疫病編3
本日の夜に完結いたします。
教会の周りに流民はいなかった。
罹患した患者もいない。
今や門は固く閉ざされ、何人たりとも通さない教会と成り果てている。
それは周知され、教会には誰一人近付く者はおらず、ひっそりと誰からも忘れられたかのように佇んでいた。
騎士が何度も門を叩くが、中からは誰も顔を出さない。
「ダメです。誰も出てきません」
大声で叫んだ末、騎士は上官に訴えた。
「王太子、いかがなされますか?」
馬車の中で報告を待っていた王太子に外の騎士が項垂れて報告する。
「中からは王家の馬車が見えているはず。…諦めず門を叩いてくれ」
王太子は騎士にそう告げると、つむぎの方を見た。
「精霊殿…。中から門を開ける事は可能だろうか?」
「え、…うーん、そうだね。開ける事は出来ないけど開けさせる事は出来ると思う」
王太子に言われてつむぎは答えた。
馬車をすり抜けて門をくぐると、つむぎは念の為内側から門の鍵に「開け〜」と念を送ってみたが、やはり手がすり抜けるだけで門は開いてはくれなかった。
王都の教会ともなると門構えも立派だし、建物もとても大きくて立派だ。
建物の扉をすり抜けると、中の修道士たちといきなり鉢合わせる。
彼等はどうやら扉に張り付いて、外の様子をじっと伺っていたようだ。
ぎゃーっと修道士達の悲鳴で入り口が騒がしくなる。
「ねえ、あなたたち。門を開けて。王太子達を中に入れて」
つむぎは訴えるが、修道士達は悲鳴を上げるばかりで聞く耳を持たない。
その内、皆が縮こまって祈りを捧げながら「主よ、お助けを」などという始末。
まるでその様子がつむぎにひれ伏しているようで、つむぎは呆れた。
王族は誰もがこんなに騒がなかったものだ。あの甘ったれ王子ですらも。
「聞け」
つむぎは声が良く通るように姿勢を正して、腹から声を張り上げた。
「よく聞きなさい。私はこの国を守護する精霊。この度の教会の在り方に物申しにきた。私の声が聞こえるなら、すぐに開門を!」
つむぎ、三十五歳。日本人。夢の世界で精霊を騙る。
神を騙るよりは幾分マシなのではないだろうか、とつむぎは自分に言い聞かせた。
「王太子がお越しである!すぐに開門しなさい!」
つむぎの声に一番手前の修道士が、ヒッと短く漏らす。
腰が抜けたまま、数人は扉を開けて門に向かって行った。
開け放たれた教会の扉から優雅に王太子がつむぎの元へやってくる。
「…精霊殿の声は美しいな」
スッと寄り添うように王太子がつむぎの腰に手を添える。
要約すると、外まで聞こえたよ、ということだろうか。
つむぎは王太子の手をすり抜けて王太子の背後、少し見下ろすようにできる場所を定位置に決めた。
「兄上、私は王家に仕える精霊という立場でよいのかな?」
耳元で囁くと、王太子が頷いた。
「…では、その呼び方はおかしいな。精霊殿には特別に名を呼ぶ事を許そう」
王太子。話が早い。
つむぎは、より精霊に見えるように振る舞う。
……とはいえ、精霊らしい振る舞いってなんだろう…。
実際、、、
幽体である以外何も出来ないのだが…。むしろ生身で無い分できない方の方が多かったりもするが…。
「勝手に入ってこられては困りますな」
王太子がどこへ向かっていたのかはつむぎの預かり知らぬところではあったが、突然に頭上から声がかけられる。
見上げると吹き抜けの二階、手すりからでっぷりと太った男が汗を拭きながら王太子たちを見下ろしていた。
若干、息が乱れている。
その容姿、小説に出てくる枢機卿で間違いないだろう。背後にいるのは教皇だ。その最高権威者と一目でわかる三重冠が特徴である。
「本日は何用にございましょうか?ご存知かと思われますが、教会はただいま立て込んでおりましてね」
教皇がため息をつきながら言う。
「ならば単刀直入に言わせてもらおう。今回の教会の振る舞いを王家として正式に抗議する」
王太子が宣言すると、騎士が書状を開いて掲げる。
王太子が書状の中身を滔々と読み上げる。
本来、王の使者であれば王太子ではないし、書状も読み上げない。
まさしく王家として抗議をした、というパフォーマンスをするために王太子はここに来ている。
まさに、きらきらしい王太子は適任と言えた。
「…… この書状をもって、王家は教会側の今後の意向を問う。疾く説明されよ」
王太子が言い終わると辺りは静まり返った。
「…教会は御神託に従ったまでです。我々は多くの人々を神の御光で救うために、その手足となり奉仕しております。教会に異を唱えるは神に異を唱えるも同義。……いつの間に王家は神より偉くなられたのか?」
教皇が返答する。随分と口の回るたぬきなのは小説で知っていた。
「なんと、…神に全ての罪を被ってもらうつもりか?」
まあ、王太子も負けていない。
「…そうだ」と王太子が付け足す。
「我が精霊が貴殿らに、そして聖女に物申したいらしい…」
王太子がつむぎと目を合わせる。
背後のつむぎを見て辺りがざわつきはじめた。
「精霊だと?…王太子殿下。まさか、童話を信じられるお年だったとは」
枢機卿が小馬鹿にしたように笑う。
王太子を馬鹿にするとは。枢機卿。あの王太子は麗しいだけの王子じゃないぞ?
