わたしをたすけて【???】
「ミラ」
そう呼ばれるのが嬉しくて堪らない。乙女ゲームのヒロインに転生するだなんて、夢でも見ているのかと思った。でも、前世ではあんなに辛かったのだ。ご褒美だと思っていいじゃない。スチルは当然コンプリート。追加コンテンツの後日談だって手に入れた。……隠しキャラだって攻略した。
『絶望して、堕落しろ。怠惰に溺れ、永遠に私の側にいるがいい』
わたしを救ってくれた、その言葉。駄目だ駄目だと両親に言われ続けていたわたしでも、生きていていいんだって思えた。わたしなら、あなたのことがわかる。ずっと側にいてあげる。寂しい人。
でも彼は……隠しキャラだ。全キャラ攻略しないと解放されない。
だからまず他のキャラを渋々攻略することにした。何度も周回したストーリーだ。いつ、どこで、どんなイベントが起きるかはしっかり覚えている。とんとん拍子に進んで、無事エドガールートのハッピーエンドを迎えた。
結婚式、わたしが笑顔で青空にブーケを放り投げる。その瞬間が凍りついた。まるでスチルのように。
「あーあ、つまんない」
女の声がした。わたしは動けない。馬鹿みたいなアホ面の笑顔で、ブーケを投げたバンザイの姿勢のまま。そんなわたしの目の前を女が通り過ぎた。
「気晴らしに流行りの異世界転生モノ書くかって思ったのが間違いだった? いや、というか悪役令嬢主人公にした方がよくない? そもそも私は悪役を書くのが得意ではない。うん」
なにを言ってるの!? あんた誰よ!
声は出ない。女はわたしの顔を覗き込んだ。
「まず主人公の設定から練り直さないと。こんな男にコロッといっちゃう女の子、好みじゃないしなぁ。失敗した失敗した」
しっ……ぱい?
異世界に転生してもわたしは失敗作のままなの? こんなはずじゃなかった、育て方を間違えたって言うの?
「台本通りじゃつまんないよなぁ。もっかいやり直すか!」
その言葉を最後に、わたしの意識は黒く塗り潰された。そして目が覚めた時には……エスプリッサという聞き覚えのないモブになっていて、世界はゲームとは違うシナリオに書き変わっていた。
更に怠惰を愛する彼は、おかしな悪役令嬢のせいで変わってしまった。
違う、違う違う違う違う違う!! だって彼は、誰よりも絶望していて、独りぼっちで、寂しい人だった。わたしと同じだった。わたしに生きていてもいいって教えてくれた。
正さなきゃ。
わたしが正さなきゃ。
台本通りじゃつまらない。女の言葉を思い出した。なら、ゲーム通りのシナリオに戻せば、また最初からやり直してくれるんでしょう? そうしたらまたわたしをミラにしてくれるんでしょう?
「だからあなたは悪役令嬢になるの」
古い、使われていないサイロの中。眠る悪役令嬢に悪意の言葉で囁く。暗示、催眠術、そういった類だ。見よう見まねでやってみたら、面白いくらいに上手くいった。上手く……いっていたのだ。
「っ!?」
一瞬のことだった。無造作に地面に投げていた悪役令嬢の姿が消えた。振り返れば、彼がそこにいた。悪役令嬢を抱えて。その姿は、ゲームのスチルと同じ。頭にどっと血が上った。
「なぜ………!? あなたは、人の生死なんかに興味はないはず」
「だが、アレクシアの生死には興味がある。そういうことだ」
「わたしならあなたの寂しさをわかってあげられる! ずっと側にいてあげる! ……あなたを助けてあげられる。だから、だから」
わたしをたすけて。
「……お前は、人は助け合わないと生きていけないと言った。その言葉は確かなのだろう。だが、お前が提案しているのは傷の舐め合いであって救いではない。なのに自分を助けてくれと言うのか」
サイロが白銀の炎に包まれる。
「アレクシアがいなければ、お前の言う寂しさもわからないままだっただろうな」
ごおごおと火が猛る。わたしはその中で、ただ蹲って泣いていた。
助けて。助けて……たすけて。
誰かわたしを、たすけてください―――――




