2話 幼馴染の王太子による公爵令息への断罪
「……フェイラン!? なんでここに!?」
思わず叫んだ私に、フェイランは肩をすくめた。
「この国に、今日から留学しに来たんだよ。そしたら君が困っているみたいだったから……助けに来たんだ」
「助け……?」
「噂くらい俺の耳にも入るさ。侯爵家のジゼルが、強さを盾を脅す悪女になったってね。……はは、脳筋の君がそんな器用な真似できるわけないのに」
「失礼ね! 私だってその気になれば……」
彼のからかいに応じつつ、私の胸は温かさで満ちあふれる。
フェイランは、私が腕を鍛えるため、幼い頃に隣国の武術を学びに行ったとき出会った。
少年ながら、すでに騎士団で活躍していたフェイランは、私に剣を教えてくれたのだ。
年の近い私たちはすぐに意気投合し、今のように冗談を言い合える仲になっていた。
「でも王太子であるあなたが、なぜわざわざこの国へ留学を? 隣国の学園じゃ駄目だったの?」
「それは……ジゼル、君がいたからだよ。君に会うため、国の重鎮を説得してこの学園に来たんだ」
「え、私? 何で?」
「……君のその鈍いところも好きだけれど、さすがにそろそろ気づいてほしいな……」
私が疑問符を浮かべていると、フェイランはなぜか切なそうに顔を曇らせる。
体調でも悪いのかと、心配になって手を差し伸べた時。
「おい、ジゼル!」
振り向くと、顔を真っ赤にしたアリックが、ドカドカと足音を荒らげながら近づいてきた。
さらに、取り巻きの貴族令息まで引き連れて、こちらへ無遠慮に歩いてくる。
「僕の求婚を蹴っておいて、今度は隣国の留学王子に媚びを売っているのか!? まったく、どこまで浅ましい女なんだ!」
アリックの怒声が中庭に響き渡ると、取り巻きたちもニヤニヤと面白そうに私に視線を向ける。
「皆のもの! このジゼルという女は、私や他の生徒を陰で脅迫していた邪悪な女だ!」
「……はあ……?」
「僕がその悪行を諌め、情けとして婚約を打診してやったというのに……。反省するどころか僕を罵倒し、あげくの果てに他国の王太子様にすり寄るとは。っは! もしや、我が国の機密を売ろうとしているのではないか!?」
捏造だらけの発言に、私は思わず呆然としてしまった。
アリックは自信満々に胸を張り、周りの取り巻きたちも、わざとらしくどよめき始める。
だが、だしにされたフェイランは慌てる素振りを見せないどころか、くすりと楽しそうに笑い声を漏らした。
「やあ、アリック公爵令息。……君のその赤子より下手なお芝居、そろそろ終わりにしてもいいかな?」
「な、なんだと……!? 他国の王子とはいえ、気安く口を挟まないでください! これは我が国の、そしてこの学園の規律に関わる問題なのです!」
「……規律、ねえ」
フェイランは紺色の髪を優雅になびかせ、アリックたちの前へ歩み出る。
すると、懐から紋章が刻まれた白い封筒を取り出した。
「君が言う、ジゼルが脅迫したという件だけど。……ここに、君が学園内の生徒を買収した証拠がここにあるんだよね」
「な……っ!? な、なにを言っているのです、そんなもの――」
「ああ、ごめん。……証拠をちゃんと見せてあげないとね」
フェイランはアリックの言葉をさえぎり、冷ややかな笑顔のまま、封筒の中から取り出した一枚の紙を掲げた。
「『ジゼルの悪評を広めれば、公爵家の権力で考査テストの加点を約束する』。……へえ、わざわざアリック公爵令息の直筆とはね」
「そ、そんなもの捏造に決まって……!」
「筆跡鑑定も、筆者の魔力残滓を調べる特定作業も済ませてあるよ。もう言い逃れはできないね」
「う、嘘だ! 他国の王子が、我が国の公爵家に濡れ衣を着せるつもりですか! 父上が、この国が黙っていないでしょう!」
アリックが歯を食いしばって顔を歪ませ、見苦しいほどに叫び散らす。
フェイランの紅玉の瞳は、虫けらを見るように冷淡な光でそれを見下ろしていた。
「ああ、安心しなよ。公爵家の権力を悪用して、無実の侯爵令嬢を陥れようとした証拠は、今朝に国王陛下と公爵閣下、そして学園長のもとへ提出しているよ」
「は……? こ、国王陛下と……父上……学園長に……?」
「ちょうど今頃、学園からの永久追放処分が決定した頃かな。……廃嫡にならないよう、せいぜい祈っておきなよ」
フェイランが唇を吊り上げると同時だった。
騒然とした空気が収まらない中庭へ、公爵家の家紋をつけた騎士たちがなだれ込んできた。
「アリック様! 公爵閣下のご命令により、あなたを拘束する!」
「ひっ……!? や、やめろ! 離せ!」
公爵家の騎士隊長がアリックの腕を縄で縛り上げる。
先ほどまでの尊大な態度はかなたに消え去り、アリックは涙に顔を濡らしながら地面を這いつくばった。
「僕は公爵家の長男だぞ! ジゼル、助けてくれ!」
「はあ? 何言っているんですか。あなたのせいだとは思っていたけど、まさか買収まで行っていたなんて……!」
「ぼ、僕が悪かった、愛人は作らない! 君が一番だ! だから父上に口添えを……がッ!?」
私にすがりつこうとしたアリックの顔面に、フェイランの足蹴りが叩き込まれた。
「汚らしい口で、気安く彼女の名を呼ぶな。身のほどを知れ」
吹雪のように凍てついたフェイランの声。
その声音に、アリックだけではなく、周りの騎士たちですら怯えて震えている。
アリックは断末魔のように言い訳をわめき散らしながら、文字通り引きずられて中庭から連れ去られていった。
「さて、これで終わりかな。案外あっけなかったね」
波が引いたように騒動が収束すると、フェイランはくるりと私の方へ振り返る。
冷然とした顔ではなく、記憶の中にある通りの軽い笑みを浮かべていた。
「邪魔者は消えたよ、ジゼル。……ここは騒がしいね。校舎裏にでも移動しようか」
「え? あ、うん……」
大勢の生徒たちがまだざわついている中、私はフェイランに手を引かれるまま、静かな校舎裏へと移動した。
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