第三十七話 ライバ・ルートヴィヒ・アインホルン⑥
決闘場内に入ってきた化け物は見上げるほど大きかったが、その姿は白いネズミといって誰もが納得するものだった――学園指定の教科書の中にも、同じようなネズミを被験体とした魔法の実験結果が記載されているのをアルジーノも見たことがあった。
教科書のネズミと目の前の化け物は大きさが違うのはもちろん、体はひどく痩せ細っており、あばら骨の形が浮き彫りになっている上、首は異様に細い。
それにも関わらず、四本の足は筋肉が異常に発達しているのかとても太く、口から覗いているいびつに生えた牙は通常のネズミではありえないほど巨大になっている。
ウィリアムズは咄嗟に長剣を抜くと、それをネズミに対して構え臨戦態勢を取る。
それに気づいたネズミは右前足を小さく振りかぶると、まるで蝿を叩くかのようにその腕を振り払う。
「くっ……!」
ウィリアムズの唸り声が聞こえたと思った時には、その体は宙を舞っていた――矢のような速さで殴り飛ばされた彼の体は、そのまま決闘場入口に向かって左側の観客席へと叩きつけられる。
ドオオオン
全体が石造になっている決闘場は当然観客席も石でできており、ウィリアムズが叩きつけられた衝撃で石が飛び散り、辺りに砂埃のような煙が漂う。
「先生――!」
生徒の誰かが叫んだ声は、たちまちネズミの叫び声にかき消される。
グオオオオオ
飛ばされたウィリアムズと呆然と眺めていたライバとアルジーノも、化け物の叫びに慌てて杖を構え直す。
仮にもウィリアムズは騎士科の教員である人物で、現職の騎士と比べてもその体格はがっしりとしている。
また、剣術に長けているのはもちろんのこと、それに多彩な魔法を組み合わせることを得意としており、騎士科の生徒たちだけでなく、現職の騎士たちからも一目置かれている存在なのだ。
そんなウィリアムズが容易く叩き飛ばされた――その事実に、決闘場に観戦に来ていた生徒の感情は衝撃と絶望に支配されていた。
「ミア!」
それまで他の生徒たちと同じように呆然と化け物を見ていたミアは、アルジーノの声でハッと我に返る。
「先生を治療できるか? こんなの、学生だけじゃ手に負えない……!」
「えぇ……わかったわ!」
アルジーノの言葉で覚悟を決めたようにウィリアムズのところへ走り出すミアを、慌ててジョンも追いかける。
ミアの姿を見て、今度はライバが不安に駆られ叫ぶ。
「ミア! 危険だ戻れ!」
「集中しろよ優等生……。来るぞ!」
グオオオオオ
舞台上にいる二人をまとめて踏みつぶそうとしたのか、巨大ネズミは大きく飛び上がり二人の頭上へと落下してくる。
「やっべ!」
咄嗟に舞台からアルジーノが飛び降りると、ネズミが落下してきた衝撃で石造の舞台に亀裂が入る――あれに潰されたらひとたまりもない。
ライバも舞台の反対側に下りたようで、二人でネズミを挟む格好になる。
――何だか知らねぇが、教師をぶっ飛ばした化け物に手加減なんて必要ないよな!?
