私は今更
なんだろう。
引っ張り上げられている気がしてそちらに向かう。微睡みの中でふっと左手の感覚が戻った。そこからじわじわと、不確かだった自分が現実味を帯びていく。幽霊が実体化するってこんな感じなのかもしれない。
ぼやけた視界が次第に焦点を定めていく。すっかり見慣れた私の毛布、繋がれた左手。その先には椅子に座った白銀の魔族。
ななななんてすと!?
アルギュロスの手は冷たいのに、そこから熱が全身にぶわっと広がった。きっと髪は薔薇色だ。
「おおおおはようございますアルギュロス様」
「お前は馬鹿なのか」
なんか前にも言われた気がするこの台詞。けれどそこに険はなかった。瞳の中で白銀の炎がゆらゆら、ゆらゆら。ああ本当に腹立つくらい綺麗だな。
「好きです」
………ん? 今なんて言った私?
一瞬間を置いてから理解して、私は逃げた。正確には毛布を被った。が、即座にひっぺがされた。ならばと枕を顔面に装着する。またひっぺがしに来るのはわかっていた。枕が千切れるかどうかの絶妙な力比べが始まる。
「おーぼーだ!」
「見ていて飽きないのは君の面白いところだが、今は顔を見せろ。アレクシア。あれからどれくらい経ったと思っているんだ」
「ど……のくらい、ですかっ!」
「一ヶ月だ」
「え」
驚いた私が力を抜くと、アルギュロスが椅子ごとひっくり返った……かに見えたが、時間を巻き戻すように椅子が起き上がってきた。目の下にシワを刻んで不機嫌オーラ全開だけれど、枕をぬいぐるみのように抱えているせいでどうにも可愛らしく見える。
「アレクシア」
「申し訳ありませんでした」
「よろしい」
さっきのうっかり告白が流されるような雰囲気になってホッとする。気まずい気持ちに鞭を入れてアルギュロスに向き直った。
「それで、一ヶ月間なにがあったのですか?」
「特に、なにも。私は君の体を乗っ取ったアレキサンドライトと対話を試みていた」
どこにもいないと思ったら、私の体を乗っ取っていたのか。意を決して訊ねてみる。
「それで、アレキサンドライトはなんて?」
「君が強情にも自分の恋心を無視して蝶のせいにしたのに腹を立てたらしい」
「んなっ!?」
こんなすぐに蒸し返されると思っていなくて変な声が出た。けれど、思い返してみれば髪色が変わるのも、いちいち動揺してしまうのも、ついつい気にしてしまうのも……アレキサンドライトのせいにしていた。だってゲームのキャラに本気になるとか認めたくなかったんだもん!
……あ、いや。それも逃げだな。既にゲームのシナリオから外れているのに、正面から向き合うのが怖かっただけだ。
「あれも、昔から私を気にかけていたようだからな。そんなに転嫁しようというなら、いっそ乗っ取ってしまえと思ったのだと。……今度こそ私を独りにしないと言ったぞ、あれは。だが、君がこうして戻ったことで安心したと笑って、消えた」
「きえ、た?」
私は慌ててアレキサンドライトの気配を探った。けれど、力だけを残して消えていた。
「どうして……」
「独りになる私が気掛かりで、なんとか気力で保っていたのだと言っていた」
息を呑んだ私をアルギュロスは覗き込んできた。
「アレクシア。私は人よりずっと永く生きる。それはきっと世界の始まりと終わりを見るような、そんな永久の時だ。私が親交を結んだ人間は次々に死んでいくだろう。愚弟やルシアだって私より長生きはしない。このゲート・アインという国もなくなるかもしれない。……それでも君は私が独りにならないと保証してくれるか?」
「そ、れは……」
言葉が出なかった。ふっと不敵に笑うアルギュロスは傷ついていた。たぶんそうだ。なにか言わなければと焦るが、先にアルギュロスが口を開いた。
「だからアレクシア。私と約束をして欲しい」
「やく、そく?」
「魔族と人の命を繋げる秘術。それを我々は『永遠の約束』と呼ぶ」
「命を繋げる……ってことは、アルギュロス様と寿命を共有する、ってこと、です、か?」
「そうだ。だが、先程も言った通り私の寿命は永」
「いいですよ」
「お前は馬鹿なのか」
食い気味に返答したら怒られた。私は唇を尖らせる。
「熟考しても返事は変わりませんよ。だったらそれでいいじゃないですか。もしかしたら永い時の果てに私が発狂するかもしれませんけど、なるようになります。たぶん。全くわからない先のことなんて考えるだけ無駄です。……それより、貴方が寂しい思いをしないなら、私は言うことありません」
アルギュロスはしばらく黙っていた。そしてやれやれという風に溜息を吐く。
「アレクシア」
「なんですか」
「好きだ」
「雰囲気もへったくれもありませんね!?」
「君に言われたくない」
「そうですね」
ふふっと笑うと、アルギュロスも目を細めた。瞳の中で炎が優しく、ゆうらりゆうらり揺れる。
「しかし、即答してもらって悪いが、今すぐという訳ではない」
「あら」
「『永遠の約束』は魔族の魔力を注いで体を作り替える秘術だ。私は成功例を見たこともないしそもそも実行した魔族がいるという話すら聞いたことがない。だが別の生物として生まれ直すようなものだから、アレクシアにかなりの負担を強いることになるのは確かだ。今の君の体力では厳しいだろうし、失敗して魔力が反発したら恐らく私も死ぬだろう」
「貴方もですか?」
尋ねると、枕の角を摘まみながら僅かに眉を寄せた。
「私よりも自分の心配をしろ。高位の魔族の魔力だぞ。どうなるかは私にもわからん。……だがまあ、慣らすというのもひとつの手か。アレクシア、手を貸せ。蝋燭一本灯す程度の魔力を流して試す」
言われた通り手を出すと、重ねた手がほんわり温かくなった。カイロを握っているような感じに。
「このくらいは平気か。……少し、強める」
アルギュロスの言う少しとは一体なんだったのでしょう。数秒後、私は悲鳴を上げた。
「ひっ、ぎゃぁぁあああああっ!?」
その令嬢らしからぬ悲鳴に人が集まって来るのは当然だった。
なんでアレクサンドラ相手に枕勝負で互角なの?
ってことですが、アルギュロスは人間相手に力加減をするのが苦手だからですね。
いやぁ、地球最後の告白にならなくてよかったね。




