異世界編:王国騎士団の新しい力と異世界の私2
# エピソード15 王国騎士団と英雄
朝が来た。
マスラ王国に比べ、北に位置するオデッサ城塞都市の朝は肌寒い。
「おはようございます」
起床後、身支度を整えていると、皆が挨拶を交わしながら順番に準備を進めていく。朝食を済ませた者は、すぐさま出立の準備に取り掛かっていた。
私とルート団長は顔を合わせると、互いに何も言わず、しばらく見つめ合った。
「ルート団長……ユリカ副団長……。いよいよですね」
サイラスさんが決意を胸に秘めた顔で、私を真っ直ぐに見つめた。
「はい……。必ず見つけましょう……!」
私は、その先を敢えて言葉にしなかった。
サイラスさんも、私の言いたいことを理解してくれている。それが分かっていたから……。
「ルート団長! 準備が整いました!」
サイラスさんの声が皆に聞こえると、こちらに向かってくる騎士たちの姿があった。
私たちが準備をしている間、悟られないように待機していただいた国境警備団の騎士たちだ。
「お初にお目にかかります。私は国境警備団所属の騎士、ケンと申します。以後、お見知り置きを。こちらはバネッサとリザベットです」
ケンさんの紹介に続き、二人も順番に敬礼をしてくれた。
皆、北国の厳しい環境で周辺警備に当たっているのだろう。雪焼けした顔を見れば、それがよく分かる。
ジャン団長殿から聞いていたとおり、北の国境を熟知している騎士たちなのだと理解した。
「この度は、我々の任務にご協力いただき、ありがとうございます」
ルート団長が礼を述べると、私たちも続いて敬礼した。
「それでは、僭越ながら、私どもが北の国境まで先導させていただきます」
ケンさんは馬に乗り、先導を務めてくれた。
私たちは、その後に続いて北の国境へと向かった。
道中、ケンさんが説明してくれた。
「ここから目的地までは、約二時間ほどで到着いたします。その先は山道になり、近辺に集落はありません」
「更に北へ向かうには、その山道を進むか、急斜面が連なる崖道を通るしかありません。その周辺には生い茂る樹木もなく、もし襲撃が起きたとしても、通常であれば事前に察知することは可能かと……」
あの事件を知る者ならば、誰もが抱く疑問だった。
「承知しました。我々も警戒を怠らずに参ります」
ルート団長はケンさんに礼を述べた。
その後、並走していた私に顔を向ける。
「リッキー教官の話のとおり、あの襲撃で敵が突然、闇の中から現れたという話は間違いない……。警戒を最大限に強める」
私は頷いた。
そのとき、こちらにリカメイさんがやって来た。
「団長、再三のお願いで申し訳ないが、私を先行させてほしい」
ルート団長はリカメイさんに目を向けた。
「リカメイ……。申し訳ないが、それはできないと何度も伝えたはずだ……。頼む、理解してほしい。もう誰にも犠牲になってほしくないんだ……」
「承知……」
リカメイさんは、すぐさま後方へ下がった。
私も、誰一人として犠牲にしたくない。
リカメイさんの実力なら、単独で死地を切り抜けることも可能だと頭では理解している。
それでも、仲間を危険にさらしたくないという気持ちは、私も同じだった……。
そして、私たちは北の国境にたどり着いた。
早速、野営地を設営する準備を始める。
その最中、リッキー教官が一人で山道の入口へと向かっていった。
私とルート団長は、ゆっくりとリッキー教官に近づいた。
「この山道の前だった……。あの黒いフードを被った男に出会ったのは……。あのとき、私はここで最後まで死地の中で戦い続けるはずだった……」
私たちは、後ろでただ佇むことしかできなかった。
「ルート団長殿。少しよろしいでしょうか」
ケンさんから声が掛かった。
私たちはケンさんに案内される形で、リッキー教官から離れた。
「申し訳ありません。どうしてもお伝えしたいことがありまして……」
「ご心配には及びません。ところで、お伝えしたいこととは?」
「はい。実は、報告書にも記載されていたと思いますが、行方不明者の数についてです。実際の行方不明者は、あの報告書に記された数字とは違うのです」
驚いた私たちに、ケンさんは頷いた。
