現世編:異世界に行った私と残った家族
# エピソード16 残された想い
綺麗な顔をしていた……。
亡くなった娘を見た、最後の感想だった。
救急車で運ばれた娘に、救急隊員たちが必死に心臓マッサージと電気ショックを繰り返していた。
「何でだ! 嘘だ! なあ、先生、嘘だろう……」
全力を尽くしたと、医師は答えた。
分かっている。そんなことは!
「最後に、娘さんのお顔を見てください」
崩れ落ちた俺に、看護師が声を掛けた。
生きているように見えた。
顔には、何一つ怪我がなかった。ただ、耳からと後頭部から、ものすごい量の血が流れていた。
よく見ると、娘の顔は笑っていた。
俺は娘の顔を撫でながら、ずっと見つめていた……。
看護師から、この後に処置をするので退室してほしいと告げられた。
待合室に出ると、警察官が来ていた。
警察手帳を見せ、俺から状況を聞いてきた。
「申し訳ありません……」
警察官が気を使い、何度もそう繰り返してから、質問した、状況と俺が何をしてたか等…。
この後、娘は警察署に移送されるそうだ。
俺は家にいる妻に連絡した。
娘が亡くなったことを伝えると、妻は泣き叫んだ。
電話を切った後、救急窓口に帰ることを伝えようとしたが、職員はほかの人の対応をしていた。
その対応が終わるのを待ってから、最初に案内してくれた職員に声を掛けた。
「すいません……帰ります」
職員がこちらに対応しているところへ、高齢の男性が割り込んできた。
「さっきの場所、口頭じゃ分からんよ! 案内してくれ」
横暴な態度だった……。
「今、俺に対応してもらってるんだ。順番を待ってくれないか!」
声を荒らげた俺に、男性はたじろいだ。
「……ここは病院だぞ。そ、そんな態度はないんじゃないか」
俺は、いつの間にか拳で壁を殴っていた。
「バーン!」
男性職員が俺を宥めている間に、高齢の男性は何かぶつぶつと言いながら去っていった……。
俺は涙を流しながら、長いロビーを歩いた。
「すいません」
先ほどの男性職員が、後ろから声を掛けてきた。
「こちら、診察券です」
娘の名前が記された診察券を渡された。
「亡くなったのに! 診察券なんか、何に使うんだよ!」
俺は診察券を突き返した。
やり切れなかった。
娘がここにいたら、俺に怒るだろう……。
夜道を歩いていると、電話が鳴った。
「まだ帰って来られない?」
長男からだった。
学校が終わった頃、母さんから連絡があり、急いで家に帰ったらしい。家にいた母さんが、警察官からの聞き取りに対応してくれたそうだ。
今いる場所を伝えた。
家から三キロほどの距離だった。
「タクシーで帰ってきてよ」
「悪い……歩いて帰る」
「気を付けて帰って」
心配してくれている。
携帯を胸ポケットにしまうと、その周辺に血が付いていることに気付いた。
俺の拳から流れた血と、指先に付いていた娘の血だった……。
俺は泣きながら、帰路に就いた。
家では妻と息子が待っていた。
「もう、ユリカの顔は見られないの?」
妻が涙ながらに俺に聞いてきた。
「警察で検死をするまで時間がかかると聞いた。大丈夫になったら、警察から連絡があるそうだ」
俺も、込み上げてくる涙を止めることができなかった。
そのたびに、二人が俺を抱き締めてくれた。
午後十一時になり、警察から連絡があった。
警察署に着くと、霊安室に案内された。建物の外に一度出て、その先の奥へ進んだところにあった。
そこに、娘がいた。
妻は泣き叫び、娘の顔に縋り付いていた。
神妙な面持ちで、警察官から葬儀屋に依頼したほうがよいと告げられた。
その日は眠れなかった。
毎日飲んでいた酒も、飲む気になれなかった。
食事も取らず、泣き明かして朝を迎えた。
長男と話し合い、葬儀屋を決めた。
葬儀屋に依頼した後、娘の引き取りもお願いした。
今日の午後三時には、警察署に来てくれるそうだ。
