過去と未来と【シルヴァ目線】
ちょっと長い上に残酷表現がちょこっと入りますー。
「ふむ、今日もですか」
弟君のお部屋のクモの糸を指パッチン一つで燃やし尽くします。白銀の炎は浄化の炎。清浄さが売りです。掃除には抜群に向いています。
「あっ」
背後から小さな声が聞こえて振り向けば、弟君が丁度帰ってきたところでした。
「申し訳ありません。今丁度終わったところです」
「いや、いいんだ。いつもごめんね。……でも、もう悪夢でうなされることはないと思うから」
そう仰る弟君は晴れやかな顔をしていました。なにかひとつ、決着が着いたような。
「そうですか。よかったですね」
「うん。……それでさ、君にはちゃんと話しておこうかなって。僕がうなされてた、夢のこと」
「……嫌なことなのでしょう?」
他の使用人仲間は全員事情を知っているようでしたが、弟君が知られたくないであろうこのことを、本人の許可なく話してくださるような方々ではありませんでした。それだけ酷いエピソードだということは想像に難くありません。けれど、弟君は首を横に振りました。
「君には迷惑かけちゃったし。あと自分自身へのけじめでもある」
「そうですか。ではお伺いしましょう。私、口は堅いのでご安心ください」
真面目に言ったのですが、なぜかくすっと笑われてしまいました。そしてあろうことかソファーを勧められました。戸惑いましたが、弟君が動かずソファーを示し続けるので、着席することにしました。
「僕の実の姉達はね、母とよく似ていてとても気が強い人なんだ。父も使用人達も、三人の顔色を窺ってびくびくしていて、僕も萎縮して育った。……息子とはいえ、馬が合わなかったんだよ。気弱で不出来な僕は母に罵られ、姉達にいじめられていたんだ」
言いながら、弟君は服の袖を捲りました。そこにあったものを見て、息を呑みました。深い、消えない傷痕です。『私は一生姉の奴隷です』と刻まれています。私はなにか言おうとしました。アルギュロス様の記憶から相応しい言葉を探し、アレクシア様ならなんて仰るかと考え……なにも、言うことができませんでした。
「でもね、ある日父がアルバース公爵家との養子縁組の話を持ってきてくれたんだ。母も姉達も大反対したけれど、アルバース公爵に決定事項として告げられて諦めたみたいでね。……父はたぶん、僕を逃がしてくれたんだと思う。最初はアルバース家でも姉ができると知ってびくびくしていたけど、あのアレクサンドラ姉上だからね。書庫に籠っていたら、好きな本の話を止める間もなくされて、警戒心が解けた。……シルヴァ?」
突然名を呼ばれて、なんでしょう、と返そうとしたら、喉が締まっていてできないことに気がつきました。視界が滲んでいます。頬がくすぐったくて、手をやると水がつきました。はて、これはなんでしょう?
「……姉上も、この腕を見せた時同じように泣いていたな。自分は背中に大火傷の痕があるっていうのにね」
「話が違います。それは、自我を否定し、踏みにじる傷です」
そうです。私は悔しいのです。アルギュロス様の使い魔である私にですら、自我と意思があります。それがいかに喜ばしいことなのか、私は日々噛みしめて過ごしております。……弟君は便利に使われる目的で作られた使い魔ではないのに、このような下劣な行為で汚されるなどあってはならないことです。
使い魔の私でもわかることだというのに。
弟君は静かに捲っていた袖を下ろしました。私が泣くという行動になにやら思われたのかもしれません。ハンカチを差し出されたので、甘えて使わせていただくことにします。弟君は悲痛な面持ちで目は伏せています。
「……そうだね。姉達によって傷つけられた僕だけど、塞ぎこんでいた僕を姉上が自由にしてくれたんだ。自由奔放で悪評の絶えない姉上だけど、明るくて、他人思いで、自慢の姉上だ。キツい顔立ちやはっきりした言動のせいで悪い噂も流れることはあっても、本当の姿を知っている人がごく少数いればいいって思っていた。……噂の元が実の姉達によって流されていると知った時ははらわたが煮えくりかえったけど」
噂のくだりはちょくちょく聞いていたのですが、まさかその実の姉達が犯人だったとは。学園でのアレクシア様のことをお願いしたのに……という剣呑な雰囲気を感じ取ったのか、弟君は両手をせわしなく振りました。
「あの、実の姉達にはちゃんと話し合いをしたし、姉上が飛び蹴りまでしたから」
「さすがアレクシア様です」
手放しで賛辞を送ります。弟君はやっと小さく笑いました。
「そうだね。……僕もこの件でまだまだ甘いと自覚したよ」
そう仰る弟君は、キリッとしたお顔をしていました。過ちを認め、今後に生かすという姿勢はとても好ましいものではないでしょうか。私は、自分の顔にちょっとした変化が起きるのを感じました。
「ふふ、そうして前を向いていらっしゃるの、いいと思いますよ」
弟君がなぜか呆けていた気がするのですが、気のせいでしょうか?