「はい。あの報告書には、オデッサ城塞都市の民の行方不明者は二十八名と記されています。しかし、私たちは周辺警備を兼ねて、この国境を越えてくる者たちとも遭遇します。その中には、北にある他国から来る商人や、バンコラ王国のドワーフ族もいます」
ケンさんは、一度言葉を切ってから続けた。
「私たちは、そうした者たちから噂話を聞くことがあります。しかし、その内容は尋常ではありません。行方不明者の数が、数十人ではなく、数百人にも上るというのです……」
私たちは衝撃を受けた。
「ですが、旅人や酒飲みのドワーフたちの戯言だと思われることを危惧する、普段からの風潮がありまして……。正式な報告には含められておりません」
ケンさんは申し訳なさそうに頭を下げた。
「承知しました……。本当に、ただ事ではないようですね……」
私たちは、周辺調査のために数日間滞在することを伝えた。
「皆、準備が整いつつある。順番に食事と休憩を取るように。これから数日間、周辺調査に取り掛かる!」
ルート団長の指示のもと、私たちは早速、調査を開始した。
「ルート団長、私もお供します」
サイラスさんが申し出てきた。
そこへリカメイさん、リッキー教官、ケンさんも加わった。
まずは、皆から見える場所で山道の入口付近を見渡した。
「とてもではありませんが、待ち伏せには向かない場所ですね……」
本当にそう思う。
道の側面は絶壁で、真っ直ぐ見渡せる一本道だ。身を隠す場所もほとんどない。
そのときだった。
「あの感覚! 決して忘れるものか!」
突然、リッキー教官が私たちの前に飛び出した。
すると、何もなかったはずの空間に、夜ならば闇に紛れてしまいそうな、真っ黒な空間が生まれた……!
「誰かと思えば、あのとき、這々の体で逃げ出した無能ではないか……」
空間から、黒いフードを被った男が姿を現した!
私たちは一斉に抜刀し、身構えた。
リッキー教官が土魔法を放ち、岩の槍を撃ち出す!
しかし、黒いフードの男に当たったはずの岩槍は、その身体を素通りしてしまった!
「何っ!」
皆が驚愕した。
「あの無能にしては、判断が早いな。お前も、なかなか良い素材になりそうだ……。よし、皆、素体はできるだけ綺麗に残せよ」
黒いフードの男はそう言い放つと、自ら真っ黒な空間へと溶け込んだ。
その直後、後を追うように数十体もの魔物が出現する!
野営地を設営していた場所からも、ほかの騎士たちのどよめきが聞こえた。
リッキー教官のアースランスを皮切りに、皆がそれぞれ魔物の撃破に取り掛かる!
「皆! 敵襲だ! できるだけ隊列を組み、的確に対応しろ!」
ルート団長が指示を飛ばす。
私たちも魔物を撃破しながら後方へ下がり、体勢を整えた。
周囲を見渡すと、多種多様な魔物が大挙して襲い掛かってくる。
百体には満たないものの、真っ黒な空間から次々と現れ、四方八方を埋め尽くしていった。
「塵芥め!」
ルート団長のスキルが発動する!
突如として現れた無数の刃が、四方から魔物を斬り刻んだ!
続いて私も魔法を放ちながら、体術と剣を駆使して一体ずつ撃破していく。
サイラスさんも剣術で魔物を捌いていった。
カーラさんは、怒涛の勢いで次々と魔物に臓器の花を咲かせる!
アリサ嬢は双剣を振るい、疾風の如く魔物を斬り刻んでいった。
その後をロイさんがハンマーを振り回し、魔物を叩き潰しながら追い掛けようとするが、アリサ嬢はロイさんから距離を取っていく。
「待ってくださ~い、御嬢!」
そこへレイシーさんがアリサ嬢の横に並び、光の粒子を撒き散らした!
光に触れた魔物たちが、次々と蒸発していく。
そして、轟音とともに炎の槍が飛来し、周辺の魔物たちを焼き払った!
「アリサ嬢! 単独行動はなしだぜ!」
ドンディさんだ!
皆の奮戦によって、魔物の数は次々と減っていく。
そのとき、再び真っ黒な空間から黒いフードの男が姿を現した!
突如として岩壁が出現し、男を覆い被さるように襲い掛かった!
「これなら、どうだ!」
リッキー教官の魔法による攻撃だ!
しかし、黒いフードの男は別の真っ黒な空間から再び姿を現した。
「皆、なかなかの上物だな……。よろしい。使うつもりはなかったが、こんな機会は滅多にない」
奴が右手を上げると、四方から新たな魔物が現れた!
鹿のような脚を持ち、牛の髑髏のような面を被った魔物……。
あのときの!
デーモン!
