なぜ、窓の外を眺めるか【アルギュロス視点】
ここからシリアスモードです。
ちょっと気分悪い表現しているかもしれません。
「失礼します」
何日かぶりに誰かの声を聞いた。ゆるりと目を開ければ、同じ色素の使い魔が一匹。返事をすることも億劫で、口を開くのを待つ。
「アルギュロス様、私を処分してくださいませ」
突然なにを言い出すのだろう。そしてそれが逆鱗に触れるとわかっているはずなのだ。だから怒気は放出するものの、望むように葬ってはやらない。
「アルギュロス様。私はアレクシア様のお世話をするために作られた個体です。アレクシア様が魔界にいらっしゃらないのであれば、もう用済みでしょう」
そうだ。アレクシアはもう魔界にいない。城から追い出したあの日、来た時と同じ突然さで反応が消えた。僅かに目を伏せる。
まるであの蝶のようだ。
美しいからと籠に閉じ込められ、人間に売り買いされる哀れな蝶だった。その翅には籠を吹き飛ばし人々を凪ぎ払う力を持っていたのに、傷つけることを嫌ってそれをしなかった。言葉はなくともそれはわかっていた。
その籠を気まぐれに壊したのは私だ。蝶が大切にしていた人間もろとも焼き払って。魔王様が人間を大切にしすぎるから、代わりにそうやって威光を示す為に。ただの気まぐれだったのに、自由になった蝶は度々私の前に現れた。人間には恐れられ、魔族には畏れられる私の肩で翅を休めた。
「私は寂しいのです」
使い魔は言う。私から作った癖に、全く違う存在となった使い魔。
「誰と話すこともなく、ただ緩やかな滅びを見守るだけというのは。寂しくて寂しくて、嫌になります。処分された方がうんとマシです」
「……質が悪い」
使い魔は知っている。魔界が封印された当初の地獄を。溢れた障気に耐えられなかった弱い者は瞬く間に蒸発した。真っ先に消えていったのは子ども達だ。次いでその親達が泣き叫んで発狂した。死が甘美に思える程の苦痛だった。だが最後の魔王様が私達に呪いをかけていた。
絶対に自害してはいけないと。
民は互いを頼った。殺してくれ、そうしたら殺してあげると。民の多くはそうして死んでいった。心優しいルシアなんかは殊に胸を痛めていて、アルビレオはやっぱり人間を滅ぼしておくべきだったと当たり散らした。
そんな中、私に執行者の役が回って来たのは当然といえる。皆が口を揃えて私なら、と死の祝福を願い出た。私は同胞の願いを聞き届け、次々と手にかけていった。
そして私だけが残った。
私は浄化の炎を操る魔族だ。力も強い。だから私が最後に残った。最後の魔王様に魔界を頼むと言われていたからでもある。けれど自害はできない。幾度も試みたけれどできなかった。私はただ意味もなく窓の外を眺めるようになった。障気が早くこの身を冒してくれることを祈りながら。
だが、今ならわかる。窓の外を眺めることにも意味はあったのだ。私は蝶を待っていた。そして今は、あの少女を。暗緑色の髪に緑の瞳、つんと尖った生意気そうな鼻。羽のように軽い体に、たおやかな四肢。弱い人間の癖に、怯むことなく礼など言ってきてあまつさえ私に趣味をなどと。騒がしくて呆れるが、いなくなると静寂が耳に痛い。
この、使い魔は。
「そうだな。私も寂しい」
単に、私の代弁者にすぎないのだ。




