勉強会をしましょう
ふわっと設定の王子を拾いに行く回が少し挟まってくる。
「試験勉強。私がそんなものやる訳がないだろう」
アルギュロスがそう言って逃げようとした為、図書室まで無理矢理引きずってきた。この怠惰の魔王ときたら、授業中居眠りばかりしているのだ。私がこっそり腿をつねってやらなければ、学校にいる間はずっと寝ているに違いない。
「何年魔界に閉じ籠っていたか存じ上げませんけれど、十年もあれば世界なんてびっくりするほど変わるのですから。馬鹿にしていると進級できませんわよ」
前世だってそうだった。十年の間に携帯だけでも折り畳み式からスマートフォンへ劇的な変化を遂げた。アルギュロスなんて浦島太郎状態に違いない。それでも最後の抵抗か、明後日の方向を見ているアルギュロスと教科書を押しつける私とで攻防戦を繰り広げていると、向かいに人が座った。
「失礼するよ」
目を引く程の優雅な所作で腰かけたのは、エドガーだ。試験前になると必ず現れ、決まって私の向かいに座る。……拒否はしない。『学年一位の人と一緒に勉強がしたいのは当然だろう?』と言われれば頷くしかなかった。それに、苦手な数学をエドガーが教えてくれるのは正直ありがたい。
「失礼だなんてことは。いつも通り勉強会と参りましょう」
失礼なのはむしろこいつだ、とアルギュロスを見ると涼しい顔で歴史の教科書を開いていた。急になんなの? まあやる気になったみたいだし良しとしよう。
正直、今の成績を維持するのにも相当苦労している。
前世の記憶があるから楽勝では? と思ったそこのあなた、そこに直りなさい。この世界に織田信長もいなければ日本語もありません。全てなんの役にも立たない。以上。
それでも本を読むのは好きだし、歴史に関しては国交が一切ないため、他の国のことは追わなくていいから楽だ。まあ、その代わりに魔法とかマナーとかの授業があるんだけどね……。
「アレク」
愛称を呼ばれて顔を上げると、エドガーが教科書をこちらに向けていた。広げているのは、いわゆる国語の教科書だ。
「これについての解釈を聞きたい」
「失礼致しますわ」
受け取って文章を目で追った。守護獣に牙を剥かれ、破滅していく王子の話だ。結構有名な話で、実話を元にしているとも言われている。王家は否認しているはずだが……この解釈が聞きたいとはどういうことだろう。けれどこの話には物申したいところがあったので、深読みせず意見を述べることにする。
「そうですわね……。一般的には、守護獣に甘えず自らを鍛えるべし、という教訓の話ですわね。けれど、私はこうも思います。単純に、守護獣と仲が悪かっただけでは、と」
「仲が悪かった?」
「はい。守護獣となる魔族には人間に好意的な者とそうでない者がいるようなのです。それに人間と魔族が争った場合、魔族に軍配が上がるのは明らかです。鍛練でなんとかなるとは到底思えません。……つまり、この話に出てくる王子というのは、人間を滅ぼさんとする守護獣を身の内に留め置き、自分だけを犠牲にすることで被害を抑え込んだ……のではないかと」
「随分飛躍した解釈だね? それなら、どういう教訓があると思う?」
「一人で悩まず誰かに相談しろ、ですかね」
「……それを君が言うかな?」
責めるような低い呟きにきょとんとしてしまう。エドガーは少し暗い笑顔を浮かべていた。王族らしく明るくにこやかに微笑むのがデフォルトの彼が、だ。
「君が教えてくれた通り、交流を広げて多角的に物事を見られるよう努力しているつもりだけれど、敵わないな。アレクに頼ってもらえるような男になるにはもっと努力が必要らしい」
「……え。私、誰かを頼るつもりはエドガーでなくともありませんわ、よ……?」
返事しながら内心首を捻る。交流を広げろとか多角的に物事を見ろとか言った覚えがない。おかしかったのかエドガーはくすりと笑った。
「今はそうかもしれないけれど、無償で借りられる手があることも覚えておいて」
エドガーはそうして教科書を手元に戻した。私も私でよくわからないながらも勉強に戻る。エドガーにここまで好かれるようななにかをした覚えは一切ないのだけれど……はて、なぜこの王子はここまで私に懐いてしまったのでしょうね?




