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REBEL GIRL×REBEL GIRL  作者: 順風バカラ
序

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4/21

この宇宙の不浄について


「……ではあ、これからの市長選の結果と合わせてえ、こちらはまだあ、静観を保つしかないねえ。特に『金曜日』君についてはあ、あそこで順調にやってもらってるみたいだからあ、こっちは依然問題なしい……その時に備えているのでえ……」


 ランボー先生が、和室の中央部の卓袱台に置かれたモニター越しに喋っている。画角はいつもの顔のアップ。白く染まった年季が入った左右の長髪の間で、痩せ細った顔が静かに微かに揺れている。

 かつては非指定地区《アン・サーティファイド》を代表するパンク・バンドのドラマーを務めていた伝説のミュージシャンであり、「脱島後」には中華連邦・第一大陸の秘境にてかつての音楽活動を通じて開拓した独自ルートを基に反体制組織を築き上げ、今では我々レジスタンスをあちらから率いている指導者だ。

 非指定地区《アン・サーティファイド》にて音楽の娯楽が容認されていた時代のアイドル的なルックスとは打って変わって、その渋面には厳しい鍛錬を耐え抜いた初老男性の、深い皺の年輪が刻まれている。

 その間延びした喋り口調以外は、百戦錬磨の革命戦士そのものだった。


「玉依君ん、今日はありがとうねえ。いつも君にはあ、よく動いて貰ってるう……」

「……先生。一応お聞きしますけど今、ウィードはやってないですよね?」

「ははははああ、そんな貴重なものお、もう三年はやってないよお」

「……割と最近までやってんな。てかそれ、ちょうどうちらと出会った頃じゃん!」


 元々ヒッピーという人種らしい、心ここに在らずでのんびりとした喋り方。もう少しテキパキと話せないものかと思う。

 敵のプローブがいつ作動するかも分からない。違法改造済みの端末でIPアドレスを攪拌させた上で、この定時報告は五分程度で迅速に終わるのが望ましい。

 ──今夜は既に、その目標から四分ほど超過していた。


 私たちは互いに座布団の上に胡坐をかき、そのモニターと対峙していた。チエは隣で先生のお弟子さんたちが定期的にくれる差し入れの中から、特にお気に入りのおかきにポロポロと齧り付いている。


「というか独特ですよね、その曜日で括るやつ。一体いつの時代のコードネームなんですか?」

「多分一九世紀とかの、どっかの国」

「あれですか? なんだっけ……コウジ・ワカマツの映画とかは関係ないんですか?」

「はいはい。ないよ」

「えっ? でも、なんかそういうのありませんでしたっけ?」

「だから、ないって」

「……ありますねええ。『天使の恍惚』ですよお。あれから取りましたあ、私があ。山田君ん、気付いて頂いて幸いですう。でもお、今はなるべくう、私語は止めてくださいい。時間が勿体ないのでえ」

「だから! それの元ネタがどっかの国での革命運動なんでしょ? 一九世紀の!」

「……はいい、正解ですう玉依君ん。流石あ、私が見込んだだけはあるう。これに正解出来たらあ、あなたはもう立派な考古学者ですう」


 ランボー先生が、無造作に伸び切った白い長髪のサイド部分に、軽く手櫛を通しながらそう笑った。

 ああ──ムカつく。

 近頃では総監視塔《ヘッド・タワー》を本拠地とする国民総監視網は更に強化され、また新たな通信傍受《シギント》システムが投入されたとの噂もある。表向きには、軍事目的で。それがいつもの有事通信社のやり口。最早仮想空間の裏路地に、安息の地などはない。


「え? やっぱ凄いですね先生は! やっぱり目の付け所が……」


 私は卓袱台を叩いた。

 チエが一瞬、体を震わせてこちらを見た。私は捲し立てた。それ以外にやるべきことが見付からなかった。


「『デリンジャー』の社員が狙われ始めたのは、通信社の連中はこっちの計画にもう勘付いているということではないでしょうか? 最近の、加速度的な『ジェニー』の増加を鑑みるに」


 ランボー先生はモニター越しに頭を振って返答した。


「それはないねええ。前に仕入れた情報の通りだよお。何よりい、『総監視塔《ヘッド・タワー》を爆破する』なんてとんでもない計画が漏洩してるんならあ、向こうはもっと派手に動いてるはずだからあ、うんん」

「……想定より、アクションが遅れてるという可能性は?」

「それもないねええ。向こうの決定や動きはいつも機敏だからねええ、うんん」


 ランボー先生は落ち着き払った様子で、いつものように手元にある湯呑みに口を付けた。前髪を弄くりながら。

 私にはよく分からなかった。この状況で、未だに受け身寄りの静観を保ち、具体的に攻め込まないでいられることが。


 早く、あの「タワー」を──私たちは一刻も早く爆破しなければならないというのに。二十四時間三六五日、違反者を炙り出し続ける敵の総本山。簡単なことだ。あの統覚的なシステムさえ壊すことが出来れば、向こう側の動きの殆どは封じられる。

