私たちの精神の気高さについて
「ねールカちゃん。うちらの仲間になってよー。ねーってば」
「やだよ。あとこっちくっつき過ぎだろ、ちょっと離れろよ」
ちょうど二人分ほどのスペースが中に設けられた、銀色の四角いボックスの中で私たちは鮨詰めになっていた。
目の前の画面には満面のスマイルを全方位に放射している琴音ナナと、しかめっ面をした赤髪の女──他でもないわたくし、玉依ルカの上半身が映し出されている。
ランボー先生から聞いたことがある。通話機器というのは大昔、こんな感じのボックスに収納されて、街中の至る所に設置されていたと。監視の目を気にせずに、誰もが自由にどこかへ通信出来る時代があったと。
「わーい、出来た出来た! はい! ルカちゃん!」
謎のボックスの外に出た後、琴音ナナは先程の私たちが印刷された小さな紙──シールのようなもの複数枚を排出口から取り出し、その内の一枚を私に手渡した。
「……何これ? 何か、さっきと全然顔違くない?」
指定認可地区の大型商業施設。
カジノや映画館、ショッピング・モールや仮想空間ゲーム・アーケード等が猥雑に組み合わされた建物の三階。方々に煌めく光を放っている出店や日用雑貨店のひしめくフロアーの片隅、その謎のボックス横に設置されていたベンチの上で、私たちレジスタンスは密会を続けていた。
「ふふふふふ。それはねー、このお利口な機械が勝手に修正してくれるんだよー」
横から琴音ナナが顔を伸ばす。私は手元にある、不自然に肌が白くなり、両目が肥大化し、顎の先が鋭角になったしかめっ面の自分の顔を見やった。
はっきり言って、我ながら気味が悪かった。
「いやー、これは……どうなの? 可愛いくなってんの?」
「うーん、微妙かも」
「やっぱそうなんじゃん」
琴音ナナは如何にも機嫌良さそうに、ベンチに座っている私の前に立っては華麗なターンを何回か決めた。
「……だってそれはね、初めから笑ってる人向けの機能だから! その証拠に! ほら見て! その隣を!」
私の左隣で、琴音ナナは満面の笑みを浮かべている。
なるほど、これはこれである意味、さまになっているのかもしれない。元からそこに存在していた(胡散臭いほどの)満開の笑みを、このマシーンは何倍、何十倍にも拡張させているのが一目瞭然だった。
「──分かる? それが、『同じ根』から生まれた、『ふたつの多次元宇宙』の可能性だよ」
私は琴音ナナの顔を見上げた。
「同じ根──同じDNA。この宇宙に関しても、同じってことか……私の方、『有事通信社の支配するトーキョーラマの方』は、謂わば失敗作だ」
「うん、見方によってはそうかもね」
「いや、少しはフォローしろよ。むっちゃ突き放すじゃん」
手元の紙に印刷された、本来は同根であったはずのふたつの顔を再度、じっくりと交互に見比べてみる。
この世の全てを呪い、焼き尽くそうとしている私の顔。
この世の全てを祝福し、何もかもを包み込もうとしている彼女の顔。
「そんでさー。うちのテストに合格したルカちゃんとチエちゃん、是非とも仲間になって──」
「クソが。うんざりだ。くたばりやがれ──はい、これがあたしが色んな映画や音楽を通して知った、『嫌だよバーカ』のスラング三選ね」
「ええー! 嘘でしょやっば! てかさー何でこんなゴテゴテしたズボンいっつも穿いてるの?」
真横に滑り込んできた琴音ナナは、そう言いながら私のいつもの黒いカーゴパンツを指先でそっと摘んだ。
「スカートとか穿けばいいのに」
「やだよ。それに、そういうの自分の意志で穿くのと誰かに穿かされるのとでは違うから……よく分かってるでしょ? それに女の子のお洒落=スカートとは限らないのだよ」
すると琴音ナナは少しだけ押し黙り、その頭を垂れた。
周囲を忙しなく行き交う人々と模造人間、模造ペットの群々が、私たちの横を次々と通り抜けていく。
