1話 悪女にされた日
「……自分の破滅よりヒロインの運命のほうがやばい!?」
ベッドの上で叫んだのは、六歳の私だった。
私が前世を思い出したのは、うららかな日差しが降りそそぐ春のことだった。
頭の中に蘇ったのは、ここが前世でやり込んだ乙女ゲームの世界であり、私がヒロインをいじめて最後に破滅する悪役令嬢――侯爵家の長女、ジゼルであるという事実だった。
私は、ゲームのシナリオに対する怒りで震え上がった。
このゲームの本当の主人公は、世界で唯一の光属性の魔力を持つ平民の少女だ。
「彼女は……学園で試練を乗り越えながら、最終章で世界を滅ぼす『災厄の王』と戦わされる……」
そして見事勝利を収めたエンディング。
彼女を待っているのはハッピーエンドではない。
災厄の王が最期に放った死の呪いを受け、攻略対象と結ばれた直後、余命幾ばくもない体になってエンドロールを迎えるのだ。
「あんまりじゃない!? あんなに可愛くて健気な女の子が、世界を救った末に余命数ヶ月とか……!」
胸を痛めた私は、体を震わせながら固く手を握り締めた。
(私の断罪とか、破滅とか……今はそれどころじゃない!)
ヒロインが死の呪いで苦しむくらいなら、私が彼女の盾になってやる。
「災厄の王なんて、私が全部物理的に跳ね返してやればいいのよ!」
こうして、私の血のにじむような過酷な日々が始まった。
侯爵令嬢としての教育の裏で、私は鍛錬を積み重ねる。
早朝、誰も見られないように屋敷近くの森で走り込んだ。
昼は隙を見て、魔力をコントロールするトレーニングも重ねる。
夜は暗闇の中で、木刀を血豆ができるほど振り抜いた。
「私がものすごく強くなって、ヒロインの負担を減らせばいいのよね……!」
この脳筋思考のもと、私はひたすら自身を追い詰めるほどに修練を続けた。
そして十五歳。
王立学園の入学式を迎える頃には、私は光以外の全属性の魔法をマスターし、騎士さえ圧倒できる剣術を手に入れた。
(よし……! これでヒロインを守る準備は万全よ!)
ヒロインに出会える期待へ胸を膨らませて学園の門をくぐった私だったが、ここで人生最大のミスに気づくことになる。
私は強くなりすぎた。
そのせいで、めちゃくちゃ目立ってしまったのだ。
「やあ、ジゼル。君の噂はかねがね聞いているよ。この若さで高位魔法を使いこなす魔力量……まさに我が公爵家に相応しい」
学園のテラス席で、下卑た笑みを浮かべて私を見下ろしているのは、公爵家の嫡男・アリックだった。
金髪をなでつけ、彼は粘つくような不快な視線を私に送ってくる。
「単刀直入に言おう。僕と婚約しろ。君のその強大な魔力があれば、我が家の血統はより強固なものになる。……まあ、君は少々令嬢としての愛想に欠けるからね。僕は愛人を作るつもりだけど、公爵家の妻としての地位は保障してあげよう」
「……は?」
開いた口が塞がらなかった。
何だ、いきなりこの男。
脳筋を自負する私から見ても、あまりに浅すぎる発言。
「申し訳ございませんが、アリック様。私はヒロイン……ごほん、心に決めた人がいますので、お断りさせていただきます」
「な……! この僕の申し入れを断るというのか!? 自分の立場が分かっているのか、ジゼル!」
顔を真っ赤にして怒鳴るアリックをチラリと見つつ、私は颯爽とその場を立ち去った。
だが、このプライドだけは霊峰より高い男を跳ね除けたことが、面倒な事態を引き起こすことになる。
数日後から、学園内で私に関する事実無根の悪評が流れ始めたのだ。
「あの女は、その強さで教師や生徒を脅迫しているんだって」
「あのアリック様に色目を使い、断られたら逆上して罵倒したらしいわ」
「なんともまあ高慢で、強さに驕って他人を見下す最低な女だ」
悪意マックスの噂は瞬く間に広がり、生徒たちは私を遠巻きで見るようになった。
廊下を歩けばヒソヒソ声が聞こえ、授業でペアを組もうとすれば全員に距離を取られる。
(……ちょっと待って? え、私ぼっちになってる……?)
中庭のベンチで一人、私は木陰の中で頭を抱えた。
私の最大の目的であるヒロインは、無事に王立学園に入学してきた。
野薔薇のように可憐で、困っている人を放っておけないかのように優しげ。
思わず守ってあげたくなる天使のような女の子だ。
今すぐにでも彼女の元へ行きたいのに、今の私は中身が違えど悪役令嬢扱い。
近づくだけで、ヒロインを怯えさせてしまうか、彼女の評判も下げてしまう。
(嘘でしょ……ヒロインを救うために頑張って鍛えたのに、その前に私が学園で詰んでるんだけど!?)
あまりの理不尽さに、私は涙目で大きなため息をついた。
「やあ、噂の悪女様。一人で寂しく休憩かい?」
頭上から降ってきたのは、軽薄極まりない声。
けれどどこか聞き覚えのある、懐かしい響きだった。
「え……!?」
見上げた先にいたのは、波打つ紺色の髪を揺らし、紅玉の瞳を細める青年。
隣国の王太子であり、私の幼馴染であるフェイランだった。




