これはアレですか
「アルギュロス様、アレクシア様、やっと見つけましたよ」
午後の授業をサボってアルギュロスのお昼寝スポットに入り浸った結果、待っていたのはシルヴァのお説教だった。シルヴァはじっとアルギュロスを見たかと思うと、ハンカチを差し出した。
「口を拭いてください。紅がついています」
「そうか」
そうかじゃないぞそうかじゃ!
突っ込みたいのは山々だったけれど、現在私はアルギュロスに支えられてなんとか立っている状況だ。なにがあったかはご想像にお任せします。
「アレクシア様。王がお呼びだそうです。急いでください」
「え? と、突然どうしたのでしょう……」
乱れた髪はシルヴァに手早く直されていく。出会った頃と比べると大した進歩だ。
「こいつも持っていけ」
アルギュロスが指先で弾いたのはピーちゃんだ。切りもみ回転しながら落下し肩でワンバウンドしたピーちゃんを大慌てで受け止める。私の手の中でピーちゃんは目を回していた。
「この人でなし」
「魔族だからな」
そもそも人ではなかった。口をへの字に曲げながらもシルヴァに問う。
「お呼び出しがあってから随分経っている?」
「王が想定している時間より遅れている、と思います」
「なら空間跳躍で行くわ。待たせるのは申し訳ないもの」
早口で返しながら空間跳躍を練り上げる。指定した場所は父の職場たる王城の書庫だ。人の来なさそうな書架は把握している。書庫を出るとき、顔馴染みの職員からは『あれ? いましたっけ?』みたいな顔をされたけれど曖昧に笑って誤魔化しておいた。
さて、城をてくてく歩いて謁見の間に来たのだけれど、行ってみたらレナスと父がいたので驚いた。しかし貴族令嬢らしく表情には出さず、形式に則った礼をする。「面を上げよ」と言われて顔を上げる。
「よくぞ参られた。アレクサンドラ嬢。この場の顔ぶれを見て、余がそなたに言いたいことはわかるであろう」
「ええ……。レナス様が魔法塔にお戻りになるのでしょう。私はそれに同行し、見聞を広めると共に本の蒐集をせよ。……ということで合っているでしょうか」
レナスだけならまだしも、書庫番の父がいるということはそういうことでしょう。王は眉をハの字に曲げ、父を見た。
「……やはり、アレクサンドラ嬢に学園は狭すぎたようだな」
「入学前からわかっていたことです。娘は贔屓目なしで見ても教養もマナーも、それを生かす頭の良さも、……ついでに剣術も、師となる者がもうこの国にはおりますまい」
それこそ贔屓目だ過大評価だ! とは内心で叫んだ。口では「まあお父様、大袈裟ですわ」と言いつつオホホと笑っていた。父が『お前そういうとこだぞ』みたいな目で見てくるのはスルーさせていただく。
「おれも……アレクサンドラは適任だと、思う」
レナスがボソボソと口を挟んだ。
「身分階級のない魔法塔では……ひとえに、人柄と才能……。けど、他の国は身分も大事……」
あー、なるほど。実力主義だと言っていたことをふんわり思い出した。そこに貴族貴族した人間を送ると一悶着ありそうだ。それなら私は確かに適任と言える。影響力のある家の娘で臨機応変に対応できる。
納得したなら後は私が受ければいいだけだ。了承の意を述べようとしたら、肩のピーちゃんが飛んだ。
『無論、私はアレクシアと共に行きますが』
ピキ、と場の空気が凍った気がした。王がギギギという音のしそうな動きで顔をこちらに向けた。
「アレクサンドラ嬢、今、アルギュロス殿のお声がしなかったか?」
『これは私の使い魔です。声を送るなど造作もありません。元々連絡用に寄越したものですし』
王が地獄に叩き落とされたみたいな顔をしているけれど大丈夫だろうか。と、レナスが更に爆弾を投下してくれた。
「……『永遠の約束』をした。二人をあまり引き離すと、どうなるかは、わからない」
「なんだとぉ!?」
びっくりした。父がこんなに大きな声を出すのを初めて聞いた。父は父で親の仇でも見るような目をピーちゃんに向けている。これは……知って……?
「き、貴様……そんな話聞いてないぞぉ!?」
『ああ、事後報告ですが』
「く、くそぉ……! これではまるで新婚旅行をくれてやったようなものではないか!」
「しっ!?」
貴族令嬢の仮面が剥がれかけた。顔は赤いかもしれないが、慌てて取り繕う。
「お父様。これは私的な旅行ではありません! 公務に対してなん、なんて……」
『ふむ。そのように捉えるのも一興か』
「アルギュロス様も煽らないでくださいませ!」
ああ、一応王の御前なのにこんなぎゃーすかしていていいのでしょうか。
レナスと同じように遠い目で乗り越えたかったのだけれど、当事者なのでそうもいかなかった。結局「魔法塔には参ります! ただし公務ですからね。公務!」とぐだぐだな感じで了承することになったのだった。
………それはそれとして、楽しみだな、旅行。




