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第四十九話 ソフィア・ローレン②

「んで、これは昨日急遽決まったことなんだが、今日から二週間ローゼンベルグ君は停学になってまーす」


アルジーノが学園に姿を見せなかった翌日、担任のクラインから突然告げられた言葉にジョンは思わず――えっ、と声を出してしまった。


驚いていたのは彼だけではなく、教室内が途端にざわつき始める。


「理由については校内で暴力沙汰を起こしたからだって聞いてるけど、俺も正直詳しいことは聞いとらん」


「担任なのにー?」


女子生徒がクラインをからかうように半笑いで言うと、周囲に座っていた女子たちもくすくすと笑っている。


停学処分を受けた生徒がいるということに興味はあるようだが、アルジーノを心配する風では一切なく、むしろその状況を面白がっているようだ。


「まぁ、俺下っ端だし? 一応期間は二週間ってことになってるから、あいつがいないことで困ることがあったら俺に相談することー」


クラインは教卓に置いた書類をパラパラとめくりながら思い出したように顔を上げる。


「あれ、そういえば対抗戦の組分けってまだ決めてないよな? 担当誰だっけ?」


「私です! 明日のホームルームで決めようと思ってました」


教室の中ほど、アルジーノの席の二つ後ろにいる短髪のいかにも快活そうな女生徒が手を挙げながら発言した。


「おっけー、じゃあその時アルのことも忘れずに入れといてやってくれよ」


「了解でーす!」


女生徒が笑顔で敬礼すると、クラインはその後簡単な事務連絡をして教室を去っていった。


――おいおい、アル……何したんだよお前……


背中を丸め机に顎をつきながら、ジョンは大きくため息を吐いた。


一昨日、図書館前で話をした際に非常に不機嫌であったため、昨日の朝様子を見てもう一度話をしようと思っていたが、彼は学園に顔を出さなかった。


もしかして不機嫌になってサボったのだろうか、とも思っていたが、まさか暴力沙汰を起こしているとは思いもしなかった。


図書館で別れた後から、一体いつそのようなことが起こったのかは定かではないが、暴力を振るった相手については大方予想がつく――最近よく絡まれていたという兄だろう。


アルジーノが不機嫌になることは別に珍しい事ではないのだが、図書館前で話した際の彼はいつもと様子が明らかに違っていた。


自宅で兄に絡まれて寝不足にもなっていたことから、相当ストレスを溜めていたのだろう。


――だからって停学になるほどやり返すかね?


一限目の数学の授業を受けながらぼんやりとそんなことを考えていると、上の空だったのを担当教員であるスミスに見抜かれてしまった。


「おいフォーバー、聞いてるか?」


「え、あぁ、すみません……。なんでしたっけ?」


スミスは呆れたようにため息を吐くと、大きな黒板に書かれた数式について、おそらく二度目の説明をジョンのためにしてくれた。


スミスは学園にいる男性教員の中でも年齢が若い――それでも三十代半ばではあるのだが、他の堅苦しい教員たちに比べ生徒とも授業以外の話を気軽にしてくれるので、そういった点ではクラインと同じように生徒から人気がある。


ただし、正確には、『男子生徒からの人気』という方が正しいかもしれない。


この理由はジョンの目からも明らかで、一男子生徒から見ても、彼が女生徒の足やら胸やらを盗み見ていると分かることがあるからだ。


さらに、彼は休み時間に廊下で集まっている女生徒の輪に強引に入ろうとしていることもあり、その度に生徒たちから嫌な顔をされているのも見たことがある。


それにも関わらず、スミスは懲りずに今日も授業が終わると、廊下に出てきた女生徒たちに屈託のない笑顔で挨拶をしている。


生徒たちからどう思われているのか気づいていないのか、あるいは気づいていながらもそういった態度を続けているのか――前者の方がまだ救いようがあるかもしれないと、教室を出ていくスミスの背中を見ながらジョンは考えていた。


そのまま昼まで授業を受けると、早速いつものように食堂へ向かい、定位置となった食堂一番奥のテーブルの端に腰を掛ける。


普段は向かいにアルジーノが座るのだが、今日はそこには誰もいない。


いつもなら隣にミアとライバもやってくるのだが、先ほど食堂の列に並んでいる際、ミアはバレー部員たちと、ライバはクラスメイトたちと仲良く談笑している姿を目撃したため、今日は一人で食事をすることになりそうだ。


早速ハンバーグをナイフで切っていると、視界の端で誰かが立ち止まっているのが見えた――スカートから生足が覗いていたため、女生徒であることは分かった。


――なんだ、と思ったジョンだったが、気づいていないフリをしてハンバーグを切っていると、その女生徒に声をかけられる。


「ふぉ、フォーバーくん……」


名前を呼ばれたので顔を上げると、黒縁メガネの向こうにある茶色の瞳と目が合った。


あまり話したことはないが、腰まで伸びたライトブラウンの髪をふわりと巻いたその女性がクラスメイトであることは知っていた。


「あぁ、ローレンさん。どうしたの……?」


目の前に立っているのはソフィア・ローレンという生徒で、クラスの中でも友達がいないのか、少なくともジョンは彼女が他の女生徒たちと一緒にいるところを見たことがなかった。


