異世界編:王国騎士団員になった異世界の私
# エピソード8 王国騎士団員の日々
私は、王国騎士団の騎士となった。
入団したばかりの私たちの日々の訓練は、とても大変だ。それでも、私は充実感を覚えていた。
前世では味わったことのない、初めての感覚だった。
他の人と比べて何も出来ない私…、周囲から向けられる哀れみ混じりの優しさや、足手まといに対する余計なお節介……。
ここには、そんなものはない。
時折、くすぐったいような気持ちになることもあるけれど、そんな思いを抱かせる代表格が、彼だ……。
「ユリカお嬢様、おはようございます。本日のご予定はいかがなさいますか?」
姿勢を正し、私の前で恭しく挨拶をしてくる。
彼はサイラスさんだ……。
何故、こうなった……。
「おはようございます、サイラス殿……。予定も何も、見習いの間は訓練も座学も皆一緒だと思うけど……」
苦手だ、この感じ……。
「私に敬称は必要ありませんので、今後はサイ……いえ! おこがましい……。弟子など、いかがでしょうか?」
……何か、勘違いされていませんか、サイラスさん?
「おはようございます、お二人とも。朝からお元気ですね」
ルート嬢が颯爽と現れ、美しい黒髪を片手で優雅にかき上げた。
自然だ……。
私がやったら、コメディになるだろう……。うん!
「おはようございます、ルートお嬢様。本日も朝から優雅でいらっしゃいますね」
サイラスさんは恭しく礼をした。
「おはようございます、ルート嬢」
私も挨拶をしたけれど、どうにもぎこちない。
「もうすぐ座学の時間ですわ。講義室に参りましょう」
サイラスさんと二人きりの時間は、あまりにも過酷だ……。
ありがとう、私の最初の友よ!
……サイラスさん、お願いします。どうか、私から離れてください。せめて今日一日だけでも!
私たちが講義室に着くと、ここ数日とほぼ同じ光景が広がっていた。
「ああっ!!」
皆が我先にと、こちらへ集まってくる……。
「おはようございます!!」
先に講義室にいた同期と思われる数名は、ルート嬢を見るなり立ち上がり、まるで訓練されたかのように一斉に礼をした。
な、慣れない……。やっぱり無理……。
私の人見知りという名の魔法は、前世から引き継がれているらしい。
「もう、五日目なのに……。相変わらずですね……」
ルート嬢は、私のこの五日間を哀れむような目で見つめた。
この数日、私の様子を見ていたのだろう。おそらく、自分の父親にも話しているに違いない。
……呆れた顔をされている気がする!?
「こちらに座りましょう」
ルート嬢は私に手を差し向けた。
すると、サイラスさんはすぐさまルート嬢が座るであろう席の隣の椅子を引き、その横に立った。
私とルート嬢が座るまで、いつもの従者待機タイムだ。
アニメや映画で見たことがある!
サイラスさんは、相変わらず得意げな顔をしている……。
やめてくれ。私の席は、一番後ろがいいんだ……!
席に着いて講義室を見渡すと、見覚えのない顔が何人かいた。
あの王国騎士団の入団試験に合格したのは、私たち三人だけではない。
私が受けた班以外では、たしかルート嬢とサイラスさん以外に十三名が合格したらしい。
……絶対、あの試験官はおかしい。
サイラスさんとのここ数日のやり取りや、周囲から向けられる当然とでもいうような空気に抗うことができず、私は素直に席に座った。
同調圧力だ。
前世から、こういうものには抵抗しない主義なのだ……。
やがて、座学が始まった。
講義の内容は、戦闘時の心構えや、我々騎士団の役割などについてだった。
前世の学校では、先生が何を話しているのかさっぱり分からなかった。
それなのに、今は話が自然と耳に入ってくる……。
前世と今世を合わせた年数が役に立っているのだろうか。
それとも、私自身が変わったのだろうか……。
「ユリカお嬢様……?」
座学が終わった後も、考え込んでいた私にサイラスさんが声を掛けた。
「ご、ごめんなさい!」
私は慌てて立ち上がった。
「相変わらずね……。何かに夢中になると、周りが見えなくなるのだから」
ルート嬢は呆れた声でそう言い、ため息をついた。
「この程度の座学なら、学園にいるときに聞いたことくらいはあるのでは?」
私たちの前の席に座っていた女性が、こちらを振り返って尋ねた。
「それとも、凡人たちには計り知れない何かがあるのでしょうか?」
……はっ!?
誰?
私、何かした……!?
ごめんなさい!
「はっ……! ユリカお嬢様の真意を知りたければ、まずは一番弟子である私に尋ねるべきではありませんか!」
いや、あなたの師匠は父ですよね……?
