Rebel Girl
──あの子は近所じゃ有名で──
──イカした三輪車を乗り回してる──
──いつでも顔を上げて自信満々─
──あの子と友達になりたいんだ──
──レベルガール、レベルガール──
──あなたは私の世界の女王──
──レベルガール、レベルガール──
──あなたを家に連れて帰りたい──
──私にその服を着させてよ、ねえ──
久しぶりに聴く、あの最高にアガる曲。貴重な90’s素材。
全ての権力や体制に立ち向かう、女の子たちのための応援歌。
歪んだギターの上でヒステリックに叫び散らすボーカル。
極めてシンプルな進行で突き進んでゆくリズム隊と、罅割れたスネアの8ビート。
私たちは二手に別れ、標的目掛けて突進。
周囲の喧騒を掻き分けながら梵の光を全身に集める。
銃声。
S&Wの音ではなかった。いや分からない。銃など全く興味がないから。
とにかく、左右の耳の真横を高速ですり抜けていった弾丸と、その発砲音はS&Wではない気がした。
その男──ガン・クラッパー二号は飛びかかる私の神々しい左脚蹴りが届く直前に、その変形を終えていた。
全く、近頃のガジェットは高性能なものだ。事あるごとに故障したり、破裂してしまう人間の身体とは違う。
両肩にガトリング砲を生やし、両腕の前腕部の至るところに複数のショットガンを備え、額は中央から楕円形に割れ、サングラスの奥の目は白くひん剥かれたその異形の模造人間は歪に哄笑した。
頬の両側まで引き裂かれた赤い口角の内で、規則正しく、まるで指定認可地区のビル群のように整列された白い歯が立ち並ぶ。ケタケタと、彼は笑っていた。
その咽喉の最奥に、更にもうひとつの、虹色に輝くチップを構えた小さな口径を見つけた──光線銃だ。
梵に出来ないこと
其の一、車の運転
其の二、光線銃の回避
蹴りが命中。
向こうはびくともしない。
空中にいた私は身動きが取れない。
ああ、しくじったかも……
次の瞬間、視界と頭蓋の右側から鈍い衝撃。この感触で分かる。
恐らく、チエの左肘。鈍痛。
クソ、もっと手加減して。嘘──ありがとう。
前後不覚のまま空を飛び、どこかのビルの硝子窓に激突する。飛び散る破片、身体を結界のバリアーで守る。勿論、この程度じゃ何ともない。
すぐさま前方確認。
放たれた光線を交わしたばかりのチエが鉄塊を上から下、右から左へ連続で殴り付け、続けて高速で膝蹴り、頭突きをかましている。
およそ三十メートル向こう先から聞こえる打擲の鈍い音。
その機体は余程の鉄塊で出来ているのか、僅かに凹み、付属品の銃が数丁程へし折られているだけだった。
これが通信社の社員、中身の人間ならば秒で全身が粉骨砕身していることだろう。基本、あの子は戦闘においてはこれしか能がない。これしか出来ない。普段ならそれで充分だった。だが、今回は違う。
鋼鉄の模造人間は両腕に残った僅かな銃を乱射、もちろん全弾外れる。
そしてそいつは、私の婚約者の頭を巨大化した掌で掴み、その首を捩じ切ろうとしている。
「殺すぞコラ」
梵の念を全身全霊、右の掌に集めて放射。眩い光の衝撃にあてられたその鉄塊は一時静止する。
するとほぼ同時に、広場を包囲していた私服の機動隊からの集中放射が届いた。
弾丸などという安っぽいこの世の不浄は、私たちの身を避けて通る。
全てがチエの身を躱し、ガン・クラッパーにそのまま届く。
びくともしない。
堅牢な機体を機敏に振動させるのが関の山。
チエ、掌から脱出──よかった! しかし脇腹に廻し蹴りを食らって吹き飛ぶ。
あの子は私よりもタフだ、大丈夫。
周囲を確認。人々は逃げ回っている。
なるべくジグザグに、放射線上の軌道を避けて、どこでもいいから走り回ってくれ、と念じるが一般人に思念が届くはずもない。
ガン・クラッパー二号が腰を低く落とし、残りの銃火器を全周囲360°、放射線状に向ける。
私は走り出した。
クソ、クソ、クソの機械。
クソの通信社。
クソ模造人間。発射される──
「今日モ今日トテ羆嵐! 我ハ又鬼! 羆嵐! 絶望ヲ他ノ誰カト分カリ合ウ! ソレダケガコノ世ノ中ヲ熱クスル! 羆嵐!」
梵に出来ないこと
其の一、車の運転
其の二、光線レーザーの回避
其の三、他者へ降り掛かる不浄の回避──
それと勿論、さっきからこいつの機体も全く、動かせない。恐らく広場に現出したその全身は重く、複雑過ぎるせいだ。
むしろ出来ないことの方が、多いんじゃないのか。畜生。
渦巻く甲高い悲鳴。
最新式の火力を備えた、無尽蔵の弾丸が、人々を赤く滲みゆく肉塊に変えてゆく。
切れる手足と首、内蔵とハラワタの飛び散る交響楽。
一体、テロリストなのは、どっちだ?
