第二十六話 ~彼女の菓子~
赤の騎士団執務室内で、赤の騎士団団長ロイス・コードが書類の整理を行っていた。ただし一向に書類の山は減らない。元々ロイスは机に向かって何かをするのが苦手なタイプではあったのだが、今日は机の上にある包みがさらに集中力を削いでいた。
あまりにも集中出来ず、一度ペンを置き天井を仰いだ。先程貰ったお菓子の包みからは、確かに俺が嫌いな甘ったるい匂いはそれほどしない。だから彼女が嘘をついたとは思っていない。だが、何故だか手が出しづらいのだ。再び天井に視線を戻し、昨日、今日のことを思い浮かべる。
最初に今回の件を聞いたときさすがに落ち込んだ。ピリピリしているとはいえ、城の外から来た者を横暴に追い返す騎士団員達を、騎士団長の自分が止められなかったことが、騎士団を任せてくれた王や元団長に申し訳がなかった。それに加えその第三者が透明色の騎士。こちらに来て一月ほどしか経っていない者に任せることになったのが一番落ち込んだ。
透明色の騎士の第一印象は”冷静な青年”という感じだった。黒い髪に黒い目。緑を基調とした動きやすい傭兵服。茶色のローブに茶色の革ブーツ。腰のベルトには剣を差していた。
…申し訳ないが一目で女性と見破れるやつはそうそういないだろうな。
一番印象的なのが、多くの警戒し、敵視した視線が回りにある中、彼女は内心で気には止めているだろうが表面上は全く気にならないかのように振る舞っていることだ。普通、敵視する視線が多ければ多いほど緊張が増すものだが、それ程緊張していない。並大抵でできるものではなかった。肝が据わっているとしか言えない。
それからつつがなく王妃との挨拶を終え(多少の邪魔は入ったが)、王妃と宰相と三人で別室に移動して行った。三人が出て行った後、それはもう大変だった。騎士からは不満の声があがり、その他のやつからも返すべきだと遠回しながらも批判がきて…なんとか、国王が全て投げ出し放置することで収集がついた。というか、宰相が王妃達の方ではなくこちらにきて対応していればもう少しマシなことになっていた。
あの人、ぜってー面倒だからむこうに行ったな!?
まだ何か行って来るやつらをすり抜けて、国王と一緒に王妃達のもとに向かった。
騎士殿についてわかったことが一つ。彼女はかなり菓子が好きらしい。自分で作った菓子を人に振る舞ったり、自分も食べたりしていた。このときばかりは感情をあまり表に出さない彼女も、紛れもない女性特有の笑顔で嬉しそうに食べている。
いつもこんな表情をしていればいいだろうに、本人は気づいていないのか?
城内を案内しながら彼女を視察sるが、本当に強いのか疑問が浮かぶ。腕っぷしが強そうにも見えないし、剣が特別なものにも見えない。そう考えると、俄然彼女の実力が見たくなった。
よし。実力知りてーし訓練に混ぜてみよう♪
…結論。彼女の実力は模擬試合でうちの団員が本気になるほどのものだった。
今、彼女は菓子を作って上機嫌だ。部屋に帰ったら早速食べるのだろう。俺にはそこまで楽しみにする気持ちは分からないが。
彼女の部屋の近くまで来ると、一緒に出たときに閉めてあった部屋のドアが開いていた。
誰が入って来た?
彼女に下がるように言い、タイミングを計って部屋に踏み込んだ。中にはメイドがいた。
「ここで何をしていた。」
「わ、わたし、おそうじしに来たんです・・・。」
「この部屋は立ち入らなくていいと言われていたはずだが?」
問いに対する答えがあまりにも等閑だ。捨駒だろう。誰に言われたか言及してもいいが、良い情報は得られないな。
どうするか考えていると彼女が後ろから出て来てメイドに話しかけた。もしこのメイドが捨駒ではなかったら危ない。なのに近づいて行く危機感の無さに怒りを感じた。
「随分とお優しいことだ。さすが、お伽話にもなる騎士、というところだな。」
彼女がメイドを返した後、言ってしまった。相手は苦笑いをしているが言葉の真意に気づいているのだろうか?御伽噺は所詮御伽噺だということに。
…彼女はきっちり気づいていた。言葉の真意に気づいた上で何故行動したかもちゃんと説明してきた。
気付いているのならばこちらもしつこく言わなくていいか。
そのまま仕事に戻ろうとすると呼び止められ、仮死を渡された。
「あ~すまんが騎士殿。俺ちょっと甘いもんは・・・。」
「知ってますよ。これは甘さ控えめのクッキーですから安心してください。」
…いつバレた?俺は自分が菓子が苦手なことを言っていない筈なのだが。
気付いた彼女の実力を改めて実感した。
「団長、どうしたんすか?」
天井から目を離すと丁度団員の一人が帰って来た。俺の机の上の菓子を見て、納得したように頷いた。
「あぁ、またどっかの令嬢からのお菓子っすね。じゃあ、また騎士内で分けますね。」
「おい!ちょっと待て!」
確かにいつも貴族の令嬢達から送られる菓子は騎士で分けるよう渡していたが、これは駄目だ。
「これは・・・信用出来るやつからもらった、甘さ控えめのやつだから食える。」
…自分で言ったことながら嘘くさい。現に今、前にいる団員は信じて…いや、信じてんのか?
驚いた顔からにやけた顔に変わった団員から、からかう気満載の雰囲気を感じた。
「へぇ、団長が嫌いなお菓子を?信頼出来るやつからもらった菓子だから食べる?それって恋人から「よし。いっちょ死んでこい。」」
笑顔で剣を向ければ団員はダッシュで逃げた。
チッと舌打ちして剣を収め、クッキーを手に取り、食べた。
「!!」
甘さとしょっぱさがうまく合わさっていてうまい。これであれば俺でも食える。菓子を作ってくれた彼女に感謝しつつ、クッキーを食べながら書類整理を開始した。
後日、騎士達の間で『団長が嫌いな菓子を笑顔で食べていた。恋人に貰ったものらしい。』という噂が流れるのはまた別の話である。




