第三十八話 ライバ・ルートヴィヒ・アインホルン⑦
観客席を駆け下りた勢いのまま、アルジーノはアリーナの中へと飛び降りる。
アルジーノが降り立った場所の反対側――決闘場の門をくぐって通路を抜けた右側で、ライバはネズミに追い込まれながらもその足元を巧みにくぐり攻撃を躱している。
「優等生! 物理攻撃だ!」
アルジーノの叫びにライバがネズミに意識を向けたまま答える。
「どういう意味だ……!」
「魔法攻撃は弾かれたとしても、物理攻撃ならダメージを与えられるはずだ! 『障壁』を壊せなくても、それで受け止めた衝撃は必ずあいつ本体に届く! 鎧と一緒だ!」
アルジーノの隣へライバは滑り込むと、ネズミに杖を構えながら――それで? とアルジーノに尋ねる。
「僕たちだけの力で、どうやってあの化け物に有効な物理攻撃を与える? 悪いが僕は、重力魔法も空間魔法も、有効な攻撃に利用できるほど長けていない」
「俺も、そういう魔法はまだ使えない……」
――何か、固いものをぶつけられれば……。そう、ウィリアムズが叩きつけられたみたいに、石をあいつにぶつければ……
そこでアルジーノは天井を見上げる。
全体が石造になっている決闘場は、当然その天井も巨大な石を切り出したり積み上げたりすることで構成されている。
「天井を落とそう――」
「天井……?」
アルジーノの言葉に、ライバもちらと上を見る――なるほど、あれをネズミの上に落下させるつもりなのかとアルジーノの作戦を理解する。
「『障壁』があってもダメージが入るという保証は?」
「さっき俺も『障壁』を張ったが、奴に殴られて腕がボロボロだった。あいつの使う『障壁』も同じなら――」
「『障壁』以外の魔法で防がれる可能性だって――」
「それは後から考えればいい! とりあえずあの天井をぶっ壊して、あいつにぶつける!」
グオオオオオ
二人が立つ場所に向けて、ネズミが再び飛び掛かってくる。
咄嗟に左右に躱した二人は、同時に天井へ杖を構える。
「――『乱炎塊』!」
「――『乱光槍』!」
二人が生成した無数の炎の玉と光の槍が、天井へ向かって飛んでいく――それぞれの魔法が天井を貫くと、自重を支えきれなくなった天井に大きく亀裂が入っていく。
そして、その亀裂は魔法が命中した箇所だけでなく、決闘場をドーム状に覆う天井全体に広がっていく。
「まずい――!」
たまらずライバは叫んでしまう――このままでは、すべての天井が崩れ、決闘場内にいるすべての生徒たちの頭上に巨大な石が降りかかることになる。
「ミア!」
ライバは咄嗟に幼馴染を守らなければと彼女の方を見やる。
彼女はまだウィリアムズの治療中であり、あのままでは身を護るための魔法を発動できない――
「くそ!」
ライバがミアを守る魔法を発動しようとするのとほぼ同時に、決闘場の天井が崩れ落ちる――無数の石片が決闘場の観客席とアリーナへと降り注ぐ。
「あいつを信じろ!」
ライバとは対照的に、アルジーノは崩れ落ちる天井へとその杖を構える。
「お前に守られなきゃいけないほど、あいつも、ここにいる奴らも弱くない!」
アルジーノは落下してくる石片のうち一番大きなものに目星をつけると、それに対して魔法を詠唱する。
「――『風塊』!」
巨大な石片はアルジーノが起こした突風に煽られ、その落下軌道がネズミの頭上へと修正される。
さらに、そのまま風によって速度を増した石片は、ネズミの細い首元へ向けて勢いよく叩きつけられた。
ギャアアアアア
ネズミの叫び声と同時に石片が当たる箇所に『障壁』が生成されたが、そのまま石片は『障壁』ごとネズミの体を地面へと叩き潰した。
アルジーノの予想通り、石片によって『障壁』は壊れなかったものの、本体であるネズミの首の骨は折れたようで、先ほどまで狂暴だったネズミの動きは、たちまち沈静化されたのだった。
――よし!
安心したのも束の間、天井から次々に落下してくる石片から何とか身を守ろうと、アルジーノは咄嗟に頭を腕で覆った。
その瞬間、先ほどと同じように腕の周りには『障壁』が生成され、落下してきた石片を弾いただけでなく、その落下速度を弱めるかのように、足元から突風が吹きつけてそれが天井の方へと抜けていくのだった。
石片がすべて落下し終えると、騒がしかった決闘場の中を静寂が支配する。
崩れた天井からパラパラと砂と小石が落ちてくる音、そして、その場にいる人間たちの呼吸音以外に聞こえるものはなかった。
その静寂を破ったのは、巨大ネズミの鳴き声だった――
グオオオオオ
すぐ近くにいたアルジーノは、突然の叫び声に驚き飛びのいてしまう。
――こいつ……! まだ動けるのか!?
