと」
「所在がわかってる奴は少ないけどな。こうやって近場で会えるのはほんの一握りだ」
ケヴィンは探し物のためにどかした器具をてきぱきと元の位置に戻し、手を叩いて促した。
「さ、次行くぞ。あんまりグズグズしてると野次馬が寄ってくるからな」
「ドスケベ催眠おじさん様のことは報告しないのですか? 対魔騎士の面々も泣いて喜ぶと思いますが」
「戦力が整わないうちは大事にしたくねーんだよ。よからぬことを考える輩が湧いてこないとも限らねーし」
「例えば決闘とか?」
「……お前、わりと根に持つよな」
ケヴィンは、ばつが悪そうにしながらも、リナの頭をぐしゃぐしゃ撫でて反抗を封じた。
「んなぁー! 髪が! 薄毛になるぅー!」
「オイてめぇ若いくせに調子乗ってんじゃねーぞ。朝起きたら枕が抜け毛パスタ皿になってたことあんのか?」
「そうですよリナさん。髪の話だけはタブーです」
「あっ、も、申し訳ございません……」
ケヴィンは徐々にそういう歳が近づいてきていて、ドスケベ催眠おじさんに至ってはキャラメイクの時点から手遅れなので、リナの発言はあまりにも配慮を欠いていた。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎
ところ変わって、今度は住宅街。ドスケベ催眠おじさんは、少しでも悪目立ちを避けるため、例の軍服を着ている。依然として見た目のインパクトは強いが、ブリーフ一丁よりはマシなのだ。
「ヤツの行動範囲は広いが、この時間帯は肉屋んとこに居るはずだ」
「やけに詳しいですね。わたくしでも、召喚獣の皆様の動向までは把握しきれていないのに」
「昔ここの路地裏で……あー、んなこたぁどうでもいい。二人ともエサは持ったか?」
サプライズ的に行われたガーファンクルとの再会とは異なり、今回はドスケベ催眠おじさんも、どの召喚獣を狙うのか事前に知らされている。ドスケベ催眠おじさんは、リナと同時に、片手に持ったブレイブチキンの切れ端を掲げてみせた。
「おっ、居る居る。野郎、呑気にあくびなんかしてやがる……」
肉屋の軒先にその姿を認めたケヴィンは、慎重に距離を詰めていき……
「ちちちっ! ちちちちちちっ! おーヨシヨシいい子だ子猫ちゃん、大人しく神妙にお縄につけよぉ……」
「なにかな、少年。出会い頭に緊縛プレイを要求してくるなんて、『溜まってる』ってやつなのかな?」
猫が、しゃべった! ドスケベ催眠おじさんが驚く暇もなく、状況は急激に加速する。
「こん畜生め!」
ケヴィンが網を振り下ろす。縞模様の毛をもつその猫は、華麗なステップで回避した。
「言葉責めも嫌いじゃないけど、『畜生』は無いでしょ『畜生』は」
「ハッ、事実だろうがこのメスネコ!」
「あまりにも適切すぎる表現は逆に相手を傷つけるのだよ、わかるかい? グランドマザコンヤサグレボーイ」
「今夜は猫鍋ッ!!」
煽り耐性があるのか無いのか分からないケヴィンが振り回す網を、猫はことごとく避けまくる。まるで男が猫に遊ばれているようだ。
「にゃはは! 良いねぇ動きが良くなってる! 対魔騎士として順調に実ってきてるにゃあ! そろそろ収穫してみようかな? でも個人的に騎士だったら感度を倍増されて豚人に敗北するシチュのほうが――」
「おい二人ともボケッと見てんじゃねぇ! 手ぇ動かせ!」
ケヴィンに促され、リナはチキンの切り身をフリフリさせる。
「猫様! ミリオン様! リナのおいしいチキンを召し上がりませんか!」
「おっ、良いね。ついでに本人も召し上がれると嬉しいんだけど」
ケヴィンの猛攻から抜け出しいつの間にかリナの足元にいた猫が、するりと跳び上がりチキンを奪い去る――
「ほいや!」
――刹那、リナが若い反応速度を発揮して猫の尻尾を掴み取った。
(※注:この猫は異世界で特別な訓練を受けています。現実の猫ちゃんには乱暴しないであげてください)
「ふにゃあ! 情熱的ぃ!」
