18話 心細いフェイランの離脱
「え! フェイラン、しばらく学園に来られないの!?」
移動教室で行き交う生徒たちが立ち混じる廊下の中、急に告げられた宣告に、私は抱えていた厚い教科書を落としそうになった。
フェイランは苦々しく顔を曇らせると、ため息をついてうなずく。
「そうなんだ。隣国の方でちょっと急ぎの事情が立て込んでしまってね。少しの間、学園を離れることになった」
「そうなの……。それなら、しょうがないわね……」
ケヴィンとリリアを引き合わせる大作戦において、本来ならフェイランがいてくれればこれ以上なく心強かった。
けれど、一国の王太子としての事情ならば、さすがの私も無理強いはできない。
「フェイラン、私にできることがあったら何でも言ってね。いつでも力になるわ!」
「俺の方は、大した用じゃないから気にしなくていいよ。……それよりも、何より悩ましいのは君のことさ」
「へ? 私?」
「……心配だ。すごく心配で不安だよ。俺が目を離した隙に、君がまた何かとんでもないことをしでかすんじゃないかと、今からすでに戦々恐々なんだ……」
いつも余裕に満ちているはずのフェイランが、珍しく落ち着かない様子で紺色の髪をぐしゃりと乱した。
「ちょっと、失礼ね! 私だってそこまで子どもじゃないわよ!」
「……今まで君が巻き起こしてきたトラブルの数々を思い返しても、同じことが言えるかい?」
「ぐ……そ、それは……色々あったけれども……っ」
「お願いだから、決して、何もしないでね? 俺が戻ってくるまで、絶対に、大人しくしているんだ」
「……分かったわよ。トラブルを起こさないように気をつけるわ」
彼の尋常じゃない気迫に押され、私はコクコクと何度も首を縦に振った。
それでもなお疑うように、フェイランは底知れない輝きを宿す紅玉の瞳をこちらに向けてくる。
「もし、君に何かあれば俺は……」
「フェイラン……?」
「……君のそういう自由奔放なところも好きだから、あまり強くは言いたくないんだけどね。頼むから、君自身のためにも、慎ましい行動を心がけるんだよ」
私の前に一歩踏み込むと、フェイランはさらりと揺れる私の髪を一房すくい取り、愛おしむようにそっと唇を寄せた。
「ひう!?」
「ジゼル、覚えているかい? ルドルフ殿下との決闘に勝ったら、俺にご褒美をくれるという約束」
耳元近くでささやかれ、思わず息が止まる。
もちろん覚えている。
覚えているけれど、あまりにも恥ずかしすぎるため、ずっと先送りにしていた約束だ。
「俺が戻ったら、必ず頂くからね。……ううん、君が逃げても無理やりにでも貰うから」
「フェ、フェイラン……!? わ、私、まだ心の準備が……っ!」
「ジゼルの準備ができるのを待っていたら、一生お預けにされそうだから駄目。ちゃんと覚悟しておいてね」
ほの暗い熱情を宿した紅玉の瞳で、じっと私を見つめるフェイラン。
彼と離れ離れになるのは寂しいし、無事に戻ってきてくれるのを心待ちにしている。
けれどその後に待っているであろう沙汰を想像し、私は顔が破裂しそうなほど身悶えし続けるのだった。