この世は地獄。
人間は糞の詰まった袋。
老若男女問わず。
全速で走る。
四肢の痛みを堪えながら。
何とか鋼鉄の殺人鬼の背後へと回り込み、それを羽交い締めにしては持ち上げ、銃弾の雨霰──不浄の軌道を中空へと逸らす。
向いのビルの壁面が破壊され、この状況でも呑気に展開されていたホログラムの映像が飛び飛びになる。
チエほどの怪力はないが、私だって少しは出来るはずだ。持ち堪えられるはずだ。出来なければ困る。でなければ、この先、何ひとつこの手で守ることが出来ない。あの子だって、チエだって、守ることが出来ない。このゴミ溜めの世界で。この汚穢と不条理だらけの次元の中で。
「……ナンバー3……そしてナンバー7……捜シテイタゾ……オ前ラガマサカ、ココニ来ルトハ……モシモ通信社カラノ使者二歯向カウノナラバ、ソレハ『第一級犯罪』……『第一級犯罪』ダ!」
鉄塊は歪に笑っていた。恐らく人間だった頃の自我は殆ど残っていないであろう、テレビでよく聞くのと同じ機械音声。全が直で血を分け与えた末端組織。
両腕の間でジタバタと藻掻く。
全身の骨と筋組織が痛む。
私は思わず甲高い呻き声を上げる。
「全様ノ命令、ソシテ教エハ絶対的ナ宇宙の法……! 全テハ論理的ナ帰結ノ名ノ元ニ……本日ノ『演習』ハ迅速ニ遂行サレタシ……! ソシテ被検体タチノ殲滅……! 脱走シタ失敗作ノ殲滅……索敵アンド殲滅殲滅殲滅……! 迅速ニ……確実ニ……論理的ニ……! 女同士デ契リ合ウ……非生産的……非論理的ナ失敗作……! タマイ・ルカ……ヤマダ・キートン・チエ……殲滅……! 指定認可地区ノ住人モ……場合ニヨッテハ殲滅……!」
深呼吸。
深呼吸だ。
こんな時こそ息を深く吸え。頭に血を昇らせている暇はない。
そして吐き出せ。
精神を現世に留めろ。宇宙の声を聞け。
梵の声を、歌を、聴け。
全身に漲る金色のオーラを感じながら、私は叫んだ。
「……論理なんて、クソ喰らえなんだよ!」
解き放つ。
全力で解き放つ。
深く、深く交信した宇宙を。
広場の噴水の流れが止まる。
飛び飛びになったホログラムの広告も、人々の流れも、滴り落ちる血も、全てが止まる。
一瞬の永遠、永遠の一瞬。私の宇宙が静止する。
そして目も眩むような──
全身から立ち昇る光のオーラが、世界を埋め尽くす。
私はガン・クラッパーの大口へと両手を突っ込んだ。
「……口を開けて、さっきの粗末なブツを出せ……臭くて汚え、誰にも相手にされない、あの粗末なブツを出せ……今から、ブチ折ってやるから!」
その声は、明朗かつ荘厳な響きと共に空気を震わした。
まるで、自分が発したものではないかのように。
全身全霊でこじ開けてゆく。
鉄塊が命令通り、ゆっくりとその口を開く。
「……ガガ……ガガガ……ガガガガガガ…ガガガ……ガガガ……ガガ……ガ……ガガ……ガ」
そして自動的に展開した口径──その最奥に備えられた虹色の小型チップ……それが核だ。
感覚で理解出来る。
この宇宙の、梵が教えてくれる。
指定認可地区の西日が、地面に細かく反射する。視界の端から端へと光の筋が走り抜ける。
そして視線を空へ移すと、太陽を背にした彼女がいた。
指定認可地区の澄んだ青空に、ピンク色の長髪をなびかせながら。
右の拳骨を固く握り締めた、白いワンピース姿のチエが空を跳んでいた。
青のミサンガが、光の筋を反射しながら視界の淵で煌めいている。
──レベルガール、レベルガール──
──あなたは私の世界の女王──
──レベルガール、レベルガール──
──あなたを家に連れて帰りたい──
──私にその服を着させてよ、ねえ──
私を見つめる少しだけ吊り上がった、母親譲りらしい潤んだ青い瞳。
愛くるしい猫の目。
いつも私に甘えてくる、その美しい双眸。
単なる目線だ。それだけで意思の疎通となる。
「(土に還るべし!)」
全身を震わす衝撃。
ガン・クラッパーニ号の体内に隠されていた核に、チエの拳が振り落とされた。
脳内に爆音で流れ続けていた、二分四十秒程のビキニ・キルの「レベルガール」は、今まさにその演奏を終えようとしている──




