優しい人ですね
ちょっとばかし気味悪い表現とか、グロテスクな表現がありますが、どっかり可哀想な目に遭わせないと気が済まない残念な作者です。
「サキューシュカ! 自分を責めるのは後にしろ!」
アルギュロスが鋭い叱責を飛ばした先、そこには魔王がいた。けれど先程とは違う。恐ろしい美少女であることは同じだけれど、吊った目のせいで気が強そうだ。彼女は巧みに黄金の鎖を操り、障気に飲まれそうになった者を救出しては投げ飛ばしていた。……サキューシュカ。最後の魔王の名。
これ、最後の戦いの場面なのでは。
「シュトルギース! もういいわ! 貴方は行きなさい!」
サキューシュカが叫ぶと同時、城から巨大なカラスが飛び立った。二つの流線形のなにかがその後を追い、カラスの三本足にまとわりついた。
と、サキューシュカに障気の塊が飛んだ。アルギュロスが一瞬動揺したが、すんでのところで霧散する。跳躍した少年が剣で斬り裂いたのだ。
「勇者! サキューシュカを守れ!」
「言われるまでもねぇよ!」
少年はアルギュロスに叫び返し、サキューシュカを抱えて跳んだ。ハラハラと見守っていたら、私を障気の塊が通り抜けた。
『許さない許さない許さないなんでお前だけが私は俺は人間なんかの為に死んだのに人間が僕をあたしをこうしたのに憎い憎い憎い』
どす黒くどろどろした総毛立つ怨嗟が走り抜け、腰が抜けた。人間の作り出した、こんな、こんな恐ろしいものが、魔族の根源だなんて。
目の前で光が炸裂し、いくつもの情景が閃く。
「ヴァンタレイ周辺を切り離して魔界として閉じたぁ?」
「ふざけるな! 俺達を一方的に蝕んできた人間を助ける為に、死ねっていうのか!?」
「謝って済むことじゃないのはわかってる。でも、障気を消す方法を、私が絶対見つけるから……!」
「まあまあ、サキちゃんの言うことを信じてやろうよ」
「魔王様を責めるのはお門違いだ。俺達は納得してこの作戦に乗ったんだ」
「……魔王様が消失したって本当か?」
「ああ……! サキちゃんがいないんじゃあたしらももう終わりだ!」
「蒸発して生死もない牢獄に囚われるよりは……」
「くそ! くそ! なんで手が動かない!?」
「魔王様の命令だ……」
「明日を悲観して自殺だけはしないで、って。今となってはただの呪いだ」
「なら、いっそ殺してくれよ」
「できる訳がないでしょう!? 愛する貴方をこ、殺すだなんて……」
「なら」
「頼もう」
「ルシア様は駄目だ。優しすぎる」
「アルビレオ様も駄目だ。あの将軍は絶対に仲間を殺さない」
「じゃあ」
ばしゃり。
目の前が赤く染まった。
貴方にしか頼めないと懇願されて、アルギュロスは仲間を次々手にかけた。墓は街の外に立てた。そしてそれは……私がやって来た遺跡になった。
いつの間にか、アルギュロスは最後の一人になっていた。
まず、アルギュロスは他に生存者がいないかと魔界の隅々を見て回った。誰もいないとわかると、次に自殺を試みた。剣は喉を突く寸前で止まる。何度も何度も何度も突きつけてもだ。魔王の強制力はそれほどのものだった。目を覆いたくなるけれど、それは瞼の裏に閃く映像で、私はただ見るしかなかった。
「もうやめて!」
叫んだ声ではっとする。もう映像は終わっていて、視界には石床と絨毯が映っていた。恐る恐る顔を上げると、見慣れた光景が飛び込んできた。窓の前の椅子にぼんやりと座るアルギュロス。
私は窓枠を掴んでよろよろと立ち上がった。窓の外から見える景色は、すっかり活気を失っていた。幾星霜を経て、朽ちた木、風化した建物。
「……気づいて、あげられなかった」
『何年魔界に閉じ籠っていたか存じ上げませんけれど、十年もあれば世界なんてびっくりするほど変わるのですから。馬鹿にしていると進級できませんわよ』
アルギュロスに投げた言葉がいかに愚かだったことか。十年どころの話ではなかったのだ。何百年、もしかしたら千年を越える時間、アルギュロスは独りだった。
「……馬鹿ね」
私もそうだけれど、アルギュロスも大概だ。こうなることがわかっていて、なぜ殺してくれと誰にも言わなかったのでしょう。私には推し量ることしかできないが、きっと……他の誰にも、こんな孤独を味わわせたくなかったのだと思う。そういう、仕方のない魔族だ。
私はアルギュロスに歩み寄った。
「ふふ。大変だったわねって言うのは簡単よ。だからって気遣いとかは、しないんだから。これからはこの私が一緒なんだから、怠惰な生活は許さないわよ。最期に、忙しい人生だったなって思うといいわ。うんざりするくらい時間はあるけど、寂しいなんて絶対思わせない。覚悟するのね」
どうせ見えないのだからと、勝ち誇った笑みで啖呵を切った。笑ったはずなのに、なぜか涙が滑り落ちた。その瞬間、アルギュロスが僅かに顔を上げた、気がした。




