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第五十一話 ソフィア・ローレン④

研究室からしばらく歩いてアルジーノの屋敷に着くと、門の脇で守衛が二人待機しており、要件を伝えると片方の守衛が屋敷の方へと駆けて行った。


「申し訳ございません。事前に連絡のないお客様は、屋敷の中に入れられない決まりになっておりまして……。門を挟んでのお話なら可能ですので、ただいまアルジーノ様に皆様が来た旨を伝えに行っております」


三人は守衛に頭を下げると、アルジーノの到着を待った。


しばらくすると、巨大な噴水を周ってしかめっ面のアルジーノが門の前まで歩いてきた。


突然の訪問に機嫌は良くなさそうだが、元気そうだった。


肩には何故か、白いフクロウが一羽乗っている――ペットなのだろうか。


「なんだお前ら……停学中の人間をバカにしにきたのか?」


「いや、そんなんじゃないって。それよりどう? 囚人生活は楽しい?」


「バカにしてんじゃねぇか」


「はは! それよりそのフクロウ、飼ってんのか?」


「あ? あぁ、ちょっとな……」


冗談もほどほどに、アルジーノもソフィアがいることに気づいて不思議そうな顔をしているので、簡単に挨拶を済ませると彼女が魔法について困っているということを説明した。


「なるほどねぇ……」


アルジーノは呆れたように腕を組んだが、悩む様子もなく即答した。


「悪いけど、俺からは教えられないな」


「なんだよ、お前もかよ。博士に聞いた時も教えてくれなかったし、そんなに秘密にしなきゃいけないようなことなのか?」


――うーん、とアルジーノは悩まし気に腕を組む。


「いや、まぁ、秘密なのは確かなんだが……今この場で話すのはちょっとな……」


「は? どういうことだよ」


アルジーノの言葉の意図が分からずジョンが訪ねると、突然男性の声が会話に乱入してきた。


「私のことは気にしなくていい。さっさと秘密とやらを話してみろ」


「え?」


アルジーノの方から成人男性の声がしたので、ジョン達は驚いて彼の方を見る。


しかし、その背後には誰かが隠れているわけではない。


驚いた様子の三人を見て、アルジーノが肩に乗ったフクロウを指さす。


「え、そいつが喋ったの?」


「口の利き方には気を付けろ、フォーバー」


フクロウがまっすぐ自分の方を見て喋ったので、――ひゃ、と思わずジョンは声を上げてしまう。


ソフィアも驚いた様子だったが、ミアは感心したようにフクロウを見ていた。


「すごい……! フクロウを使役しているだけじゃなくて、それを通して会話をしているの? 大したものね」


目を輝かせているミアに、アルジーノが大きくため息を吐く。


「お褒めいただき光栄だよ、ワトソン」


屋敷の外側に門を挟んで立っている三人は、フクロウの口調に聞き覚えがあった。


そして、それが誰だったのか分かった途端、アルジーノがどうして研究室に来られないのかに合点がいくのだった。


「まさか……レオンハルト先生……ですか?」


「気づくのが遅いぞ、フォーバー」


「口の利き方に気を付けろって、そういうことですか……」


アルジーノは停学期間中、このフクロウ――魔法科教員のレオンハルトに監視されているため、自由に行動することができないのだ。









「今日のところはここまでだ。明日以降も、このフクロウに課題を持たせて届けるから、当日中に片付けて、もう一度フクロウに持たせて飛ばすように」


「わかりました……」


ジョン達が屋敷を後にすると、レオンハルトから与えられていた課題を片付けると、アルジーノは両手を広げてベッドへ横になった。


停学期間中は研究室で過ごせるものと思っていたが、この状態が二週間続くというならそれも難しいだろう。


「なんだ? もっと停学期間中は遊べるものと思ったか?」


アルジーノの心を見透かしたかのように白いフクロウ――レオンハルトが嘲笑する。


「そもそも、なんで担任のクライン先生じゃなくて、魔法科の先生が自宅での行動を監視してるんですか?」


「説明したはずだが? 今回の停学処分が、特例の処置であるということを。事情を知らないクラインごときに、この仕事を任せるわけにはいかない」


「ごときって……。つくづく人を見下すんですね、あなたは。そんなに能力がない人間が嫌いですか?」


先日のレオンハルトの発言からも、彼が極端な選民思想を持っていることは明らかだった。


優秀な人間のためなら、そうでない人間が犠牲になることは当たり前だとすら思っている――今日彼と話していてそう確信した。


「無能な人間が嫌い、というのは少し語弊があるな。それを自覚し、自分の役割を全うしている人間に対して、私は何も思わない――むしろ、好感すら覚えるほどだ。ローゼンベルグ、たとえば戦争になった時、敵陣に真っ先に飛び込むのは指揮を執る優秀な人間ではない。いくらでも使い捨てができる、無能な人間たちだ――当然だろう? 代替ができない優秀な能力を持つ人間を失えば、有利だった戦局が大きく傾く可能性すらある。これは戦争のない世の中でも同じだ。世界を動かしているのは、いつだって一握りの優秀な人間たちだ。無能な人間たちは、彼らの手足となって働く小駒に過ぎない。そのことを自覚している連中はまだいいが、手に負えないのは自分も優秀だと錯覚している傲慢な連中や、あろうことか、優秀な人間たちに嫉妬し、その足を引っ張ろうとする愚か者までいる――こんな奴らには目も当てられない。太古の昔から、優秀な人間に対する嫉妬や羨望は文明の進化を遅らせてきた。たとえば『多数決』というのは、無能な人類による数ある発明品の中でも最も愚かなものの一つだろうな――世の中に無能な人間で溢れかえっているせいで、重要な意思決定の際には無能どもにも分かるように説明をしてやらなければならない。そして分からない、理解できないというだけで危険だと吹聴し、現状維持に全力を注ぐ。文明を発展させてきたのは、いつだって天才たちの突飛な挑戦だということも知らずにな」