つむぎは枢機卿のいる二階まで飛び上がると目の前に浮いた。
精霊らしく、はわからないがそれっぽく見えていれば良い。
修道士達がどよめく。
いきなりの接近に、目の前の枢機卿は豚のように「ピイ」と鳴いた。
「枢機卿…。私の主人を侮辱したな?…お前のことは知っているぞ。……そう、例えば王家の寄進を着服していることとか」
「何?」と隣の教皇が反応する。
「う、嘘だッ!」
上擦った声で枢機卿は否定した。
つむぎは枢機卿に底意地の悪い笑顔を向ける。
「…例えば別棟の修道院で修道女に悪さをしているとか…」
後、薄毛に悩んでいるとか…。
「わーッ!で、出鱈目だ!」
みっともなく枢機卿が大声を出す。そんなに慌てては肯定したようなものだけれど。
「教皇、貴方もだ」
何かを言いかけた教皇につむぎが狙いを定める。
「神に身を捧げたというのに、…外に子供がいるな?そして、我が子を後継者にと考えているだろう?」
囁くようにつむぎが言う。
多少、周りの大司教あたりは聞こえていたかもしれない。
教会の戒律は男女の淫蕩を許さない。それは欲に耽る事への戒めと、権力のある者が後継者を自身の血縁にしないためもある。
教皇はその事実を誰にも秘密にしていた。後継者に据えた後ですら、周りも実は子供本人も知らない、という筋書きだ。
もちろん、小説を読むつむぎは知っているが。
つまり現時点ではもしかすると後継者に据えることを教皇自身、考えてもいなかったくらいかもしれない。
教皇にしてみれば秘密が暴かれただけでなく、そんな漠然とした心まで読まれた恐怖は計り知れない。
「なんと…!本当に精霊だと、…いうのか」
信じられないと教皇がつむぎを凝視する。
不思議だな、聖獣とか聖女は信じるのに。精霊は信じられない存在らしい。
「今すぐに聖女をここへ連れてきて」
つむぎが命令する。
「貴方たちが言い訳に使う神とやらの化けの皮を剥がしてやろう」
後退る教皇に切迫してつむぎが宣言する。枢機卿に至っては床にへたり込んでいた。
教皇が大司教に目を向ける。大司教は頷くと何処かへ走り去っていった。
きっと聖女を連れてくるのだろう。
つむぎが向き直る。
「私の主人が教会の意向を聞いたが、今一度聞こう。教皇の返答は変わらないか?」
つむぎが尋ねる。
教皇は目を泳がせ、額に冷や汗が噴き出していた。
苦渋の決断をするように固く目を瞑り、教皇は溜息を吐いた。
「………答えは、同じです。我らは…神の御心に従うまで」
間近に精霊に迫られたまま、教皇は「今更、後戻りはできない」と呟いた。
「では、それが間違いであったなら、貴方達はどうするのだ?」
つむぎが問う。
「それは…神の御心を疑えというのか」
教皇がちぐはぐな返答をする。
違うよ、お前の御心を聞いているんだよ。
「……残念だよ。教皇」
つむぎは諦めてそう言った。
誰のせいにもできない判断を、この老害達はとっくに放棄してしまっているのかもしれない。
「……私のような浅慮な者にはわかりかねますな。…どうかご教授願いたいものだ」
これが彼なりの精一杯の虚勢なのかもしれない。
それとも、彼なりの救いを求めてなのかも。
声の震えに恐れが見える。
だとしてつむぎは許す気はなかった。
これだけの犠牲と混乱を起こしたくせに、決断すら人任せにする事は。
「今度は私のせいにするつもり?」
眉間に皺を寄せてつむぎは詰った。
「………いいよ。予言ならできる。『破滅は、すぐそこだ』」
つむぎは階下を指差す。
その先には聖女。
「フィリップ様!」
王太子を見かけて聖女が駆けてくる。
こちらは相変わらずブレなくて、いっそ清々しいな。
教皇は普段、三重冠をつけていません。王太子に会うのでおめかししました。