昼休みは教室で持参の弁当を食べて過ごしているのをよく見かけるため、食堂で彼女のことを見るのは初めてのことだったかもしれない――その手には、布に包まれたいつもの弁当箱が握られている。


ジョンと目が合うと、自分から話しかけておきながら、彼女は困惑したように視線を逸らした。


彼女が一体自分に何の用があるのだろうと思い、一瞬警戒するような雰囲気を出してしまったことをジョンは申し訳ないと思った。


慌てて彼女を安心させるかのように笑顔を作る。


「珍しいね。普段は教室で弁当食べてる印象だけど……」


「ちょっと……話があって……」


「俺に? なんだろう……。まぁとにかく座りなよ。今日はちょうど相方がいなくて寂しかったから、ありがたいよ」


ジョンはソフィアを向かいの席に座るよう促すと、彼女は軽く頭を下げて椅子を引いた。


――とりあえず食べようか、とジョンが言うと、ソフィアはゆっくりと弁当箱を包んだ布をほどく。


年頃の女の子の弁当箱はどんなものかとジョンは視界の端に意識を集中させそれを見ていたが、中から現れたのは金属製の無機質な四角い弁当箱だった。


「お弁当、毎日作ってるの?」


「……うん。料理が……好きで……」


「いいねぇ! 料理が上手っていうだけで、男女問わず好感度あがっちゃうよなー」


何気なく言った自分の一言を、ジョンは目の前の光景を見て後悔した――ソフィアが弁当箱の蓋を開くと、その無機質な外観とは異なり、中ではカオスが広がっていた。


白いご飯がその中身の大半を占めているが、おそらくスクランブルエッグと思われる焦げた卵と、同じように焦げたアスパラだけが今日の彼女の献立らしい。


そして何より、乱雑に持ち歩いたのだろうか、その弁当箱の中身はぐちゃぐちゃに混ざっている――はじめから混ぜた状態が正解だったという可能性もあるが、だとしたらもっと綺麗に混ざっているだろう。


見るからに内気で繊細そうなソフィアの弁当がそんな状態だったため、ジョンは驚いてしまったとともに、料理が好きだから上手である、という短絡的な思考で発言をしてしまったことを後悔した。


しかし同時に、そのギャップが面白いと思ったジョンは、話題作りにもなると思い、少々軽率な発言をしてしまう。


「すごいね、そのお弁当。鞄の中で相当暴れたのかな?」


「あ……朝、作った時から、この状態で……」


「へ、へぇ……」


――しまった、と思った時には遅かった。


目の前のソフィアはさらに小さく縮こまり、ゆっくりと弁当の中身を消費し始める。


――やばい、これは気まずい昼食になってしまう……


自分から彼女を座らせたことを後悔したジョンだったが、そもそも彼女から話があると声をかけてきたのだと思い出す。


少しでもこの空気を回復させようと、どういった話だったのかを切り出そうとすると、彼女が先に口を開いた。


「ちょっと、相談があって……」


「相談? 俺に?」


「そう……あ、でも、ちょっと違う……」


「ん? どういうこと?」


「フォーバー君……彼と仲がいいから」


「彼?」


「ローゼンベルグ君――」


あぁ、とジョンはハンバーグを口にする。


「あいついきなり停学になんかなりやがって、俺も何も知らなかったんだけどさ。あいつがどうかした?」


「その……」


ソフィアの声がまた小さくなる。


昼休みの食堂は騒がしく、彼女の声は簡単にかき消されてしまう。


右斜め前方、ずっと遠くの方で、バレー部と談笑しているミアの背中が見えた。


「ちょっと気になってて……」


「ん? 気になる?」


「彼と、話がしたくて……」


――気になる……話がしたい……。え、これってもしかして……


ソフィアの言葉を頭の中で反芻したジョンは、急に合点がいった。


――まさかこれ……恋愛相談!?


そう思った途端、先ほどまで沈みかけていた気持ちが、急に空へと舞い上がる。


つまり、友人であるジョンに対して、アルジーノとの間を取り持ってほしいという旨の相談をされているのだ。


俄然やる気になったジョンは、前のめりでソフィアの顔を覗き込む。


「俺に協力できることがあれば、何でも言ってくれ。俺ならあいつに、多少の無理も言ってやれるから」


ソフィアが顔を上げると、懇願するかのようにジョンを見つめる。


今までちゃんと見たことがなかったが、彼女の顔は綺麗に整っていて、ミアに負けずとも劣らないほど美しい女性かもしれない。


「彼と、話したい……です……」


「よし、任せとけ――」


停学になってしまったアルジーノとしばらく話せなくなってしまうということを心配していたソフィアに、ジョンは研究室のことを躊躇なく話した――隣にアルジーノがいたら、きっと睨まれていたことだろう。


停学中であっても、アルジーノが研究室に顔を出すことは容易に想像できる――むしろ、停学中の拠点になっていることだろう。


早速今日の放課後案内するという約束をすると、ソフィアは嬉しそうに頷いた。


そんな表情を初めて見たため、ジョンは照れ臭くなって思わず目を逸らしてしまうのだった。

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