アルジーノが叩きつけた石片を身体の上からどけると、ネズミは体についた埃を払いながら立ち上がる。
先ほどよりも弱々しいが、まだ立ち上がるだけの力が残っていることに驚かされる。
アルジーノが再度杖を構え、魔法を詠唱しようとしたその瞬間、視界の端から何かが高速でネズミの上に飛んできたかと思うと、それはそのままネズミを力強く地面に叩きつけた。
ドオオオオン
叫び声を上げる間もなくネズミが叩きつけられると、石の地面に巨大な亀裂が入り、そのままネズミは動かなくなった。
その巨体の上に着地したのは、ミアの治癒術によって傷が完治したウィリアムズだった――目にも止まらぬ速さでネズミを叩きつけたのは彼だったらしい。
ふう、と一度ため息を吐くと、ウィリアムズはアルジーノとライバを交互に見た。
「ローゼンベルグ、アインホルン……よくやってくれた――」
その瞬間、決闘場内にいる生徒たちから歓声が上がった。
中には、恐怖から解放された嬉しさからか、泣きだす者さえいた。
「やったあああああ!」
「助かったぞ!」
「ありがとう! ローゼンベルグ! アインホルンもすごかったー!」
「ありがとー!」
崩れた天井からは西に傾き始めた陽の光が差し込み、アルジーノとライバを祝福するかのように決闘場のアリーナを照らしていた。
両手をあげて喜んでいる生徒たちの周りに『障壁』が張られているのを確認したライバは、観客席をなぞるように視線を動かし、ミアのことを見つける。
彼女は力なく地面に座り込んでいるものの、その周りには全身を覆うほどの『障壁』が形成されていた。
あれだけの崩壊が起こったにも関わらず、中にいた生徒たちには目立った外傷は見られなかった。
――そうか……。僕は……
『障壁』を解除して立ち上がり、自分を見ながら拍手をしてくれているミア――そんな彼女を見て、ライバは自分がしていた勘違いに気づかされた。
優秀なミアにふさわしいのは、優秀な人間だけだ――そして、その隣にふさわしい人間になれるように、ライバは努力してきた。
いつの間にかライバは、ミアよりも優秀な魔法使いになっていた――彼女を守るのは自分だと、勝手に思うようになり、ついにはそのために決闘まですることになっていた。
しかし――
――お前に守られなきゃいけないほど、あいつも、ここにいる奴らも弱くない!
石片が落下する中、アルジーノに言われた言葉が脳内で響く。
そう、ライバが心に抱いていたミアを守りたいという感情は、いわゆる余計なお世話という奴だったのだ。
自分の中で何かが一段落したような気持ちになったライバが――ふぅ、とため息を吐くのとほぼ同時に、崩れた決闘場の入口から学園の教員と研究員たちが入ってきた。
「大丈夫ですか!? 怪我人はいませんか!?」
入ってきた教員の中には、爆破事件で美術室をライバと協力して開けた、魔法科担当のレオンハルトの姿があった――さらに、学園研究棟の長でもある、ツヴァイシュタインの姿もあった。
「申し訳ございません、ウィリアムズ先生。どうやら、研究棟の実験室から、検体が一匹、脱走してしまったようで……」
「これがその検体ですか? ツヴァイシュタイン先生――。こんな事態は前代未聞です。生徒たちの命が失われるところだった!」
ウィリアムズの言葉に、決闘場に入ってきた研究員の人たちは途端に小さくなる。
しかし、ツヴァイシュタインはあくまで毅然とした態度を貫いた。
「ここでいくら謝罪したとしても許されんことは承知している。今後、同様の事態が起こらぬよう、我々も改善に努める。まずは、この事態を収束してくださったこと、深く感謝する」
「そもそも、なんなんだこの生物は……。魔法を使う動物など、それこそ前代未聞だ!」
ウィリアムズが声を上げている間にも、決闘場に入った研究員たちが魔法を駆使して原状回復を行っていく――それほど時間もかからず、決闘場は元通りのドーム状の天井を取り戻した。
さらに、研究員たちは既に死亡しているネズミを観察してノートに何かを書き込むと、そのままそれを魔法で持ち上げ、決闘場の外へと運んでいく。
「ちょっと……! もう運び出すのか? この動物について説明を……」
「ウィリアムズ先生――、いや、これはここにいるすべての生徒に対してもお願いしたいが……この生き物について、どうか口外しないでいただきたい」
決闘場内にいた生徒たちからざわつきが起こる。
ネズミは既に、決闘場の外へと運び出されていた。
「何を仰って……? これだけ早く現場を修復して……まさか、このことを無かったことにしようというのか!?」
「ウィリアムズ先生、我々は今回の事件を重く受け止め、同様のことが起きないよう改善を――」
「学園には報告するんでしょうね……?」
「このことは、研究棟を統括する我々の問題だ。すぐにメンバーを招集に、対策委員会を設置する。その後は、彼らによって改善案が提示され、以後同じようなことが起こることは――」
「ペラペラと御託ばかり並べて……。私は認めない! きっちりと、このことは学長にも報告させてもらう!」
「ウィリアムズ先生、落ち着いてください。事態はそう簡単ではなく……」
二人の言い合いはしばらく続きそうなので、研究員たちが決闘場内にいる生徒たちを外へと誘導し始める。
この事件が隠蔽されそうになっているということを危惧し、研究員たちに詰問する生徒も出始める。
研究棟から脱走した実験動物――痩せた体、異常発達した筋肉と牙、そして、本来人間以外が使えないはずの魔法の使用……
ネズミに関する様々な謎を残した状態で、この事件が終わってしまうことは許されないとアルジーノもライバも考えていた。
そして、そのことを平気で隠そうとする学園の『研究棟』に対しても、不信感が募っていく。
「アル!」
突然名前を呼ばれたアルジーノは、自身の中に湧いてきていた怒りを咄嗟に抑える。
振り返ると、そこにいたのは意外な人物だった。
「ウル兄……!」
「やぁ、とんだ災難だったね」
そこにいたのは、ローゼンベルグ家十三兄弟のうちの七男、現在学園の最高学年である十年生の、ウルシーノ・ローゼンベルグだった。
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