疫病編2
雑踏の中でつむぎは気がついた。
大きな倉庫を使い回したのだのだろう。
見渡す限りの空間にズラリとベッドが並べられている。
ここは、、、
誰もつむぎの存在を気にしていない。看病している者もされている者も、それどころではないからだ。
つむぎが言ったように、看護する人々は布を顔に当ててくれていた。衛生管理も行き届いているのか清潔感がある。
換気も天窓が開けてあり、匂いも澱んでいない。
つむぎの言った事は全てきちんと守られていた。
隔離施設がしっかりと機能している。つむぎはホッと息をついた、
「つむぎ様」
背後から声がかけられる。
振り向かなくとも誰か、つむぎにはわかった。
「従者。…こんなところにいて大丈夫なの?」
振り向くと倉庫の端にある小さな小部屋に、机に向かう彼の姿があった。
「私は丈夫な方なので…」
君、王族だよね?こんな最前線に出てて本当に大丈夫?
「今日は暖かそうな服装ですね」
ヴィルヘイムが言う。
白い長袖と淡いピンクベージュのオーバーオール。
寝巻きの趣味だ。何も言わないで欲しい。
つむぎは今日も幽体だった。
「何でか、誰にも乗り移れないんだよね」
いっそ教皇とかに乗り移れば、教会を解放するとかできるのにと思う。
つむぎは近くまでフワフワというかフラフラというか、近付いてヴィルヘイムを覗き込んだ。
「従者、顔が赤いね?」
熱があるのかな?まさか、うつってないよね?
それで、何でちょっと幸せそうなのかも教えて欲しい。
「…ヴィルヘイムとお呼びください」
いやいや、君、王族だよね?従者呼びも大概だと思うけど。
そして今、そんなタイミングだったかな?
「じゃ、ヴィルヘイム。進捗は?どうなってるの?」
今更だし、今更か、とつむぎは開き直った。
「城外に隔離施設を三つ設けました。辺境にも隔離施設並びに慈善院、施療院にも援助を。疫病は辺境より南下してきています。今からの季節、寒さが空っ風と共に疫病を連れてきていると思われます。王都に南下するまでの五つの領地が疫病被害を訴えています。その領主たちにそれぞれ、援助と隔離施設の指示を出しております」
立石に水の如く、一気に捲し立てる姿はいつものヴィルヘイムだ。
先程までの何処か噛み合わない彼はすっかり鳴りを顰めた。
「あ、そうだ。空っ風だよ。施設に暖炉や薪を設置するなら必ずお湯を沸かして。乾燥させないで。後、完治した者も一週間…、ええっと七日ほど隔離して」
「かしこまりました。では、代金の代わりに病気が完治した者に七日間の隔離施設での労働を義務としましょう」
うむ、おかえり!従者。
「それで、あの会議からどのくらい経ってる?終息の気配はある?あ、いや、被害状況を知りたい」
「あの会議から半月です。終息は見せておりませんが、感染数も伸びておりません。死亡者数もここにきて緩やかになっております。元々、教会が受け入れていればここまでの混乱を見せなかったように思います」
教会が受け入れてさえいれば。
逆に受け入れずともここまでの混乱だったことを考えればそこまでの疫病ではなかったのだと推測する。
この世界の水準での衛生管理と栄養状況、予防知識での致死率五%だ。しっかりと管理すればそのパーセンテージはもっと抑えられたのではないだろうか?
まあ、何せ愛の力で収まるくらいである。
故に教会の罪は重いのではなかろうかとつむぎは思う。
「罹患患者をこれ以上増やさない事も肝心だよ!手洗いと口に布を充てることも民衆に徹底してほしい」
「はい、直ぐにお触れを出しましょう」
まだ、流行病は王都を飲み込んではいない、まだまだ予防ができるだろう。
「従者、教会に行ってくるよ」
聖女と話をつけなければ。
「兄上と話できないかな?一緒に教会に行って欲しいんだ。無理なら私一人でも行くけど…。…従者、聞いてる?」
「…ヴィルヘイムとお呼びください」
またポンコツに戻った。
ヴィルヘイムと王宮に戻ると、王太子を乗せた馬車が出発するところだった。
「王太子に大切なお話しがある。馬車を止めてくれ」
ヴィルヘイムは大声で、馬車の御者に話しかけている。並走する馬上の騎士が馬の手綱を引いて振り向いた。
「ヴィルヘイム様といえど、先触れのないことには対応しかねます」
「無理は承知だ。責任は私が取る。王太子に取り次ぎを」
ヴィルヘイムが騎士と言い合っている間、馬車が緩やかに速度を上げていくのが見える。
つむぎはヴィルヘイムの背後から抜け出すと、空を飛び馬車に吸い込まれるように中に潜り込んだ。
ヴィルヘイムと騎士はあっけにとられてその所業を見上げていた。
馬車の中は王太子一人だった。
「精霊殿か…」
わずかに驚いたのか、その瞳が見開いている。
「失礼するね、ごめん。兄上にお願いがあるんだ」
「…伺おう」
突然のお願いだったが、王太子は話を聞いてくれるようだ。
つむぎが話そうとした瞬間に、馬車が大きく揺れて停車する。
外から騎士の安否を尋ねる声が聞こえた。
王太子は「大事ない」とだけそっけなく返事する。
「ヴィルヘイムです。精霊様と同行の許可を」
「……しばし待て」
扉越しに二人が会話をしている。まだ、ヴィルヘイムは騎士に止められているのだろう。
「さて、精霊殿はどういった要件か。私に叶えられる事だろうか?」
馬車の中で王太子は優雅に微笑む。王太子、イケメン。
「ありがとう、兄上。…私と一緒に教会に行って欲しいんだ」
あわよくば聖女と話をして欲しいのだけど、そこまでは望めないかもしれない。
「精霊殿、ちょうど教会に向かうところだ。王家の代表として、教会に今回の疫病での不手際を抗議しなければならない。騒動が収束する前に王家側が動いたという姿勢を見せておかねばならないからな」
王太子は優雅に語る。
若干、腹黒さが見え隠れしているが、兄上はどんな時も麗しい。
なるほど、抗議したよという事実が大事なんだね?