「私は、元々のオリジナルの自分と、ルカちゃんのDNAを貰って琴音ナナになった自分とで、ふたつの経験と思い出を持って生きてるんだよね。でも──琴音ナナの最初の方は、なるべく思い出したくないかな。もちろん今は楽しいけどね」
「なんだ、急にしおらしいじゃん」
すると彼女は、黙って私の顔を覗き込んだ。
まるでその前世の本来の人格が、瞬時にこの子に乗り移ったかのような感覚がした。
「……ルカちゃんたちはさ、はじめから国家を支える武力として養成されてたけど、うちは、同時に慰み物でもあったからさ。『他所の宇宙からの採れたての子供』ってことでね。だから指定認可地区では、上に媚び諂うような喋り方に脳を弄くり回されたし、それに──」
私は、琴音ナナを抱きしめた。
何よりも強く、強く抱きしめた。
「ごめん。ごめんね。さっきは酷いこと言った。今度、一緒に何か映画でも観よう。ドンパチうるさいやつなんかじゃなくていいから……うちの家にいっぱいあるよ。思念を使ってのリモートとかでもいいから、観よう」
琴音ナナは私の腕の中で、少しだけ潤んだ目をこちらへと向けた。
「……お姉ちゃん」
「いや、調子乗んなよ。確かにこっちは一個上だけど。クローン成長速度からして、来年は追い越すんだろうが」
腕の中で、琴音ナナが小さく笑った。
何故だか当時に、私まで笑ってしまった。
「……そう。今はこうして笑ってられるけど、辛い時期だってあるんだよ。『どっちの宇宙』にもね」
「でさー、結局ルカお姉ちゃんは70's派なの? 80's派なの?」
「……うーん、まあどっちもかなー。基本、先生から教えてもらったからさ。音楽も映画も。見聞きするときには、あんまり年代で分けて考えてないかも。ジャンルとかもさ」
「で、うちらの仲間になってよー。ねーってば」
「だからやだよ。しれっとサブリミナルで勧誘するじゃないよ、もう」
「でも、『Rebel Girl』とか、90'sも聴くんだよね? アメリカーナの」
「……うん、そうだね。あと、なぜかチエは第三列島のその時代のやつにも詳しい。謂わばテロリストでもあり、考古学者でもあるからね、あたし達は」
「あの時、残念だったね。一一〇番街の人たち」
「……ほんっとに、お前が何とかしろよマジで。どうせ、何でも出来るんだからよー。梵天様がよー」
「……表の顔がある分、流石に何でもは出来ないよ。それにここ最近、裏で通信社の動きをずっと遅らせてたのはうちなんだから、もっと感謝してよ」
「え……もしかして、こっちの計画もうバレてる感じ?」
「いや……まだ大丈夫だと思う。多分」
波濤のように流れる車窓の中央部に丁度、総監視塔があった。
屈強な筋金入りの護衛たちが後部座席に並ぶ、八人乗りの大型車の中に私たちは揺られていた。
「──目的地まで、あと四十五分──」
安心、安全な自動運転を行っている人工音声がそう告げている中で、琴音ナナは欠伸を噛み殺しながら手元のスマートフォンを操作している。
「──はい! 本日の『思考制度法』、提出終わり!」
「……前から思ってたけどさー、それってほんとに効果あんのかな?」
「んー。刷り込みってのは案外、馬鹿に出来ないよ? 指定認可地区の街中は広告からどんな小さな道路標識まで、どっからどこまでぜーんぶ、サブリミナルでプロパガンダが隠されてるんだから」
「元気です。ありがとう。どういたしまして……か。『何故? を問わない思考体系』──『ロジックを度外視したロジック』──『何故? と言ってはいけない。どのように? と言いなさい』──『肯定』、『感謝』、『円滑なコミュニケーション』──指定認可地区での安心、安全な暮らし……」
琴音ナナの手元にある端末に表示された、二十項目ほどの簡単な心理テストの文面を眺める。
そして再び、呆然と車窓を眺める作業に戻った。
「ねえ、これから私たちがやってること目撃したらさ、少しは心変わりしてくれる? そのための猶予を、うちは君らのためにわざわざ用意したんだよ」