私ではありませんよ……。
「どうしました、アリサお嬢様? 淑女としては、あまりにも品位に欠けるのではありませんか……なんて、思ってしまいますわね?」
ルート嬢は、興味津々といった顔で相手を見つめた。
その表情は、以前、何となく私に向けていたものとよく似ていた。
……ルート嬢、楽しんでいませんか?
「ルート嬢の隣にいる貴女は、いったい何者なの?」
女性は私を指さした。
初対面の相手を指さすのは、前世ではいけないことだと教わりましたよ!?
「そうですわね~。名前は知っていても、顔まではご存じないようですわねぇ」
何だか楽しそうだ、ルート嬢……。
「無礼にも、ほどがあると思いますが!」
サイラスさんが一歩前に出た。
「ここは、私からご説明いたしましょう! このお方こそ、勇者……いえ、英雄として神託を受けた、王国騎士団副団長ハイデル公のご令嬢、ユリカお嬢様です!」
……いや、そんな大々的に紹介しなくても!
「そして、私こそがユリカお嬢様の一番弟子、サイラスです!」
弟子はやめてほしい……。
だって、私、あなたを弟子にした覚えなんてありませんよ……。
そうだ。今度こそ、はっきり伝えよう……。
「そう……。貴女が、あの……」
アリサ嬢は一瞬、驚いた表情を見せた。
しかし、すぐに気を取り直したように、私を見据えた。
「あのときの神託が本物かどうか、いずれ確かめさせてもらうわ!」
「あら、アリサお嬢様。随分と大きく出ましたわね」
ルート嬢は笑みを浮かべていた。
「私だって、たとえルート嬢に負けたことがあるとしても、近衛騎士団に所属する父の娘としての矜持がありますわ!」
アリサ嬢は、今度はルート嬢を指さした。
「はっ!? 近衛騎士団の……!?」
私は驚愕した。
上澄みの、さらに上澄みじゃない……!
「これは失礼いたしました! 近衛騎士団のお嬢様とは露知らず……」
サイラスさんは、深々と頭を下げた。
うん。その切り替えの早さ、将来出世するよ、貴方……。
「確かに、貴族である貴女はご立派な身分なのでしょう。でも、今は王国騎士団の見習いとして、私たちに何の差もありませんわ。それとも、ご自身の身分を主張する貴女の姿を目にしたら、お父上はどのようなお顔をなさるでしょうね。……まあ、想像はつきますけれど」
……これは絶対に嫌味だ。
この流れは、よくない……。
「あ、あのう……。申し遅れました。わ、私はハイデル公の娘、ユリカと申します! よろしくお願いします!」
私は素直に頭を下げた。
だって、この空気を変えたいんだよ……!
「ルート嬢のおっしゃるとおりですわ。改めて、確かめに伺います」
アリサ嬢は私を一瞥すると、講義室から立ち去っていった。
「相変わらずね……」
ルート嬢は、ぽつりとそう呟いた。
「彼女のお父上は、もともと王国騎士団の一騎士だったの。その頃、私のお父上から指南を受けていたそうよ。それから、近衛騎士団に推薦された際に、私のお父上を勧誘したらしいの。でも、お父上は身分のこともあって辞退なさったそうよ」
ルート嬢は、少しだけ表情を曇らせた。
「それでも諦めず、自らの公爵という身分を使って、王に嘆願したらしいわ。でも、お父上はその行為を諌め、何とか事を収めたそうよ」
「何と……そんなことが……」
サイラスさんは、何とも言えない神妙な顔をした。
「それまでは、家族同然のお付き合いができていたのだけれど……。あの方が近衛騎士団の団長になってから、すべてが変わってしまったわ……」
歴史も、登場人物も、知らないことばかりだ。
私、本当に何も知らない……。
でも、聞かなければいけない雰囲気くらいは、さすがに理解できる。
私だって、前世と合わせれば三十路を過ぎた大人なのよ!
「今は宰相も兼任している、タカナルカ·シンゴール公爵よ……。あの方が近衛騎士団長になってから、王国騎士団との関係もすべて変わってしまったの。そして、アリサお嬢様も……」
ルート嬢は席を立った。
「さあ、この後は鍛錬よ。確か、本日から組手をさせていただけるはずでしょう?」
そして、私に意味ありげな笑みを向けた。
「ユリカ嬢、良い機会ですわ。貴女の実力を見せてちょうだい!」
……いや!
そんな顔をされても、何もかもルート嬢の思いどおりになるとは限りませんよ!?
こうして、私の王国騎士としての日々は始まった。
前途多難だ……。




