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第五十話 ソフィア・ローレン③

ジョンにとって、予想外の出来事が二つあった。


一つは、アルジーノが停学期間中は博士の研究室に入り浸るだろうと思っていたが、それができないこと。


「え、アルのやつ、来てないのか?」


「そうじゃのお。昨日遅くに顔を出してから、今日は来ておらんの」


部活を終えたソフィア――ちなみにソフィアはジョンのイメージ通り吹奏楽部に所属している――を連れて意気揚々と研究室へやってきたジョンだったが、博士の言葉に拍子抜けしてしまう。


同じく部活を終えたミアが少し後になって研究室にやってくると、呆れたようにジョンに説明してくれた。


「そりゃ停学期間中に自由に外で遊んでいいはずがないでしょ? 自分の悪事を反省する期間なんだから。たぶん、自宅で学園から送られてきた課題を片付けるのに追われてるんじゃないかしら?」


「えー、じゃああいつ、二週間はここに来ないってこと?」


「そうなんじゃない? 停学ってサラッと言うけど、冷静に考えると結構重い処罰よ?」


「あいつ、ただでさえ家が嫌いなのにそこに閉じ込められるなんて……停学期間が終わったら、またストレスで怒り出すんじゃ……。てか、あいつの性格なら勝手に家から抜け出してここに来そうなもんだけど……」


普段の流れでミアと話を進めてしまっていたジョンだったが、研究室に入った時と同じようにまだ玄関の脇に立っているソフィアに気づき、慌ててソファに座るよう促した。


「ソフィア・ローレンさんよね? はじめまして。ミア・ワトソンです」


「あ……は、はじめまして」


「あれ、ローレンさんのこと、知ってるんだ」


こんなことを考えてしまうこと自体が失礼だともジョンは思ったが、クラスでも地味で目立たないソフィアのことをミアが知っているのは意外だった。


「えぇ。父さんの仕事の関係で、だけどね」


ミアによれば、ローレン家の人物は代々、行政機関の重役を担っているらしく、同業者で知らない人間はいないほどだという。


「そっか、ミアのお父さんて、確か魔法省で働いてる人なんだよな」


「そう。確か、魔法省の副大臣がローレン家の人だったような……」


「あの……それが、私の父です……」


「まじかよ! ローレンさん、大臣の娘だったのか」


「クラスメイトなのに、そんなことも知らなかったの?」


これまで深く関わる機会がなかったのだから仕方ない。


ジョンが二人のために紅茶を用意しようとソファを立つと、ミアがソフィアにうまく話題を振って間を繋いでくれていた。


同性だからだろうか、ジョンと話している時よりも、ソフィアの言葉が生き生きとしているように感じられる。


「それで? 今日はどうして彼女をここに? ここにまた人を招いてるなんて知ったら、後々アルが文句を言いそうだけど?」


ソファの前にあるローテーブルに紅茶を注いだカップを並べているジョンに礼を言うと、ミアはそれを早速手に取って啜る。


――ちょっと薄いわね、というミアの小言を気にせずジョンが事情を説明する。


「実は、そのアルに用があるらしくってさ。詳しい話は、俺もこれから聞くところなんだけど……」


ソフィアの顔を覗き込むと、先ほどまでミアと楽し気に話していた彼女はソファの上で縮こまる。


ジョンにはそれが、アルジーノへの好意を隠す仕草だと分かり、彼女も恋する乙女なのだと思うと少し可愛く見える。


内気な彼女の口から話すのは難しいだろうと考え、ジョンの方から話題を振ることにする。


「さっき、アルのことが気になってる、って言ってたけど……」


「うそ……! まさか、恋愛相談ってこと?」


ミアも前のめりになってソフィアの顔を覗き込む。


彼女は驚いたように顔を上げ、慌てて両手を胸の前で振るが、その顔が途端に紅潮していく。


「まぁ、確かに最近あいつの快進撃は凄まじいからなあ。ついこの間までジーグにいじめられていた日々が懐かしいくらいだ」


ジョンがしみじみと木目の天井を見ながら呟くと、ミアも腕を組みながら同じ方向を眺める。


「んー、でも性格にちょっと難ありなところもあるからなー。少し様子見の期間を設けて、アルの人となりを知ってからの方が……」


「ち、ちがいます……!」


ソフィアが突然大きな声を出したので、二人はほぼ同時に驚いた様子で彼女を見る。


ソフィアは閉じた膝の上で両手を強く握り、それを見ながら声を絞り出した。


「彼の……魔法……」


「魔法……?」


コの字に配置されたソファ――ソフィアの向かい側に座ったジョンはわずかに腰を浮かせる。


「どうやって、使えるようになったか……知りたくて……」


「えっ、もしかして気になってるって、そのこと?」


これが予想外の出来事二つ目である。









ソフィア・ローレンは、それほど関わったことのないジョンから見ても、優秀な生徒という印象はなかった。


むしろ、どの科目でも人並み以下の能力しか持ち合わせていないように見え、特に数学と魔法については壊滅的な印象だった。


数学の授業で問題を当てられた時は全く回答できずに口ごもってしまい、担当教員であるスミスに呆れられているのを何度か見たことがある。


魔法に関しても、アルジーノのように全く使えないわけではないのだが、つい先日授業でやった花への水やりなども、うまく水量をコントロールできず杖の先端から水がポタポタと垂れる程度だったのをジョンは傍から見ていた。


