15話 婚約破棄の謝罪
リリアがおそるおそる、ルドルフ殿下の前へ歩み出た。
膝をついたままの彼は、ゆっくりと顔を上げてリリアを見上げる。
「……あ、あの……ルドルフ殿下……」
リリアが声をかけても、彼は何も言わない。
息が詰まるような沈黙が二人を包み込んでいく。
「…………すまなかった」
重く絞り出すような一言。
「ちょっと、それだけ……!?」
あまりにも素っ気ない謝罪に、私は思わず突っ込もうと前に飛び出しかける。
しかし、それを制したのはフェイランの手だった。
「一応、約束通り膝をついて頭を下げたんだからいいんじゃない? もうこれ以上、彼に関わらない方がいいよ」
「でも……っ!」
本当なら地面に額をこすり付けて、涙ながらに謝罪してほしいくらいだ。
私が歯を食いしばって耐えていると、リリアが穏やかに微笑んだ。
「ルドルフ殿下……。謝らなければいけないのは、むしろ私の方です。政治的な理由とはいえ、平民の女と婚約させられたのは、さぞお嫌だったでしょう……」
「リリア!? 何を言っているの……!?」
「ジゼル、ここは彼女に任せよう」
フェイランが私の肩を優しく抱き寄せ、静かに首を振る。
納得はいかないものの、リリアの澄み切った瞳と横顔に圧倒され、私は言葉を飲み込んだ。
「色々と辛いこともありましたが、授かった光の力はこれからも国のために捧げ続けます。ですからどうか……ルドルフ殿下。これからはご自身のお気持ちを大切にお生きください」
自分の名誉を傷つけ、道具扱いしてきた相手にすら慈悲の光を向ける姿勢。
私は感極まった眼差しでリリアを見つめた。
「て、天使……! 天使の生まれ変わりがリリアなのか、リリアこそが地上に舞い降りた真の天使なのか……もう私には分からないわ……!」
「ジゼルの言っている意味もよく分からないけれどね……」
私が感動の涙を浮かべていると、立ち上がったルドルフ殿下がぽつりとつぶやいた。
「……節穴だったのは、私の方だったのかもしれんな」
彼は寂しげに自嘲すると、きびすを返してリリアに背を向けた。
「リリア、名誉を傷つけてしまった君の立場。今後の生活は、私が責任を持って対処する。……本当に、すまなかった」
あのプライドの塊だった男が、心からの謝罪と誠意を口にした。
私が驚いて目を見開いていると、ルドルフ殿下はチラリと横目でこちらに視線を向ける。
「ジゼル。お前を気に入ったというのは本当だ。お前のような女がそばにいれば、退屈とは無縁の人生になりそうだからな」
「はあ……それはどうも」
「だが……お前の横にいる男から奪い取るのは、少々骨が折れそうだ」
ルドルフ殿下がフェイランへと視線を移す。
その挑発的な眼差しを受け止めたフェイランは、冷ややかな美笑を浮かべた。
「ジゼルが魅力的だという点には同意するけれどね。……これ以上彼女にちょっかいかけるなら、次は容赦しないよ」
「……ふっ。ジゼル、実に厄介な男に惚れられているな。……私を含めて、だが」
「フェイランはあなたと違って、どこまでも優しくて頼りがいがあるの! 一緒にしないでください!」
「今はそう思っておくがいい。……また会おう」
制服の裾をなびかせ、ルドルフ殿下は自然と人垣が割れる中を、堂々と立ち去っていった。
「さて、これで一件落着かな」
「そうね……。まったく、最初から最後まで嵐のような男だったわ」
「まあ、もう強硬手段には出てこないだろうさ。……あいつの存在自体は不快だったけれど、ジゼルが俺のことを『優しくて頼りがいがある』と思ってくれていると知れたのは、大きな収穫だったな」
「そ、それは……昔からずっと思っていたことよ! フェイラン以上に頼りになる人なんて、世界中どこを探したっていないわ」
「はは、嬉しいな。……ジゼル、これからもずっと俺のそばにいてね」
フェイランは至近距離まで顔を寄せ、どこまでも甘やかに微笑む。
私は熱を帯びた彼の紅玉の瞳に耐えきれなくなり、真っ赤になった顔を誤魔化すように目を泳がせた。
◇
(もしあいつが指先一つでも君に触れていたら、あの程度ですまさなかったけれどね)
(この先、君に触れようとする不届き者の手は、全部俺が斬り落としてあげる)
(誰かが君を俺から奪おうとするのなら……その時は、この世界ごと滅ぼしてしまおう)
◇
「ん? フェイラン、何か言ったかしら?」
「……ううん、何も言っていないよ。さあ、帰ろうか」
フェイランが私に向けて、そっと手を差し出す。
その包み込むような温もりに身を委ねながら、私たちは並んで歩み始めた。
この後、新たな攻略対象キャラが、私とフェイランの仲を、大きく揺るがすことになるとは想像すらせずに。
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