アレクシアとアレキサンドライト【シルヴァ目線】
「……っ!」
アレクシア様のお部屋から涙目で飛び出して来たのは、アレクシア様専属のメイドでした。覚悟はしていると言っていましたが、やはり耐えられなかったようです。このようになったら貴女が世話をなさいとメイド長に言われているので、私は部屋に入りました。
部屋は厚手のカーテンが纏められ、薄絹のカーテンを透過する日光で柔らかな明かりが満ちていました。部屋の主の雰囲気をそのまま表したように思いますが、肝心の部屋の主はベッドで半身を起こしたまま動きません。私に笑いかけてくれることも、ありません。
「おはようございます。アレキサンドライト様」
話しかけると緑の瞳だけが動いてゆっくりと瞬きをします。まるで花に留まった蝶が翅を開閉させているように見えました。
「姉上は、変わりないかい?」
やって来たのは弟君でした。私は頷きます。
「はい。あの日……戻られてから変わりません」
あの日。アレクシア様がエスプリッサ嬢に連れ去られ、アルギュロス様が取り返して来た日。催眠をかけられていた人々はレナス様が解呪し、ミラ様もアルギュロス様に解呪され、これで元通りだと安堵したのです。
それなのに、目を覚ましたのはアレクシア様ではなく、アレキサンドライト様でした。
『これはオレ様と同じことだな。この女は魔獣に体を乗っ取られちまったんだよ』
診断を下したのはアルビレオ様です。なんでも、アルビレオ様は守護していた人間を乗っ取って勝手に動いていたことがあるそうで。
『けど、魔獣とは仲良くしてたんだろ? 突然こうなったとしたら、この女は魔獣の逆鱗に触れるようなことをやらかしたんだろうな。で、オレの場合人型の魔族だったが、この女を乗っ取った魔獣は蝶だったんだろ? 体の動かし方がわからないんじゃねぇか?』
その話を聞いたエドガー様が持ってきた教科書がまだ枕元に置いてあります。守護獣に牙を剥かれた王子が破滅する話……。アルビレオ様が『そりゃあオレ様が憑いてた王子の話だな』と笑い飛ばしたお話が載っています。エドガー様はそれはもう真っ青になられましたが、アルギュロス様に向き直り頭をお下げになりました。
「見栄を張り合っている場合ではない。どうか……アレクの為に力を貸して欲しい」
「頼まれなくともそうするつもりだ」
アルギュロス様は即答なさいました。我が主はなにか吹っ切れたようです。宣言なさった通り、今はアルギュロス様の方からアレクシア様の所に通われています。というのも、アルギュロス様を見つけるとアレキサンドライト様は「あー」「うー」となにか伝えようとなさるからです。
ほら、今日も。アルギュロス様が姿を見せました。私達はすっかり慣れたもので、黙って部屋を出ました。
「そうだ、シルヴァ。僕はまだ君にお礼を言っていなかったね。僕が催眠にかかっていること、気づいて姉上に知らせてくれたのはシルヴァなんだってね」
「そうでしたね」
もううなされることはない、とおっしゃっていた通り、あれから部屋がクモの巣まみれになることもなかったのです。時折聞こえていた悲痛な唸り声もしていませんでしたし。けれど、お茶会の後にまたうなされているのを見てしまって、気になっていたのです。
と、突然きゅっと手を掴まえられました。なにかと思えば、私の手を真剣に見つめています。
「ねえシルヴァ。僕がうなされている間、手を握ってくれたりした?」
「……申し訳ありません。つい」
なにかを掴もうともがいていらしたので、つい手を取ってしまったのでした。出すぎた真似を、と反省しましたが、弟君はふわっとお笑いになりました。
「正直、助かったよ。姉上に井戸へ突き落とされる夢を見ていたんだ」
私はこの時ばかり激しい憤りを覚えたことはありません。弟君の意思をまたもや卑劣な手で踏みにじるだなんて。この方は……決して泣きはしないのに。
私は弟君の手を両手で握り返しました。
「お助けできるのであれば。私の手などいくらでも、好きなだけ、握っていてくださいませ」
決意を込めて見つめると、弟君は少し驚いた後になぜか目を逸らしました。
「ああ、うん……ありがとう……?」