片手にぶら下げられた猫は、それ以上抵抗もせず、ぷらーんと左右に揺れつつ、隣にいたドスケベ催眠おじさんを見上げる。
「あ、オニク棒じゃん。おひさー」
「オニク棒……?」
「お肉たっぷりだからオニク棒。いいニックネーム、いや肉ネームでしょ?」
余談だが、「棒」は猫視点からの人間が柱のごとく長大に見えることに由来する。
「どしたん? 妖怪でも見たような顔して。話聞こうか?」
猫のまんまるな緑の瞳と細い瞳孔は、その内に隠された思考を読ませない。あるいはそもそも、複雑な思考など持ち合わせていないのか。
ゲームでは無かった、人語をしゃべるという能力に戸惑いつつ、ドスケベ催眠おじさんは会話を試みる。
「君は、ミリオン……だよね?」
「もちもちロン毛だよ。なんで疑問系なのさ」
「喋ってるし、あと、なんか尻尾の先が二股に分かれてるし……」
ミリオンは妖怪めいた尻尾をくねらせながら、ヘラヘラと答える。
「にゅふふ、まぁ長く生きてりゃそんなコトやこんなコトもありますがなー。それでオニク棒は美少女なんか侍らして何の用事?」
「いやその、一応、ミリオンに会うために来たというか……」
「えっ、ウチに? にゃはは、や、ヤダなぁ。百年もほっといて今更デレるなんてそんな、ずるいよご主人んんん……っ」
肉ネームはどこへやら、一転してモジモジした態度を見せるメス猫。ドスケベ催眠おじさんは心底めんどくさいと思ったが、戦力強化のためにグッと堪えて相手をする。
「ミリオン、僕と再契約してくれないかな」
「えぇー? 何ぃー? ウチのチカラが必要とかぁー? また昔みたいに頼ってくれる感じぃー?」
「そうだよ」
ドスケベ催眠おじさんはミリオンの言い草に適当に便乗する。そこに感情などもはや無かった。
「んまぁーそういうコトならぁ……? 他ならぬご主人の頼みだしぃ……? しょ、しょうがないにゃあ……」
ミリオンはぶら下がったままエビ反りの要領で身を起こし、肉球でドスケベ催眠おじさんにタッチする。
【ミリオンが召喚可能になりました】
そういえば、エビって腹を内側にして曲がってるのに、人間の場合はどうして背中側に反ることをエビ反りっていうんだろう。
ドスケベ催眠おじさんはくだらないことを考えて現実逃避していた。
「えへへぇ……ご主人、これからはいつも一緒――」
「『送還』」
ドスケベ催眠おじさんは召喚の反対コマンドを唱え、召喚獣の待機場所、この世のどこでもない収納空間にミリオンをぶち込んだ。
「ミャ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛らめええええ亜空間にトんでイッ」
ミリオンの叫びは姿の消失とともに途中でぶつ切れた。もう一度召喚コマンドを唱えない限り、彼女が面倒を起こすことはないだろう。
ドスケベ催眠おじさんは、くにゃりと折れたチキンの切れ端を手にうなだれる。
「ミリオン……あいつ……昔はバリバリの癒し要員だったから……会うの楽しみだったのに……」
ミリオンは魔物ではなく、種族名もそのまま「猫」だった。愛らしいグラフィックと鳴き声のサウンドに、当時は元気をもらっていた(ドスケベ催眠おじさんは自分にないものを持っている召喚獣を好んで集める傾向がある)。
戦闘における実用性もなかなかのもので、優れた素早さと回避ステータスで相手を翻弄しながら鋭い爪のクリティカルヒットを高頻度で刻んでいく様子は、まさしく人類のよきパートナーであった。
そんな彼女は百年の時を経て、どういうわけか長命の妖怪に変じ、言葉を得てめんどくさい奴になってしまったようだ。
「女なんてそんなモンだぜ、ドスケベ催眠おじさん。元気出せよ」
何もかも理解したような口ぶりで、ドスケベ催眠おじさんの丸々とした肩を叩くケヴィン(交際経験ゼロ)。
「んむー、おいしいです」
そして、ミリオンが食べなかったチキンを、もしゃもしゃ召し上がるリナであったとさ。




