16話 新たな攻略対象の存在
平和な学園生活に、穏やかな日常。
それらは儚く、とても短かった。
「フェイラン……! 待って、落ち着いて……!」
「ジゼル、怪我はないかい? この男に何された? ……ああ、言わなくてもいいよ。どちらにせよ、君に触れようとしたこの指は、一本残らず砕いて、切り落としてあげるからね」
私は必死にフェイランの制止しようとするが、体にうまく力が入らない。
(どうしてこうなっちゃったの……!?)
平穏を切り裂く惨劇の予感が、私の胸中と学園内を支配していた。
◇
――この事件が起きる数日前。
数々の波乱が過ぎ去り、季節は春から初夏へと移り変わろうとしていた。
「はぁ……」
「ジゼル、どうしたんだい?」
木漏れ日が心地よいテラス席で、私はフェイランとお茶会を楽しんでいた。
学園の隅にあるここは、私たち二人の静かな秘密基地とも言える場所だ。
「リリアに……攻略対象の影がないのよ」
「別に君が困ることでもないだろう? 彼女には彼女のペースがあるさ」
「うーん、そうかしら……」
「光属性は身分関係なく、あらゆる方面から求められる力だ。放っておいても、誰かしらが声をかけるんじゃないかい?」
「そんな有象無象が、リリアに手を出すなんて考えたくない……! 攻略対象なら本性がある程度分かっているから、安心してリリアを任せられるのだけど……」
「ふうん。ちなみに攻略対象って他に誰がいるんだい?」
フェイランは陶器のカップを置きながら、私の顔を覗き込むように尋ねてくる。
「ルドルフ殿下を含めて三人ね。一人は先輩キャラなのだけど、もう卒業してしまっているのよ。だから実質、もう一人の後輩キャラだけになるかしら」
「後輩、ね……」
「ええ、一学年下の魔法の天才で、とてもいい子よ」
「もしかして……伝説の大魔導士の子孫である『ケヴィン』のこと?」
「そう! フェイランも知っていたのね」
ケヴィンは、女性と見紛うほど中性的な容姿のキャラクターだ。
裏表もなく、温和な性格でさまざまなお姉様方を魅了した人気の攻略対象。
かくいう私も、その一人だったりする。
「まあ、有名人だからね。そいつとリリアを引き合わせたいわけか」
「彼は後輩という設定上、短期間で仲良くなれるキャラなの。今の状況にピッタリだと思わない?」
私は指を立て、名案とともに顔を輝かせた。
フェイランはソーサーを指で叩きつつ、重くため息をつく。
「……余計なことはしない方がいいんじゃないかな。それに、君が動くとだいたいトラブルが起きるだろう?」
「そ、それは……否定しないけれど……」
「それに、俺はもう君を危険に晒したくない。できるなら俺との結婚まで、大人しくしていてほしいな」
「ぶ……っ!? け、結婚……!?」
突然湧いて出た言葉に、紅茶を吹き出しそうになる。
口元を手でぬぐいながら、私は顔が赤くなるのを止められない。
「学園を卒業したら、すぐにでもね。大丈夫、ジゼルが何もしなくていいように準備しておくよ」
「ちょっと待って!? ま、まだ私たち婚約すらしていないでしょう……?」
「もう婚約者も同然の仲だから問題ないよ。ああでも、ジゼルが段階を踏みたいのなら、夏季休暇あたりで婚約を正式発表してしまおうか」
「夏季休暇って……もう一ヶ月後じゃない!?」
「楽しみだね、ジゼル。リリアのことは放っておいて、それまで俺のことだけを考えているんだよ」
突然進行していく話に追いつくことができない。
私はめまいを感じながらフェイランの柔和な笑顔を受け止め続けた。
「そ、そもそも。他国の侯爵令嬢と、王太子が結婚できるものなの……?」
「異例ではあるけど……表向きは、俺に刃向かえる奴なんていないからね。もし反対する奴がいても、俺が全員叩き潰すから心配しないでよ」
「不安しかないのだけど!? お願いだから、妙なことはしないでね……!」
彼の笑みの奥にある不穏な気配に、背筋を冷たい汗がつたった。
私はリリアの未来のことを一時的に忘れてしまうほど、深い混乱に沈み込んでいく。
しかし、フェイランが忠告をしてくれた、その翌日。
私はまたしも騒動のきっかけを巻き起こしてしまうのだった。
ここまでご愛読ありがとうございます。
フェイランの闇が加速するニ部の開始です。
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