でも、それならば好都合だった。抗議をするのであれば王太子は話し合いの場を設けたいはずだ。
そこなら、きっと聖女を呼び出せる。
「私も教会には物申したい。それと兄上には聖女にどうしてもやってもらいたい事がある」
「私に?どんな?」
つむぎは王太子の耳元に口を寄せて内緒話のように伝える。
王太子は若干愉快そうな顔で耳を寄せてくれた。
「承知した。…やれるだけやってみよう」
困ったような苦笑いのような笑顔を見せて王太子は約束してくれた。
やばい、目が潰れそう…。
「………精霊殿は、とても可憐だな」
王太子が包み込むようにつむぎの手を囲む。
外からガタンと大きめの音がした。
「……?」
つむぎの気が逸れる。
「…精霊殿」
王太子に呼ばれて、もう一度つむぎは王太子に向き直った。
大切そうに手を取る王太子がつむぎにロイヤルスマイルを向ける。
つむぎの手を取ろうとて握ってしまえばすり抜けるだけだが、この国の男性は本当によく女性の手を握る。
後、王太子。それはもはや攻撃だよ。目が、目が潰れる!
「この国には精霊の童話が存在しているのだが…、精霊殿はご存知だろうか?」
ご存知ないし、急に童話の話をするなんてどういう意図があるのだろう?
つむぎは首を横に振る。
なんと返答しようかつむぎが迷っていると、もう一度扉がノックされた。
若干、乱暴に叩いているのはヴィルヘイムだった。
「王太子、もうお出掛けなさらないといけないのでは?」
なんとなく怒っているような声だ。
「無粋な…」
これだから野生児は、と王太子が呟く。無礼な、じゃないんだ。
「ヴィルヘイムも連れていきたい。良いかな?兄上」
「構わない」
王太子が返事をすると、許可もなくヴィルヘイムが馬車の扉を乱暴に開ける。
馬車の作りを見るに中の声は近くに立てば筒抜けなのかもしれない。
ヴィルヘイムは王太子にも安定の失礼な従者だった。
王都内に存在する聖教会は全ての教会の中心部と言える。
一番位の高い教皇が総本山とも言える王都の教会に存在して、その下に枢機卿、大司教と続き、地方を
司教らが守ってくれている。
その教皇は王太子の突然の訪問に頭を痛めていた。
この騒動は未来視のできる少女が、ある御神託をしたことから端を発する。
受け入れ難いその御神託は疫病を教会に持ち込むな、というものだった。
当然、大司教らは戸惑ったし、枢機卿も何かの間違いではないかと何度も聖女に確認を行なった。
そんなことをすれば街中、いや、国中が混乱するし、教会の求心力も落ちる。教会は神に祈るところ。そして人々を救済するところだ。救済しないという事は、神に祈りを捧げないも同義。
しかし聖女の発言であるが故に、教会は無視することはできなかった。
もしかしたら、何か悪魔的な病なのかもしれない。従う事で神は教会の者だけをお救いになられるのかもしれない。
ましてや従わなければ天罰が下るやもしれない。
未来視の不便なところは、神の意が汲めないところにある。
苦渋の決断で教皇は教会の門を閉じた。
「教皇様、いかがいたしましょうか?」
大司教が額にかいた汗を拭いつつ、教皇に尋ねてくる。
「教会は門を閉ざしているのだ。お帰り願え」
本来教会は王家の権力に与しない。対等の立場なのだが、最近はその均衡は崩れていた。
「しかし、相手は王太子です。…なんでも未来視の力は王太子にもあると王家での正式な発表があったと」
「そんな戯言を…。大司教という立場にありながら信じるのか?馬鹿め」
神は教会の者だけに特別な力をお与えになる。教会の外のものに、ましてや王家になどその御力をお与えになるはずがない。
「しかし…」
「しつこいぞ!」
教皇が声を荒げた時、別から悲鳴のような声が上がった。
「精霊様が王太子のそばに座すと、そう修道士らが申しております」
枢機卿が慌てて駆け込んできたのだ。
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