「……いや、分かんないよそんなの。実際見てみないとさ」
「チエちゃんも、次は一緒に来てくれればいいからさ──」
「おい。どの口が言ってんだよ。お前のせいでもう、こちとら離婚の危機じゃ!」
前方、バックミラーを見やると、後続にも同じような黒塗りの大型車が何台も続いている。ここまでの資金力の差。彼女たちが長年追い求めてきた別の革命の形が、少しずつ気になってきていたのも事実だった。
「でも、最初に比べたら少しずつ心開いてくれてんじゃん。ルカお姉ちゃん」
そして車は、タワーの麓を通り過ぎる。
その堅牢な三角錐の要塞は、次第に翳りゆくオレンジ色の光を放ちながら私たちを見下ろしていた。
「んー。悔しいけど、ある意味そうかもね。自分のクローンと話すって、そういうことなんだろうね……そもそも君にはオリジナルが存在してるけどさ、わざわざあたしと合体して無理矢理生まれ変わらされて、その点じゃ迷惑掛けてんなー。ごめんなーとは思うよ、うん」
隣の席から乾いた笑い声がした。
「お姉ちゃんはさー。革命、革命。有事通信社をぶっ潰す、ぶっ殺すってうるさいけど──」
「『革命』って言葉は実は嫌いかも。でも、代わりになる単語が見付からない。あくまで消極的支持ってだけ。君さー。薄々勘付いてはいたけど、ほんっとにあたしのこと知らないよね」
「うん。だって、殆ど覗いてないし」
「……それが怖いんだよ、なんか逆に」
鉄塊は着実に、私たちを次の目的地へと運んでゆく。
琴音ナナたちが築き上げたらしい秘密のコロニーへと。
「そりゃそうでしょ。ルカちゃんが本当に一心同体なのは、うちじゃなくてチエちゃんの方なんだから」
不意打ちを食らい、思わず小さな呻き声を口から漏らしてしまう。
彼女はそのまま平然と喋り続けた。
「まあ、それはいいとしてさ!」
そして、私の左肩に触れた。
私はゆっくりと、彼女の方を顔を向けた。
「もし仮に、『革命』なんてものが成功したとして、その後、より良い世界を築いていける自信はあるの? ルカちゃん。君はあのタワーの中にある門を潜って元の宇宙に帰るから、もうそれで、この宇宙とは永遠にバイバイしちゃう気なんでしょ? それで残された人たち──『名もなきレジスタンス』が、政権を新任するとして、それが上手くいくって保証がどこにあるの? 下手したら今以上に、最悪な社会になっちゃう可能性だってあるよね?」
振動し続ける車内の微かなモーター音に同調するように、彼女が静かに言った。
「……え? そんなこと? マジで?」
「で、どう思うの?」
「なるほど……そりゃ、答えとしてはこうなるけど──『知ったこっちゃない』、よ」
私は欠伸を噛み殺しながら、再び車窓の景色を眺めるのを再開した。
指定認可地区の高い空は、今や完全に薄い夕闇の中へと溶け出している頃合いだった。
「あたしは、有事通信社の連中を全員ぶっ殺して、全部を焼き尽くして、最後にあのタワーを思いっきりブチ折りたいだけなんだから」
「ほらね。うちの思った通りだ。ルカちゃん……本当の地獄は、この世界じゃない。ルカちゃん、君自身なんだよ」
「そりゃどーも。そうだね、命は大切だよね……さっき捨て駒を二体、寄越よこしてきた誰かさんに伝えたいわ」
「それは、うちが紛れもなく君から受け継いだ性質なんだよ。言ってる意味、分かるよね? これはうちとルカちゃん、二人の問題なの」
琴音ナナの顔をもう一度見た。笑ってもいない。そして泣いてもいない。
ただ鏡写しになったもうひとりの自分の顔が、やがてゆっくりとその口を開いた。
「梵はね、この宇宙に混入した『非合理的な存在』、『全ての人間にとっての悲劇』、『全ての不浄』を取り除くの。だから、最後に梵によって除去されるのは、他でもないうちらになるっていう未来が、私には視えるんだよ。ルカちゃん」