「あの魔物です! 最近出没する新種の!」
ケンさんが叫んだ。
「では、私は今度こそ失礼する……。さらばだ」
「待て!」
リッキー教官がアースランスを放った!
しかし、岩槍は虚しく空を貫くだけだった。
奴は消えたのだ。
そして、約八体のデーモンが一斉に私たちへ飛び掛かってきた!
「喰らいなさい!」
ルート団長のスキルから、数十もの斬撃が放たれる!
しかし、デーモンたちはそれを難なく躱し、ルート団長へと迫った。
私とリカメイさんも追撃するが、こちらの攻撃も躱されてしまう。
速い!
皆もデーモンの攻撃に、防戦一方だった。
「くそっ! 当たらない!」
サイラスさんが苛立ち、突進した。
その先で、デーモンが反撃に転じる!
「行け! 白虎!」
サイラスさんを襲ったデーモンに、白い虎の幻影が飛び掛かった!
デーモンは真っ二つに噛み砕かれ、その場に崩れ落ちた!
「これで、あと一撃しかない……」
野営地に停めてあった荷馬車から、ショタ眼鏡……いや、シュウレイが顔を出した。
しかし、すぐに荷馬車の中へ隠れてしまった。
残るデーモンは七体。
皆の技も魔術も、まったく当たらない。
「皆! 私が殿を務める! 撤退してくれ!」
リッキー教官が叫んだ。
「それはできません!」
ルート団長が訴える。
「何を言うか! 騎士団の長が、状況を弁えんでどうする! 今は何が優先か、よく考えろ!」
「団長! ここは……」
サイラスさんも、思い詰めた表情で進言した。
「……分かりました。皆、撤退の準備を!」
ルート団長は断腸の思いで命令を下した。
私は、その場に佇み、何かを思い詰めていた……。
「ユリカ副団長も、早く!」
サイラスさんが声を掛けてきた。
しかし、私は動かなかった。
何がヒーローだ!
先に必要なのは、勇気だろう!
私は決めた!
ヒーローになる!
本当の、ヒーローに!
「変身!」
「炎のメンタル!」
“FIRES!! MOTION!!”
どこからともなく、派手な音と声が響き渡る!
私の全身が光り輝き、赤一色のコスチュームへと変わった。
「ユリカ! やっつけて!」
ルート団長が叫ぶ!
私の足元が爆発した!
その勢いを利用して、一気に飛び出す!
流星の如く炎を纏った拳を、デーモンの横っ面に叩き込んだ!
横っ面が爆発し、髑髏が粉砕されて吹き飛ぶ!
「ルート嬢!」
私の叫びに、ルート団長が応える!
「分かってるわよ!」
ルート団長のスキルによって空間から放たれた斬撃が、デーモンにとどめを刺した!
「次!」
突然の出来事に戸惑うデーモンたち。
私は炎を纏った旋風脚を叩き込み、五体をまとめて滅却した!
さらに着地すると、再び足元を爆発させて飛び出す!
残る一体へと迫り、炎を纏った手刀を頭上から振り下ろした。
その一撃は、デーモンの頭から身体を真っ二つに斬り裂いた!
残る一体が逃げ出そうとする。
「行け! 朱雀!」
炎を纏った鳥の幻影が、デーモンの脚に直撃した!
飛び上がろうとしたところで体勢を崩し、地面へと叩き落とされる。
そこへ、カーラさんが踏み込んだ!
「チェストーッ!」
渾身の一撃が叩き込まれ、デーモンは跡形もなく粉砕された!
私は変身を解き、皆のもとへ向かった。
「ユリカ嬢、やっちゃったね……」
真っ先に私を迎えてくれたルート団長が、呆れたように呟いた。
「今のは……ユリカ副団長……」
サイラスさんが呟く。
「勇者……」
リカメイさんが息を呑んだ。
「いや……英雄だ」
リッキー教官が、そう言った。
そして――。
「英雄の誕生だ!」
歓声が沸き起こった!
それから私たちは、一度オデッサ城塞都市へ戻った後、マスラ王国へと帰還した。
その後、私は王国騎士団副団長の座を降り、英雄となった。
この話は瞬く間に広まり、他国にも伝わっていった。
それから一年後――。
東のマスラ王国へと続く街道にて。
「オイ! 降りろ!」
乗り合いの荷馬車で街道を進んでいたところ、盗賊に襲撃された。
俺は盗賊に脅され、仕方なく荷馬車から降りた。
盗賊の前に立つと、奴は俺を見上げて叫んだ。
「でけえ……!」
お前が小さいんだろ。
小汚ねえ盗賊だな。匂いが堪らねぇ。
一昨日、水浴びした俺は大丈夫だ……!
