更生させます
「これはなに?」
「肉です」
「なんの?」
「さあ?」
私は目の前でのたうち回る黒い肉を包丁でつついてみた。するとびくんびくんと大きく震える。というかアルギュロスの知識を持っているシルヴァでも正体不明の肉ってなに?
「私の炎で焼いてみましょうか。一応、白銀の炎は浄化の作用がありますし」
「わかった。焦がさない程度にお願い」
「善処します」
シルヴァが手を翳すと、ボッと肉が燃え上がる。炎が消えた時には、私が見慣れた普通の肉になっていた。表面は焼けているが。
「よかった」
私は調理を開始した。魔界の食べ物って食べられるの? 食べたら人間界に帰れなくなるとかある? という疑問はあるけれど、食べないと飢え死にする。とはいえあの黒くて蠢く肉を食すのは流石に勇気が要るが。
「アルギュロス様は食べないのかしら」
「アルギュロス様は食物を摂取せずとも生命活動に異常はありませんから。以前は魔王様に付き合って食事をしていたようですが」
「では普段はなにをしているの?」
「窓から世界の端を見ています」
「他には?」
「睡眠をとっていますね」
「それだけ?」
「あの方は怠惰ですから」
怠惰で片付く問題ではないと思う。けれど、世界にたった一人しかいないとすれば、そうなってしまうのだろう。
よし。
「アレキサンドライト」
呼ぶと、目の前にふわりと現れる。緑の光は以前より強くなっている。
「まだ本調子じゃないかもしれないけれど、少し頑張ってくれる?」
尋ねれば、円を描くように飛ぶ。私は笑って「いい子ね」と手を伸ばした。アレキサンドライトは手に止まると染み込むように消えた。
「シルヴァ、アルギュロス様のところに案内してくれる?」
「構いませんが、なぜですか?」
「一緒にご飯食べようかなって」
「そうですか。アレクシア様は変わった方ですね」
「そうかしら」
食べる必要がなくても、食事を趣味にする魔族だっていただろう。アルギュロスもすることがないなら食事でもすればいい。
私はアルギュロスを更生させる気でいた。命の恩人かつ唯一の同居人があんなに辛気臭いのではこっちの気が滅入る。それにせっかく生きてるのだし、なにか趣味でも作って楽しく生きて欲しい。脱・怠惰生活だ。
暗緑色の髪、おっけー。緑の瞳、隈もなし。
準備万端、突撃開始。
「たのもー!」
完成した料理を持ってアルギュロスの部屋へ。やつは本当に椅子に座ってぼんやりと窓の外を見ていた。一応反応はするらしく、ゆるりと振り向き無機質に「なんの用だ」と訊いてきた。
「一緒にお食事をしようかと思いまして」
「要らん」
一刀両断。
「一口くらい食べてください」
「要らないと言っている。さっさと部屋に戻れ」
「戻ります。死にたくないので。でもアルギュロス様とご飯を食べたいので、アルギュロス様が部屋にいらしてください」
「行かないし食べない」
まあ来ないだろうなと思った。予想していたから直談判しに来たのだ。
「じゃ、私がここで食べますわ」
料理を勝手にテーブルに置いた。ガチャン、と思ったより大きな音がした。
あれぇ?
視界が真っ暗になった。駆け寄って来るのはシルヴァだろうか。また私はぱったり倒れてしまった。




