26話 災厄の心配と、毒殺騒動
私は一人、静かなテラス席で深くため息をついていた。
(フェイラン……あなたは本当に、あのゲームに登場した『災厄の王』の正体なの……?)
フェイランの様子は、いつもと変わらない。
私が声をかければ優しく微笑み、耳がとろけるような甘い声音で話しかけてくれる。
(だけれど……。この前のケヴィンの事件で知ってしまった。彼は、本当はとても壊れやすくて、不安定な心を持っている……)
フェイランが世界を滅ぼす存在になんてなるわけがない。
心の底ではそう信じたかったけれど、あの時の彼は人間を殺すことに対して何の一瞬の躊躇もなかった。
そして、あの暗く重い、狂気の感情を露わにしていたのだ。
(災厄の王については、ゲームの中でもろくな情報がなかった。立ち絵もボイスもなく、ただテキストが淡々と流れるだけ。彼と決まったわけではないけれど、もしも……)
もしフェイランが本当に覚醒して世界を滅ぼす道を選んだとしたら。
彼に立ち向かう光の力を持つリリアを、その手に掛けるかもしれない。
(そんなの駄目よ! リリアのためにも、そして何よりフェイラン自身のためにも……今ここで立ち止まっている場合じゃないわ!)
最悪のシナリオが、次々と脳裏をよぎっていく。
焦りばかりが募り、私は思わず抱え込んだ髪をぐしゃぐしゃにかき乱した。
「でも、どうしたらいいの!? さっぱり何も思いつかないわ……!」
「何をそんなに一人で悩んでいるのかな、ジゼル?」
「ひあああ!?」
突如として頭上から降ってきた声に、私は情けない悲鳴をあげ、椅子の上で跳び上がってしまった。
振り返るとそこには、紺色の美しい髪を流し、煌めく紅玉の瞳で私を見つめるフェイランが立っていた。
「フェ、フェイラン……! いつの間に来ていたの……?」
「はは、そんなに驚かなくてもいいじゃないか。それで、一体何を考え込んでいたんだい?」
「い、いや、別に何も……!」
あなたが一歩間違えれば世界を滅ぼす闇の王になりそうだから心配していた。
なんて本人に言えるはずもない。
慌てて視線を泳がせる私を、フェイランはどこか不審そうな瞳で見つめてくる。
「ふうん……まあ良いけれど。ああ、お茶が冷めてしまったかな? 新しいのに淹れ直してもらおうか」
「大丈夫よ! 私、これくらいぬるくなった方が好みなの!」
自分の動揺を誤魔化そうと、私はテーブルの上に置かれたすっかり冷めきった紅茶のカップに手を伸ばした。
かすかな温もりと、豊かな香りが鼻腔をくすぐる。
そのまま口をつけようとした時だった。
「……待って、ジゼル」
口をつけるよりも早く、フェイランが目に見えない速さでカップを奪い去っていた。
「え、フェイラン? どうしたの……?」
驚いて見上げる私の視線をよそに、彼は無言のまま手元のカップへと冷たい眼差しを注いでいる。
長いまつ毛を伏せ、しばらく液体を観察していたフェイランは、何を思ったのかその紅茶を一口だけ口に含んだ。
「……なるほどね。とうとう学園の内部にまで手を伸ばしてきたか」
「な、何のこと……?」
「この紅茶に毒が入っているよ。それも、死に至るようなかなり強烈なやつがね」
「……えええええ!?」
飛び出したあまりに不穏すぎる単語に、私は弾かれたように立ち上がった。
彼の持つカップを見てみるものの、私にはどう見てもただの普通の紅茶にしか見えない。
「な、なんで!? なんでそんな物騒なものがこのカップに入っているのよ……!?」
「刺客の狙いは俺を毒殺すること……いや、ジゼルに毒を飲ませて人質に取り、解毒薬と引き換えに俺に自決を要求するつもりだったのかもしれないな」
「じ、自決……!? って、ちょっと待ってフェイラン! あなた、今その毒入り紅茶を飲んだわよね!? 平気なの!?」
「俺の持つ闇の魔力の影響かな、こういう毒物の類は基本的に効かないんだよ。……まあ、少しだけ舌先が痺れるけれどね」
なんてことない世間話でもするかのように、フェイランは舌を出して軽やかに肩をすくめてみせた。
だが、彼の放った言葉や状況は、どう考えても尋常ではない。
「ごめんね、ジゼル。俺のせいで、一歩間違えれば君にまで危険が及ぶところだった」
「そんなこと気にしている場合じゃないでしょ! フェイラン、一体何が起きているの!? 私にも分かるように説明して!」
「はは、そんなに難しい話じゃないさ」
フェイランは手にしたカップを、無造作に放り投げた。
放物線を描き、カップは芝生の上で、液体を撒き散らしながら転がっていく。
「俺をどうしても殺しておきたい第二王子派が……本格的に動き出した、というだけの話だよ」