――それは違う、という否定もアルジーノにはできなかった。


レオンハルトの考え方は極端すぎて賛同できるものではなかったが、彼ほどではないにしても、無能な人間は排除されるべきだと考えている人間は存在する。


アルジーノが魔法を使えるようになる前のローゼンベルグ家など、まさにその一例だろう。


「ローゼンベルグ――お前自身も分かっているだろうが、私はお前を無能な人間だと思っていた。だが、嫌悪していたわけではない――お前は無能であっても、有能な人間の足を引っ張ることはなかったからだ。ところが、つい最近になって、お前は実に優秀な魔法使いになった。キングーノの打倒、アインホルンとの決闘、シュージューノとの死闘――彼に勝ったと聞いた時には、思わず笑いがこみ上げてしまったよ」


「不謹慎ですね。兄上は死ぬところだった」


「お前がそれを望んだのだろう?」


アルジーノは天井を見つめたまま口を閉じる。


「学び舎というのは、優秀な人間が淘汰される最初の場所だ。無能な人間に足を引っ張られ、優秀な人間が歩むことをやめてしまう――君にも、思い当たる節があるのでは?」


ジョンと一緒に、ジーグに暴力を振るわれていた時期を思い出した。


当時――もちろん今も、ジョンもアルジーノも優秀な人間であるとは思わないが、学園のどこかで、あんな風に優秀な人間が物量で負けて潰されていることもあるのかもしれない。


彼の言う無能な人間の方が、数は多いのだから――


「だからこそ、私は教師になった。無能な人間を、排除するために――」


レオンハルトの不穏な言葉に、アルジーノは思わずフクロウを見てしまう。


――怖くなったか? とフクロウが笑う――もちろん、実際に笑ったわけではなく、フクロウの向こう側にいるレオンハルトが笑ったような気がしただけだった。


「心配するな。別に、無能な生徒を消そうとしているわけじゃない。彼らに自分の役割を分からせ、優秀な人間を育てる力になってもらおうとしているだけだ。排除と言ったが、更生と言い換えてもいいだろう」


――じゃあ、更生ができない生徒はどうするのか


口には出さなかったが、アルジーノはフクロウから天井に視線を戻すと、そんなことを考えた。


そして、聞かずとも、彼の口から出る答えは分かったような気がした――この人なら、普通の人が常識的にやらないようなことを平気でやってのけそうだ。


「長くなってしまったな。せいぜい明日以降も囚人生活を楽しむことだ」


「いや、教師がそれを言うんですか」


アルジーノが言い終わる前に、フクロウはその大きな翼を広げて、部屋の窓から飛び去ってしまった。


選民主義者の極端な思想を聞かされた直後だったが、月夜に消えていく白いフクロウの姿は、やけに幻想的に見えるのだった。









「ごめんね、ローレンさん。あの調子じゃ、しばらく本人にも魔法の話は聞けないかもなぁ」


アルジーノと別れた直後、ジョン、ミア、そしてソフィアの三人は、屋敷の門の前で別れることになった。


「でも、とにかく直近の問題は学校の成績なんでしょ? 私たちに協力できることがあるかもしれないから、何でも相談して」


「あ……ありがとうございます……!」


ソフィアは感激したようにミアに頭を下げる。


普段教室で人と話しているところを見たことがないため真顔の彼女しか知らなかったが、意外と感情豊かな女性なのかもしれない――表情も柔らかく、一瞬だが、ジョンにはそれがとても魅力的なものに見えた。


「とりあえず、魔法と数学が苦手なんだっけ? お互い部活もあるだろうから、明日以降また時間を見つけて……」


ミアが話を進めようとすると、先ほどまで太陽のように明るかった彼女の表情が途端に淀んだ曇り空のようになり、肩を落として俯いてしまう。


「ごめんなさい、急に話を進めすぎよね? 私たちはローレンさんの都合に合わせるから。ね? ジョン」


「もちろん。別にアルの停学が終わってからでもいいわけだしな」


二人が明るく振舞うと、ソフィアが申し訳なさそうに口を開いた。


「じゃあ……とりあえず、魔法を……」


「あら、魔法からにするの? アルに話を聞けるようになるまでは数学でいいかとも思ったんだけど……」


ミアの提案に、ソフィアの背中が縮こまる。


「数学は……大丈夫、です……」


ソフィアが二人と目を合わせずに答えるので、ミアはジョンの顔を見る――もしかして、数学の成績が悪いというのはジョンの誤解ではないのか、という疑念を視線で訴えている。


ジョンもそれを読み取ると、――そんなことはない、と同じく視線で返事をする。


ソフィアが数学を得意としていないのは、どのクラスメイトの目からも明らかだった。


彼女は既に、数学の成績向上は諦めているのだろうか。


「わかったわ。じゃあとりあえず、また日を改めて魔法の座学から始めましょう? 実技については、アルジーノに話を聞いてからってことで」


ミアが半ば強制的に話をまとめると、ソフィアが小さく頷いたのでその日は解散となった。


諸々納得のいかないことが多かったな、とジョンは一日を振り返る。


そのうちの一つ、何故ソフィアが『数学は大丈夫』と発言したのかは、すぐに明らかとなる。

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