俺は、たった一人の弟に連絡した。妻も姉に連絡をした。
その後、勤めている会社にも連絡を入れた。
それからは、食事をする気にもなれず、ただひたすら、娘が最後に書き置きした紙と、俺と妻に宛てた最後のボイスメールを何度も読み返し、聞き直した。
書き置きには、こう記されていた。
『ヒガンバナ、ありがとう! ラストまでCLIMAX』
ボイスメールには、こう残されていた。
『もう会えないかもしれない。今までありがとう。たぶん、また会えるかなって思う』
最後に……。
『私のために、死なないでね』
この言葉を遺して、娘は消えた。
俺が昨日、泣いた分まで……。
この後は、長男が泣き叫んだ。
「俺が悪かった! もっと話をしていたら……!」
俺と妻は、そんな息子を抱き締めた。
昨日は、俺ばかり泣いて済まなかった……。
長男が落ち着いた後、俺たちは警察署へ向かった。
俺の弟も来てくれて、一緒に葬儀屋へ行った。
葬儀屋の従業員から、今後の流れについて説明を受けた。
ところが、最初に聞いていた見積もりから、四倍以上の金額を提示された。
時折、薄ら笑いを浮かべる従業員の顔に腹が立った。
だが、隣に座っている息子が、俺の袖を引っ張った。
俺は、ひたすら我慢した。
最終的には、最初に聞いていた金額の倍で話がまとまった。
夜中になっても、結局眠れなかった……。
息子がようやく寝付いた後、妻が突然、泣き叫びながら壁に頭を叩きつけた。
俺はすぐに妻を取り押さえた。
「私は……悪いお母さんよ! お願い、ユリカ、帰ってきてーっ!」
俺は、いたたまれなかった。
俺ばかりが悲しみに沈み込んでいたが、妻もまた、気丈に振る舞ってくれていたのだ……。
斎場がいっぱいだったため、告別式は三日後に家族葬で行うことになった。
娘が遺骨となり、ようやく家に帰ってきた。
「お帰り……」
皆で口を揃え、祭壇に手を合わせた……。
それから翌日、ユリカの中学生時代の友達や、その母親たちが訪ねてきた。
その中に、娘と同じ趣味を持つ、中国生まれの日本育ちの友人がいた。
「ごめんなさい。私、ユリカちゃんからメールも来ていたのに、会うことができなかった……」
彼女は泣きながら、誰に言うでもなく話し始めた。
いろいろなことがあり、漫画家になる夢を諦め、今は美術の学校に通っているとのことだった。
俺たちは、娘が遺していった書き置きとボイスメールを彼女に見せ、聞かせた。
すると……。
「分かりました! 私!」
彼女は何かを理解したようだった。
俺と妻が顔を見合わせると、彼女は話し始めた。
「ヒガンバナは、中国にも縁の深い花で、別れや死を連想させることがあります。でも、そこには、また会う日への想いや、独立といった意味もあるんです……。
ボイスメールにも、もう会えないかもしれない、たぶんまた会えるかもしれないって……。
それから、『ラストまでCLIMAX』は、ユリカちゃんの好きなヒーローの決めゼリフです!
……行ったんだと思います。ユリカちゃんの好きな、向こう側へ……異世界転生」
そう言い切ると、彼女は祭壇の前へ向かった。
「頑張ってね! 私も頑張る。初作品は、ここに持ってくるから!」
そして、彼女は俺たちに一礼すると、帰っていった……。
きっと、もう一度夢を追いかけるために。
「パパ、分かったの?」
妻は、訳が分からないとした顔できょとんとしていた。
「ああ……分かったよ。クソ! 許さんぞ、ユリカ!」
「何! どうしたの?」
突然怒り出した俺に、妻が慌てた。
「何が『私のために死なないでね』だ! ふざけるな!」
この後、俺はしこたま酒を飲んだ。
今日は、よく眠れそうだ……。
ただ、夢でもいいから、娘に会いたいと思った。
だが、夢にさえ、娘は出てこなかった。
その後も、数年が経っても……。
そして俺は、六十五歳でこの世を去った。
そして、異世界に転生した――。