「成績が悪いと……親が……」


「なるほどねぇ……。確かに、政界で著名な家系の人間だったら、子供の成績には口うるさくなりそうかも」


そんなときにソフィアが聞きつけたのは、魔法を使えなかったはずのアルジーノが魔法でクラスメイトのジーグを倒したという噂だった。


ジーグはクラスの中でもトップクラスに魔法が使える生徒だったため、魔法を使えないアルジーノがどうして倒すことができたのか、もし魔法をうまく使える方法を彼が知っているのなら教えてほしい。


ソフィアが気になっていると言ったのは、アルジーノがどうやって魔法を使えるようになったのかという点だった。


「なんだよー。ついにアルの鈍色の日常にも春が舞い込んだと思ったんだけどなー」


「なんで残念そうにしてるのよ。ローレンさんは真剣なのよ?」


「あぁ、ごめんごめん。でも、アルもしばらくここに来ないんだろ? 話を聞くなら、直接会いに行くしかなさそうだけど」


ジョンの言葉に、ソフィアが懇願するような眼差しを向けてくる――どうやら今すぐにでもアルジーノに会いに行きたいらしい。


彼女のあからさまな反応を見て、三人は早速アルジーノの家に行くことにした。


出発の準備をしているとき、ジョンはふと思いついたことを博士に尋ねた。


「そういえば博士、アルがなんで魔法を使えるようになったか知らないの?」


「んー? なんのことかのお?」


――いや、めちゃくちゃ知ってる人の反応じゃんか


博士が机に向かったまま背中で答えたが、もし知っているのなら教えてほしいとジョンはソファを立ち、机まで歩み寄る。


相変わらず木製の机には一見するとガラクタのようなものが散乱している。


普段はアルジーノが魔法で部屋を片付けているため、二週間も彼が来ないのであれば研究室はゴミの山になってしまうかもしれない。


「教えてくれよ、博士。ローレンさんが困ってるんだ」


「私も興味あるわ。彼がどうやって、魔法を使えるようになったのか」


ミアも立ちあがるとジョンの隣に立ち博士に問いかける――ミアはさらに、その先にある謎の真相も突き止めたかった。


――博士……あなたはそれにどう関わっているの? あなたは一体、何者なの……?


「なんのことじゃかわからんのぉ」


「あのなぁ……」


明らかに知らんぷりを決め込んでいる博士に対して、ジョンが食い下がる。


しかし、その後も博士は決してアルジーノの秘密について話してくれることはなかった。


「なんだよ。別にローレンさんがアルみたいに魔法を使えるようになっても、困ることなんてないのにさ」


諦めきれないジョンは小言を漏らしながらソフィアとミアを連れて研究室を出た。


――それほど重大な秘密なのだろうか、とジョンとミアは玄関を閉めるなり目を合わせる。


博士が話してくれないのなら、もう本人に聞くしかない。


思えば、エリックがクレイーノと決闘をした際にも、アルジーノがどうして魔法を使えるようになったかの秘密を懸けて戦っていた――つまり、少なくともアルジーノ自身は自分がどうやって魔法を使えるようになったのかを知っている。


多少の不満を抱えたままアルジーノの自宅へ向かおうとすると、面倒をかけてしまって申し訳ないとソフィアが謝罪してきた。


「いや、ローレンさんが悪いわけじゃないから。今日は博士も珍しく頑固だったな」


「そうね……。よほど知られたくない秘密なのかしら……」


ミアの中で博士に対する疑念がさらに大きくなったが、今はひとまずアルジーノ本人に話を聞こうと考え、その足を彼の自宅へと向ける――まさに歩き出そうとしたその時、突然研究室の玄関が開き、中から博士が顔を出す。


「忘れておったわい。これをアルに届けておいてくれんかのお」


「え……。紅茶? それもこんなにたくさん……」


「頼んだぞー」


断る隙を与えないかのように、博士は研究室の中へと戻っていった。


突然渡された茶葉の入った箱を手に、納得のいかない表情を浮かべながらジョン達はアルジーノの自宅へと向かった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 秘密を暴くことが当然の権利!的な発言がとても不愉快な友人方。 こういうやつら、いるなーと。多数派になるほどに、当てはまってくるのが世知辛い。
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