 後は各地に潜伏したスリーパー・セルの蜂起に任せるだけ。簡単なことだ。所詮はAIという偽の頭脳が統治するまやかしの全体主義国家。そこに揃えられた駒は張り子の虎の群れでしかない。

 計画を今すぐにでも始動しなければ、また更なる犠牲者が増え続けるかもしれないというのに。


「でも……このままじゃ……」

「落ち着いてください、ルカちゃん。ね?」


 気付けば私は、チエの胸の中にいた。

 いつもの甘ったるい匂いと、か細い指先。前髪を優しく撫で付けられる感触。最近の疲労がどっと全身の芯から滲み出ては、体内へと新鮮な空気が入り込んでくる。

 日常の梵。

 私はチエの腕の中からゆっくりと離れ、モニター越しにランボー先生と再度向きあった。真横にいるチエにもアイコンタクトを送った。

 単なる目線だ。それだけで意志の疎通となる。


「……落ち着いたあ? ねええ? ルカ君ん。こういうのは緻密な情報戦だからねええ。結局、大陸側にいる我々──仮想現実《ヴァーチャル》部隊に『善は急げ』とかあ、『見る前に跳べ』なんて言葉はないんだよお。焦る気持ちは分かるけどお、これが現実う。分かったあ?」

「……はい」


 ランボー先生はまた、粗茶を白い髭の生えた口元へと運んだ。


「いいねええ、若いってのはあ。俺の若い頃にはあ、君らみたいなのも普通にいたんだけどねええ」


 四畳半の狭っ苦しい空間の中に、しばし沈黙が舞い降りた。


「……先に過ぎ去ってしまったマルコム君と木下君にい、黙祷をしようかあ」


 ランボー先生は粗茶を口元へと運んでは軽く咳払いをした。そして、両目を固く瞑る。

 私たちも自然とそれに倣った。


 約六十秒後、再び先生が静かに口を開いた。


「君たちがこの宇宙でえ、梵《ブラフマー》と繋がったのは確かに運命だったのかもしれないけれどお……今となってはそれが正解だったのかどうかあ、私にはよく分からないんだよお。玉依君ん」


 ランボー先生は口元の湯呑みに目線を下げながらそう言った。


「……この宇宙の真理である梵《ブラフマー》は、私たちに力を授けてくれました。私はこれを天啓だと思っています。私たちが、元の場所(・・・・)へと帰るための……」


 先生は依然として目線を下げたままだ。どうやら出涸らしの粗茶は当に空になっていたようだ。


「この宇宙そのものはあ、何もかも不完全な『非合理的な存在』に侵入された領域だからねええ。皆を救うような神様はいないい。逆に皆を苦しめる『非合理的な存在』だけがあるう。そういった宇宙の不浄を正すと信じられたあ、古代インディアーラの宗教う。その力を発現出来る可能性を秘めていたのがあ、君たちの次元《ヴァース》だったということお……」

 

 超能力。

 そう言ってしまえば容易いけれど、いつでもそれ以上の深淵な哲学を、私たちの周囲の大人たちは信じ切っている。


「でもそれはあ、ある意味じゃそれ自体が『非合理的』だったんじゃないかねえ? あと唐突に聞くけどお、君らにとって革命とは一体何かねえ? 玉依君ん、山田君ん。君たちは確かにい、あの非指定地区《アン・サーティファイド》の路地裏で息も絶え絶えになっていたところを発見しい、保護した私に向かってこう言ったあ。『この国を変える、革命を起こしたい』とお。それは確かにい、私たちグループの利害と一致した確固たる思想だったあ。あれから約三年の時を経てえ……君たちの考えはあ、どうまとまったのかを教えてくれないかあ?」


 しばし間を置いて、チエと私はそれぞれ順に返答した。


「まあ……結局、強気を挫き弱気を助ける、ってことですかねー」 

「……体制《システム》ではなく、常に人間精神《ヒューマニティー》の側に立つことです。時として、体制《システム》の奮う圧政《フォース》に対する唯一の対抗手段である、暴力《バイオレンス》の行使を惜しみません」


 先生は少し俯きながら、そのままコクンと頭を垂れた。


「……今はそれでいいい。この先にある現実の世界を知ってえ、自分の中の理想との間に軋轢が生まれてもお、その純粋な動機をお、どうか忘れないでおくれえ……特に玉依君ん、君は冥府魔道には堕ちないようにい。じゃああ、例のデータをなる早で解析宜しくう」


 そして通話は突如としてシャット・アウトされた。

 私は革命に携わろうとしている人間の中で、ここまでいい加減でいてチルアウトな、掴みどころのない人物を今まで見たことがない。


「……『冥府魔道』って何?」

「『子連れ狼』じゃないですか?」

「ああ……」

「ルカちゃんん! じゃあ張り切ってえ、一緒にこの『中華連邦・第三列島・トーキョーラマ』というう、ディストピアとお! 有事通信社をぶっ潰しましょうう!」


 初老の哲学家の禅問答めいた話法を真似た、私とは人目を忍ぶ関係である十七歳の婚約者《フィアンセ》がまた、腕に抱きついてきた。



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