「――『大乱炎塊』!」
ギャアアアアア
アルジーノが詠唱すると、巨大な爆発と共に球体の炎が生成されネズミへと向かって飛んでいく。
ドゴオオオン
ネズミは攻撃を一切躱そうとせず、そのまま舞台上で大爆発が起こる。
「うわああああ!」
「ローゼンベルグのやつ、決闘場ごと破壊する気かよ!」
爆風が吹き荒れる決闘場で、残された生徒たちは悲鳴や愚痴を口にしている。
一方で、ようやくウィリアムズのところに辿り着いたミアは、その姿に息を呑んでしまう。
ウィリアムズの手足はいずれもあり得ない方向に曲がっており、頭部からも出血し血だまりが出来ている。
かろうじて意識はあるようだが、このままでは長くもたないことが一目瞭然だった。
「先生! しっかりしてください! ――『治癒』!」
ミアが治癒術をかけると、ウィリアムズの体が優しい光に包まれる。
そこに追いかけてきたジョンがやってくると、二人に攻撃が来ないように自分は舞台の方へ杖を向ける。
「ミア、とりあえず今は治療に専念するんだ。こっちは任せて」
「お願い! ちょっと時間かかっちゃうかも……」
「で、できるだけ急いでくれ。こっちも、あんな化け物たちの攻撃が飛んできたところで、どこまで防げるか……」
舞台上に広がっている黒煙が次第に晴れてくると、相変わらず舞台上を陣取っている巨大ネズミの姿が現れる。
その姿を見た決闘場の生徒たちから、ざわめきが起こる――その声には、驚愕と困惑、そして不安と恐怖の念が含まれていた。
「なんだよ……あれ……」
ジョンも他の生徒たちと同様に、目の前の光景に戸惑いを隠せない。
アルジーノの攻撃を受けた巨大ネズミの体には、一切の傷がついていなかったのだ――そして、その原因は、巨大ネズミの周囲に形成された、光の壁であることが明らかだった。
「そんな……まさか、『障壁』なのか!?」
「ありえない……人間以外の生物が、魔法を使うなんて……!」
直近でネズミを見ていたアルジーノとライバも、目の前で起きている事象に呆けてしまう。
その隙をついて、ライバを標的にしたネズミはその前足を振り上げる。
「おい!」
ネズミの動きに反応を見せないライバを見たアルジーノは、咄嗟に叫んで危険を知らせる。
アルジーノの声で我に返ったライバだったが、既に遅かった――ネズミの右前足がライバの右半身から払われると、そのまま彼の体はウィリアムズの時と同じように宙を舞った。
そして、その体は入口横の壁に叩きつけられ、そのまま地面に倒れ込んだ。
「ライバ!」
様子を横目で見ていたミアが叫び声を上げる――他の生徒たちからも悲鳴が上がっていた。
ビイイイイイ
決闘場内にブザーのような音が響き渡る。
次の瞬間、ライバの周辺を『障壁』が囲うと、その体が光に包まれていく――決闘用にライバが所持していた『自動治癒機』が作動したのだ。
「くっ……!」
全快したライバは地面に膝をついて体を起こすと、巨大ネズミを睨みつける。
グオオオオオ
自分を威嚇するように叫ぶネズミを見て怒りを覚えたライバは、歯ぎしりをしながら詠唱する。
「――『大光槍』!」
ライバの頭上に巨大な光の槍が生成される――何とかネズミの気を引こうと次の魔法を準備していたアルジーノはそれを見て納得する。
――確かに、相手が『障壁』を使うとしても、光魔法ならそれを壊せる……!
杖を小さくライバが振ると、光の槍はネズミの額に向かって飛んでいく。
ギャアアアアア
ネズミがまた叫び声を上げると、先ほどまでその体を覆っていた六角形の光が消失し、今度は額の前にどす黒い球体が生成される。
――なんだあれ……
アルジーノが不思議に思っていると、ライバが放った光の槍は、その球体の中へと吸い込まれ消えてしまった。
「バカな……! 闇魔法だと!?」
ライバは驚きのあまり声をあげている。
黒い球体は光の槍を吸収すると、すぐに小さくなって消失した――アルジーノには、まるで暗い空間が槍を飲み込んだように見えた。
「――『乱炎塊』!」
準備していた魔法を詠唱すると、生成された炎をネズミに放ちながらアルジーノは舞台の周囲を回って、ライバのところへと走る。
「下がれ優等生! お前はもう攻撃を受けられない! ここは俺が――」
「バカ、下がれ!」
ライバが叫んだ時には、アルジーノの視界の左端に、巨大ネズミの右前足が迫っていた――アルジーノの放った炎はすべて『障壁』で防がれた上、標的を瞬時にアルジーノに変更し、攻撃を仕掛けてきていたのだ。
既に目前まで迫っているネズミの攻撃を、もう魔法で防ぐことはできない――何を詠唱したとしても、その前に相手の攻撃が命中してしまう。
――くっそ……!
