21話 襲いかかる精神干渉魔法
「はぁ……」
私は重く深いため息をつきながら、放課後の静かな廊下をトボトボと歩いていた。
「フェイランの言う通り、大人しくしているんだったわ……」
あの大混乱の放課後以来、ケヴィンとは気まずさから顔を合わせられていない。
リリアに話を聞いてもらおうにも、「私がジゼル様の尊い恋路をお守りします!」と瞳を輝かせて意気込むばかりで、全く取り付く島もなかった。
「でも、このまま放置するわけには……っ」
二人を引っ掻き回すだけ引っ掻き回しておいて、そのまま放置するのはいくらなんでも無責任すぎる。
けれど、険悪になってしまった二人の仲をどうやって修復すればいいのか、皆目見当もつかない。
「フェイランがいてくれたら、何か良いアドバイスをくれたのかしら……」
ぽつりとつぶやいて、私は首を大きく横に振った。
彼の優しさに甘え、何から何まで頼り切ってしまうのは彼に対してあまりに失礼で迷惑な話だ。
この大失態は、自分自身の力でどうにか解決しなければならない。
「ジゼル先輩!」
突然、背後から聞き慣れた声が響いた。
振り返ると、廊下の向こうから薄桃色の髪を揺らし、ケヴィンがまっすぐに駆け寄ってくる。
私の前で足を止めると、肩を大きく上下させながら、どこか切迫した様子で口を開いた。
「あの、ジゼル先輩……! 僕、どうしても先輩にお話ししたいことがあるんです!」
大きな紫色の瞳を潤ませ、ケヴィンはすがるように私を見上げてくる。
「ケヴィン……! 私も……あなたに会いたいと思っていたのよ。良かった、もう二度と話してもらえないかと心配していたの」
「ジゼル先輩……も、ですか?」
「ええ。あのね、この前のことなんだけど――」
「……待ってください! ここは人目が多すぎます。……演習場へ移動しましょう。そこなら落ち着いて話ができますから」
「え、演習場に? あなたがそれでいいなら、そうしましょうか」
確かに放課後の演習場なら人気もなく、静かに話すには格好の場所だ。
私は彼にうながされるまま、校舎の外れに位置する演習場へと足を運んだ。
夕陽が朱色に染め上げる演習場には人の気配がなく、静寂だけが辺りを支配していた。
「……この前は本当に申し訳ありませんでした。僕が余計なことを言ったせいで、リリアさんを怒らせてしまって……」
「いいえ、ケヴィンやリリアのせいじゃないわ! 全部、私の見通しが甘かったせいなの。迷惑をかけてしまってごめんなさい。私がちゃんと間に入るから、リリアとこれからも仲良くしてほしいの」
「それは……もちろんです。……でもその前に、ジゼル先輩にどうしてもお伝えしたい大切なことがあるんです」
「……私に?」
演習場の中央にたたずむケヴィンを見つめ、私は首をかしげた。
彼の紫色の瞳が、夕陽の光を受けて今までに見たこともないほど重く真剣な熱を帯びている。
「ジゼル先輩のことが好きです! 僕と……お付き合いしていただけないでしょうか!?」
「…………ええええ!!?」
予期せぬ衝撃告白に、私は思わず後方へ飛び上がっていた。
耳を疑ったが、聞き間違いではない。
ケヴィンはリリアではなく、この私に向かって愛の告白をしている。
「僕は、大魔導士の子孫でありながら何の役にも立たない凡才です。……でもジゼル先輩だけは、僕の中にしかない価値を見出してくれました。それが涙が出るほど嬉しかったんです……。いつの間にか、先輩のことがもっと知りたくて、僕だけのものにしたくなっていました」
「そ、そんな! 私たち、まだ会って数日でしょう!? 何かの間違いじゃ……」
「時間なんて関係ありません! ジゼル先輩、僕は本気なんです!」
私が飛び退いた距離を詰めるように、ケヴィンが一歩ずつ、逃げ場をなくすように歩み寄ってくる。
彼の勘違いだと、誤魔化すことは不可能だ。
彼はリリアではなく、私に明確な恋慕を向けている。
「待って、ケヴィン……!」
私は両手をかざして彼を制し、現実から目を背けるように後ずさる。
「ごめんなさい……。あなたの気持ちには、応えられないわ!」
罪悪感にさいなまれながらも、私は彼の瞳を正面から受け止め、毅然と拒絶の言葉を突きつけた。
その言葉が彼に届いた瞬間、ケヴィンの瞳から光が失われ、顔が痛々しいほどに歪む。
「それは……やっぱり、あのフェイラン殿下がいらっしゃるからですか……?」
「……ええ。そうよ」
頭の中に、からかうように強引で、けれど誰よりも近くで私を見守ってくれるフェイランの微笑が浮かぶ。
心から愛している人は誰かと問われれば、答えはただ一人。
間違いなく彼だ。
「私は……フェイランが好きなの。だから、ケヴィンの気持ちを受け取ることはできない」
「そうですか……」
ケヴィンは今にも泣き出しそうな、あまりにも悲痛な表情でうつむいた。
推しキャラをこれほど悲しませている事実に、胸が引き裂かれそうになるが、これだけは絶対に譲れない。
「なら……こうするしかありませんね」
「え……っ?」
ケヴィンの身にまとう魔力が揺らぐと同時に、指鳴りの音が響いた。
――キン――!
「う……あ……っ!?」
音が鼓膜を叩いた瞬間、脳みそを揺さぶられたかのような衝撃が襲った。
一瞬で体のバランスが狂い、視界がぐらりと歪んで、立っていられずにその場へ崩れ落ちる。
「う、ぐ……! これ、は……っ!?」
「これは、僕が最も得意とする精神干渉の魔法です。……意識を保っていられるなんて、さすがはジゼル先輩ですね」
「精神……干渉……!? それは……国で禁じられている……魔法じゃ……!」
「はい。我が家系でも固く使用を固く禁じられている、禁忌の術です。……ごめんなさい、ジゼル先輩」
目の前で悲しげに微笑むケヴィンと、突如として襲った異常な事態に、思考がうまくまとまらない。
原作ゲームの知識をどれだけ引っ張り出しても、ケヴィンが精神干渉魔法の使い手だなんて情報はどこにも存在しない。
こんな非道な手段を取るようなキャラでは、断じてないはずだ。
「ケヴィン……どうして……こんな……っ!」
「フェイラン殿下と比べれば、僕とジゼル先輩が過ごしてきた時間はあまりにも短すぎます。それなら――」
指を動かすことすら叶わない私の元へ、ケヴィンがゆっくりと歩み寄ってくる。
見上げる彼の顔には、可愛らしい面影を覆い隠すほどの、悲壮な覚悟が宿っていた。
「ジゼル先輩。あなたの記憶を……あのフェイラン殿下と積み重ねてきたすべての記憶を、僕の手で消させてもらいます」




