7話 ざっくりな特訓と天性の才能
「――というわけで! まずは、魔力操作の特訓を始めるわよ!」
放課後、人通りのない学園の裏山。
私は腕まくりをし、目の前に立つリリアに向き合った。
「まずは準備運動として、この裏山を二十周走りましょう!」
「待ってジゼル。なんで魔力の特訓で、真っ先に筋肉を限界まで追い込もうとしてるの?」
「何言ってるのフェイラン! 筋肉疲労の先にこそ、真の魔力の目覚めがあるのよ!」
「絶対にないよ。ただの筋トレだよそれ」
「は、走り込みですね。がんばります……!」
呆れ顔のフェイランを横目に、リリアは律儀に走り出そうとしていた。
私は慌てて彼女の肩をつかんで、その動きを制止した。
「ごめんなさい! 今のは冗談! ……まずはリリアさんの魔力の流れを見させてね」
リリアの背中にそっと手を当て、私の魔力を微量だけ流してみる。
案の定、彼女の体内の魔力回路は、不自然によどんでいた。
(やっぱり……! 実戦経験がなさすぎて、回路が固まっちゃってるんだわ)
私は自身の手に魔力を集め、彼女の背中を押すようにぐっと力を込める。
「リリアさん、ちょっと痛いかもしれないけれど我慢してね!」
「え? あ、はい――ひゃっ!?」
私はリリアの背中の中心に向かって、自身の魔力を一気に打ち込んだ。物理的かつ魔力的な『喝』を入れたのだ。
「そこっ! こう! ここが、詰まってる!」
「ジゼル? ちょっと力技が過ぎるんじゃ……」
フェイランがため息をつきながらその様子を見ていると、リリアの体からふわりと風が吹き抜けた。
よどんでいた魔力回路が一気に流れ始め、澄んだ光の魔力が全身巡っていく。
「あ……すごいです……! 体がすごく軽くて、ぽかぽかします……!」
「よし、これで通りは良くなったわ。次はコントロールね!」
「はいっ! どうやればよろしいでしょうか!」
目を輝かせるリリアに、私はドヤ顔で秘伝の極意を伝授する。
「いい? 魔力をギュッと集めて、それを胸でクルクル! そこから指先に向かってスコンというイメージよ!」
「なるほど……!」
「いや待って、何ひとつ理解できないんだけど? リリアさん、今のは魔力を組み立てる方法だよ。眠っている魔力に語りかけて、徐々に体内でまとめていくといいよ」
フェイランは、私の指導がおかしいとでも言うように頭を抱える。
リリアはというと、真剣な表情で自身の胸に手を当てた。
「体の奥底から魔力を収束させて……心臓のあたりで練り上げる。それを指先から放出する……!」
リリアが指先を天に掲げると、そこから放たれた光があふれ出た。
「……え?」
私とフェイランは絶句した。
「……あ、あの、こういう感じでしょうか……?」
上目遣いで尋ねてくるリリアに、フェイランが信じられないものを見る目でツッコミを入れる。
「なんで今の指示で理解できちゃうの? 君、ジゼルと会話の波長が合いすぎでしょ」
「ジゼル様の指導、とても分かりやすかったです! 教えるのがお上手なのですね……!」
「ふ、ふふ……実は、そうなのかしら?」
「……はぁ。いや、まあジゼルの教え方はめちゃくちゃだけど……一を聞いて十を理解するなんてね。リリアさん、君の魔力適性とセンスは本物だよ。素晴らしい才能だ」
フェイランは呆れたように首を振りつつも、リリアに向かって優しく笑みを投げかけた。
見目麗しい王太子からのまばゆい笑顔に、リリアは頬を赤く染める。
「お褒めいただけるなんて光栄です……! フェイラン様の助言も、すごく分かりやすかったです!」
「俺は何もしていないよ。君が努力家で、筋が良いからだ」
和やかに微笑み合い、楽しそうに会話を交わす二人。
恋愛小説の挿絵のように、絵になる光景だった。
(……あれ?)
それを見た瞬間、胸の奥がざわめくような妙な気分になった。
(なんだろう、このモヤモヤ感は……)
二人が仲良くするのは良いことだ。
しかし、それを肯定すればするほど、すっきりしない心地が広がっていく。
「ん? ジゼル、どうしたの急にそっぽ向いて」
「な、なんでもない! さあ特訓の続きよ! 次はドカンといくわ!」
「ジゼル様! よろしくお願いいたします!」
自分の胸の中に芽生えた小さな引っかかりをごまかすように、私は声を張り上げる。
このわずかな杞憂は数日後、まさかの『婚約破棄』という形で霧散することになった。




