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悪女が死んだ後の話  作者: 矢野 奈津子
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反逆と宣戦布告



皇帝自らが招集した主だった貴族と大臣が出席する会議。

主だった内容は開戦された隣国との紛争地帯への対応。元より国境沿いだけあり、双方の国民が混じり合っている地域であり、そこを足掛かりにして敵は勢いづいている。そこで更に内乱が起こり、かつての大貴族が治めた広大な領土をにて防衛線を敷かれ、背水の陣で挑まれるなど、泣きっ面に蜂だ。内乱など誰も得をしない。

更に、国内外に流れる皇妃処刑は敵国の謀略だという噂があっては気が進まない貴族も多い。


特に皇帝を支え続けた貴族にしてみれば、皇帝の後ろ盾となっていた大貴族ですら邪魔となれば謀殺されかねないとあっては、逆らうことは出来なくても同情を禁じ得ない。ましてや、本当に反逆罪に値することをあの堅物にして忠臣が行なったのか、と疑問に思う貴族も多い。しかしまるで流れるように大貴族であり義父でもある侯爵を秘密裏に裁判無き処刑とし(実際は謀殺だろう)、止める間もなく皇妃を処刑、タサヴァルタ公を婚姻の名目で国外に叩き出した。主だった貴族や忠臣が止める間もない凶行であった。


中立派という名の風見鶏の貴族たちは内心同情し、皇帝を警戒しているので協力は表面的なものとなるだろう。反皇帝派はニヤニヤと勢いづいており、何をするかわからない。保守的な皇帝を支える大貴族たちですら動揺が酷い。もしも敵国の謀略に騙されたのだとするならば、と考えるまでもなく「侯爵は無実なのでは」と考える人間は多かったのであろう。若き皇帝は忠節があろうとも名高き侯爵や大貴族出身の皇妃が疎ましく、冤罪だとわかっていて、これ幸いと邪魔だからと処刑したのではないか、と。


事実、得をするのは皇帝と皇后だけである。


皇妃の元には控えめだか有能な女官が仕事を手伝うために推挙され、珍しい物好きなタサヴァルタ公が異国どころか東方の珍しい家具や装飾品を馬車で列にして持ち込ませ、宮廷でも華やかにあるようにとした。中には子を亡くした皇妃のための仔猫、鮮やかな赤金黒の尾びれを持つ観賞魚もいた。自領で生産した美しい陶磁器で茶会を開いては、皇妃の影響力をあげようとしていた。その素晴らしい品々も全て押収され、一部は東方の品を故郷のものに似ていると懐かしんだ皇后に皇帝が与えたという。

さすがに表面上は婚姻で領地を離れているという名目であるタサヴァルタ公の領地は無理でも、侯爵の莫大な財産は剥奪し国庫は潤い、あとは領地から直接税を取り上げるだけとして、領地内の本邸に有り余る財産も手に入るはずであったというのに。


「忌々しい、敵など打ち払い、身の程知らずの反逆者共など首を刎ねてしまえ」


苛々と卓を指で叩く皇帝に、シン……と会議室が静まり返る。


そんな風に簡単に行くのならば誰も苦労はしていないのだ。

確かに帝国は強国であり、その豊かな漁場を鵜の目鷹の目で狙う諸外国に対しての備えもしてある。しかし内乱が起き、貴族たちの混乱もおさまらない中でこれは狙って起こしたことであるのは間違いがない。そもそも戦争というのは金食い虫であるのだ。もしも旧侯爵領と敵国が手を結べばやっかいなことになる。諸外国が帝国の混乱を察知していないわけもなく、また外憂内患の帝国を笑顔で見守ってくれるとは思えない。むしろ資金や兵器の援助を行っている疑いすらあるのだ。


政敵や邪魔な貴族、知識層への処刑などほぼ全ての王政で行われている。しかし、臣下たちが心を凍らせているのは、皇帝と皇后のために必死に尽くしていた皇妃と治世を支えていた義父に冤罪をかけ、恥辱のうちに処刑したことにある。今まで己のために手を尽くしてくれていた忠臣、しかも皇后になる予定であった長い付き合いである絶世の美女に対しても血も凍るような仕打ちである。宮廷画家や音楽家の足が遠のいたのは、容姿は良く英名を謳われていたというのに、子供っぽく嫉妬深い残虐なやり口に危惧を抱いたせいもあるのかもしれない。


前皇帝程の辣腕があればよい。今の皇帝は若い頃より英明を謳われ、容姿も良く文武両道だと言われていた。若いから気性が荒いにしても、ここまで個人の好悪で先走るとは。皇帝を宥め時に対立する有力な皇族は排斥され、義父である侯爵も処刑されている。

皇帝派閥の公爵は常の通り、粛々と「陛下」と発言を求めた。


「旧侯爵領の反逆はあくまで地の利を生かしたものとなり、積極的にこちらに介入してくることはないでしょう。放置できないのは確かですが、今は敵国との対応を重視すべきかと。すでに近隣都市が占領されている状態なのです」

「その通りでございます。ヴィッテルス侯家臣たちとは一先ず話し合いを設け、今は敵に集中するべきかと。今、両面で戦えば、帝国を窺う虎狼共が手を組む恐れがあります」

「そうなれば、国境付近の国土を削り取られる恐れがございます」


公爵の言葉に、宰相、大臣をはじめとする貴族が次々と同意する。

今度ばかりは国境付近に領地を持つ中立派も控えめに同意する態度を見せた。己の領地が火の海になるのは、誰だって御免だ。


国境近くの土地は大都市も少なく、向こうもそれを理解していて投降を呼びかけた面がある。幸い、虐殺などは発生しておらず、穏当な占領のようだ。元よりヴィッテルス侯の息のかかった騎士団が引いたことにより手薄になり、混乱によって補充も十分に出来ていないところを付け込まれた。これにより、「ヴィッテルス侯の冤罪は敵国の謀略に踊らされた」という説がますます真実味を帯びてしまっている。


神に祝福された皇后と皇帝によって国が栄えるのを防ぐための謀略。


さらに二度にわたる死産と流産は、皇帝が皇后を溺愛するあまりに皇妃に毒を盛ったという噂まである。事実、大貴族の娘であり正当な貴族の母親はこの上ないカードだ。外戚としての後ろ盾も申し分ない。

これがヴィッテルス侯の臣下や騎士団、領民に知られるのは時間の問題であるだろう。内乱を煽りたい者が親切面で教えるかもしれない。ならば、ますます怒りは増すに違いない。これでタサヴァルタ公国が宣戦布告などしてきたら、終わりである。


タサヴァルタ公国を宥め、頭を下げ、どうにかしてはいるがヴィッテルス侯の家臣たちが敵国と手を結ぶことのないように、使者を立ててなければいけない。敵国にすべての罪を擦り付け、侯爵と皇妃の名誉回復を行いことを要求されることになるかもしれないが、皇帝は絶対に納得しないだろう。


渋々と納得しながらも、明らかに面白くないという顔をする皇帝が退出した後に誰からともなく溜息が漏れる。愚かではない、むしろ聡明であるが、だからこそ敏感で他人に頼むということがない。今まではクラウディア様が矢面に立っていたし、侯爵が意見した。

あの皇帝にクラウディア様は付き合い、自ら諫言しては冷たく当たられ、皇后と比較されるという繰り返しであったのだ。クラウディア様がいらっしゃれば、と誰ともなく口に出るのはしょうがないことであった。


いや、まだお若いのだ。逆に今、苦労することで、今後の糧になると思うしかない。



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