咄嗟にアルジーノは腕を十字に組んでネズミの攻撃による体への衝撃を和らげようとする――その瞬間、組んだ腕の周囲が光に包まれると、その前面に六角形の光が生成される。
ドンッ
大きく払われたネズミの前足によって、アルジーノの体も宙を舞う――腕の前に生成されていた光は攻撃によって消失している。
――いってぇ……
腕に激痛を感じながら、アルジーノは勢いよく飛んでいく自分の体をそのまま石の観客席に叩きつけられまいと、それを回避するための方法を模索する。
――風で……衝撃を……
アルジーノの体は偶然にもジョンとミアの所へと飛んでくる。
「アル!」
ジョンは彼を受け止めようと腕を広げたが、次の瞬間、アルジーノの周囲に突風が吹き荒れる。
「うわっ!」
思わずジョンが目を覆うと、――ゴンッと近くで何かが落下する音がした。
風が収まり目を開けると、近くでアルジーノが力なく倒れていた。
「アル――!」
ビイイイイイ
『自動治癒機』から音が鳴り響くと、ライバの時と同様にアルジーノの周囲に『障壁』が生成され、体を『治癒』の光が包む。
光が収まると、アルジーノがゆっくりと目を開く。
「おいアル! 大丈夫か?」
「あぁ……。なんとか……」
ジョンに体を起こされたアルジーノは、自分の『自動治癒機』が作動してしまったことに舌打ちをする――これでもう容易にネズミの攻撃を受けることはできない。
「それにしてもすげぇなお前……あの状況で風魔法なんかよく詠唱できたな」
「え……?」
「衝撃を減らすために風を起こしたんだろ? お前が落ちてくるときに急に風が吹いたから――」
――俺は……
アルジーノは自分が風魔法を詠唱した記憶がなかった。
もしかしたら、激痛で意識が朦朧としていたため、忘れているだけなのかもしれない。
しかし――
――そういえばさっき、勝手に『障壁』も……!
『自動治癒機』によって治った自身の腕を、アルジーノは何が起きたか信じられないといった面持ちで見つめる。
「ローゼンベルグ……!」
名前を呼ばれアルジーノは振り返る――ミアによって治療されているウィリアムズが体を起こしているところだった。
「もう無理をするな……! もう少しで私も回復する。それまでは……」
「ライバ!」
引き続き『治癒』をかけているミアが舞台へ向かって叫ぶ。
一人残されたライバが、ネズミと距離を取るために舞台の周囲を走り続けていた。
時折魔法を詠唱してもいるが、属性魔法は『障壁』に防がれ、光魔法は闇魔法に打ち消されてしまう。
――まずい!
咄嗟に舞台へ戻ろうとするアルジーノをウィリアムズが制止する。
「やめろローゼンベルグ!」
「でも、このままじゃあいつが……!」
「魔法が通じない相手だ! お前たちではどうすることもできん!」
「くっ……!」
その時、アルジーノはウィリアムズの鎧がふと目に入る。
体がボロボロになっているウィリアムズに対して、鎧は多少汚れてはいるが一切傷がついていない――騎士団が使用している鎧と同じものなのか、家に帰ってきた父ベイターノがつけていた鎧と同様の模様が描かれている。
そして、無意識のうちに自分の腕に張られた『障壁』――
――そうか……!
アルジーノは、ウィリアムズの言葉を無視してネズミへと向かって観客席を駆け下りていく。
「ローゼンベルグ!」
背後から再度ウィリアムズの声が聞こえたが、既にアルジーノの耳には届いていなかった。
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