話し合いましょう
説明会です。たるいのが嫌な方は読み飛ばして、どうぞ。
目を開ける。……とはいっても、今まで目を開いていたというのに目を開けるというのはいかがなものか。視界にはなかなか直視に慣れないアルギュロスの顔が映る。
「アレクシア、体調はどうだ」
「たい、ちょう……? すこぶる元気だけど……あ、あれ?」
確かめてみてぎょっとした。魔力の調整をする、いわゆる蛇口的な部分がぶっ壊れていた。流れ出している魔力はアルギュロスを通って、私に戻って来ている。そこではっと気がついて、アルギュロスの腕の中から抜け出した。ぴょんぴょんと跳ねてみてもなんの問題もない。
「む、むしろ前より調子がいい気がする……!」
「そ、れはなにより」
安堵したというよりおかしなものを見たとばかりに笑われた。
そこで私はそういえばと思い出して、低い声で告げる。
「貴方、緊縛の趣味があるとは知りませんでした」
「待て、それはなにかの誤解だ。話し合おう」
アルギュロスは若干慌てた様子で、その場にテーブルと椅子を出した。茶器や菓子類まで揃っている。どこから持ってきたものだと睨んでいると、アルギュロスは「私物だ」ときっぱり言った。
「じゃあ、話しますけれど――」
まず、私が見た全てを話した。アルギュロスは黙ってそれを聞いていたが、よく見ると驚いていたり悲しんでいたり表情が僅かに変化している。本当によく見ないと気づかない、微々たるものだけれど。
大体話し終えたかなというところで、アルギュロスは口を開いた。
「まず、縛られる云々について訂正させてほしい」
「色々あったと思いますけど、まずそこですか!?」
「妙な誤解を持たれたまま真剣な話をしたくない」
ああ、それは最もかもしれない……。どんなに真面目な話をしていても『でも緊縛趣味があるからなぁ』と脳内でつけ足されてしまっては台無しな気がする。
「魔王は皆『拘束金鎖』という魔力を具現化させたものを使うことができる。縛った魔族を強制的に支配下に置き、いかなる命令でも実行させることができる。なぜかといえば」
アルギュロスは一度言葉を切った。
「……意識が飛ぶ程の快楽だからだ」
「はい?」
「私個人の感想ではないからな!」
「弁解必死すぎません?」
声を荒らげるのは珍しいなぁと思い指摘すれば、アルギュロスは目を逸らした。
「さすがに、生涯付き合っていく相手に誤解されたままというのは、いくら私でも耐えられない」
「割と子どもっぽいですね」
「悪いか」
「いいえ。人間らしいところもあるんだなって思っただけです。……って、そうですよ。貴方人間だったんじゃないですか」
勢いづいたら、マドレーヌを取りこぼしそうになった。慌てたものの、アルギュロスが指を差しただけでマドレーヌはぷかぷかと宙に浮いた。礼を述べて、マドレーヌを口に収める。咀嚼している隙にアルギュロスが喋り出した。
「そうだ。魔族の起源はタブーとされているのだが、今は人間と争っている訳でもなし、話しても問題ないだろう。そもそも、魔族という種はこの世に存在しない。恐怖や怒りといった負の感情がなにかにまとわりついてそのものを変化させる。そのなにかが人であれば魔族に、動物や昆虫であれば魔獣に、岩などの無機物であれば魔物になる」
「あの、炎狼は」
「……魔獣や魔獣でも、暴走して自我を失くしたものは魔物と呼ばれる。それが人間を襲うと、人間は魔族の仕業だと決めつける。そして勇者なんぞ仕立てて魔王を討伐に……という話になるのだ。まあ、魔王は負の感情をしこたま溜め込んだ存在である分、死ぬとそれなりに影響はあるが」
「とんだとばっちりじゃない」
「だから愚弟のように人間を憎む者は多い。人間の持つ負の感情が依り集まって魔族となってしまったのに、人間は更に一方的に我らを恨んで侵攻してくるからな。しかし、魔族になってしまったのはこの際どうでもいい、平穏無事に暮らしたいという者もいたのは事実だ」
「貴方のように?」
「そう、私のように」
アルギュロスは紅茶を一口飲んだ。瞳の炎がゆらゆら揺れている。問題に正解した子どもを見るように。
「ねえ。……ソレイルと、呼んで欲しいとは思っている?」
意を決して訊いてみた。アルギュロスは静かに首を横に振る。
「ソレイルは、とっくに死んでいるよ。嘲笑うサタンに反発し、なんとか家族の元に戻った私達は……青ざめた母にきっぱりと拒絶されている」
その時にソレイルは死んだと言いたいのでしょう。受け入れられていたら話は違ったかもしれないけれど……仮定の話は無意味だ。
なんと言えばいいのかわからないでいると、今度はアルギュロスが問うた。
「君は……ミズキと呼んで欲しいか?」
「え、は?」
「まさか、君が私の記憶を覗いて私がなにも見なかったと思うのか?」
「いや、はは。そうですよねー……」
そんな都合のいい話、ある訳がない。私は咳払いをして頭を切り替えた。
「アルギュロス様には、そのままアレクシアと呼んで欲しいです。確かに私は佐野瑞希という人間ではありましたが、アレクシアでもあります。アレクシアとして生きた年月を否定したくはありません」
言いながら、アルギュロスも同じ考えなのかなとちらりと思った。見ると小さく笑ったから、そうなんだろうなと自然に思った。