「オイ! 身ぐるみ全部置いていけ! 言うことを聞けば、命は取らねぇ!」
盗賊のいつもの台詞だ。
信じるわけねぇだろ……。
「悪いことは言わんから、兄ちゃん、従いなさい……」
この荷馬車の持ち主の爺さんが、心配そうに声を掛けてきた。
兄ちゃんって……前世と合わせたら、アンタより年上だと思うんだが……。
「オイ! いつまで、すっとぼけてるんだ!」
うるせぇなっと!
“バッシーン!“
俺は目の前の小汚ねぇ盗賊を蹴り飛ばした。
すると、周りにいた盗賊たちが一斉に俺を取り囲んだ。
まぁ、六人か……。
「ふざけやがって!」
一人が斧を振りかざして斬り込んできた。
俺はそれを躱すと、先ほど蹴り倒した盗賊から短剣を掻っ攫い、相手の首元に突き刺した。
まず一人。
次は二人が一斉に古びた剣で斬り込んできた。
二人の斬撃を躱し、一人に足払いを掛けて転ばせる。
その手から剣を取り上げ、もう一人に袈裟斬りを叩き込んだ。
二人目。
鈍い斬れ味だ。役に立たねぇな、このボロ剣。
俺は倒れている盗賊の後頭部に剣を突き刺し、すぐさま引き抜いた。
そして、向こうから斧を振りかざして斬り掛かろうとしていた盗賊に向かって投げつける!
斧が、叫びながら口を開けていた盗賊の口の中に見事に命中した!
合わせて四人目。
俺は、そいつの手から離れた斧を拾い上げ、立ち竦んでいた盗賊に投げつけた。
斧が頭に深々と突き刺さる。
五人目。
「オイ! テメェ! この爺を殺すぞ!」
爺さんの首元に短剣を翳したのは、さっき蹴り飛ばした臭ぇ盗賊だった。
風呂に入れ。娘に嫌われるぞ……。
「た、助けてくれ……!」
仕方ねぇか……。
その瞬間、背後に回り込んでいた残りの盗賊が、俺の背中に剣を突き刺した!
痛いなぁーっ!
何で、その剣だけまともなんだよ!?
俺は、そのまま前のめりに倒れ込んだ。
「ざまぁねぇ! 俺たちに逆らうからだよ!」
倒れた俺を見た爺さんは、悲痛な顔を浮かべた。
「そ、そんな……」
俺を刺した盗賊は、倒れた俺を踏みつけながら叫んだ。
「頭! この剣、最高でっせ!」
「良い物を持ってるじゃねぇか、爺よ」
その瞬間――。
「あがっ!?」
剣を持った盗賊の首が、突然、あらぬ方向へ曲がった!
盗賊は絶命し、そのまま前のめりに倒れた。
「ズシン!」
「どうした!」
こちらへ走ってきた盗賊の頭目。
俺は、斬れ味の良い剣を拾い上げると、臭ぇ盗賊の首を斬り落とした。
本当の頭にしてやったぜ。
驚愕した爺が…。
「あ、アンタ! さっき刺されて……!」
傷は、すでに塞がっていた。
「気にするな。よくあることだ。それより、早くマスラ王国に行かねぇとな……。あと、この剣、借りたぜ。なかなかの上物だな」
「いや、命の恩人だ。その剣は使ってくれ」
それから俺は、盗賊たちの持ち物を漁り、金品や道具を頂戴した。
戦利品ってやつだ。
「まったく、罰当たりな……」
「神さんより、俺は妻さんのほうが怖ぇよ」
俺は荷馬車に乗り込んだ。
「ところで、お前さん、何しにマスラ王国へ? もしかして、英雄様を一目見に行くのかい?」
荷馬車に揺られながら、俺はため息をついた。
「そんなところだ……と言いたいところだが、娘のケツを蹴飛ばそうと思ってな……」
「何じゃ、そりゃ……?」
爺さんは首を傾げた後、ハハッと笑った。
「まぁ、いい。マスラ王国までは、まだまだ遠いぞ。途中の街で宿を取って、それから次の馬車を探すといい。何せ、二月は掛かるからな」
「今さら、気長に行くさ……。何十年と待ったからな」
「そうか……。何か年寄りみたいなことを言うのぉ。まぁ、いい。行くぞ!」
荷馬車は、マスラ王国へ向けて走り出した……。




