12話 出会えて良かったと思ってくれる人
ぎこちなくも始まった懇親会パーティーのかたわら。
私とリリアは、玄関口前で夜風にさらされながら、重苦しい空気を漂わせていた。
「婚約破棄……。つまり、私はもうルドルフ殿下とは御縁がなくなったということでしょうか?」
「そういうことに……なるのかしら?」
「まあ、これらは間違いなくルドルフ殿下の独断だろうね。公の場で宣言して後戻りできない状況を作り、リリアとの縁を切りつつ、ジゼルの退路を絶って自分のものにしようとしたんだろう」
フェイランが苦笑混じりに肩をすくめる。
彼の言う通りなら、ルドルフ殿下は呆れるほど狡猾で計算高い男だ。
「でも、そのせいで決闘することになったのですよね。もし負けてしまったら……ジゼル様がルドルフ殿下と結婚することに……」
「リリアが心配する必要はないわ! むしろ、向こうから決闘に乗ってくれて好都合だったくらいよ!」
「それはそうだね。侯爵家が王太子の求婚を面と向かって断っていたら、政治的な問題に発展していたかもしれないし」
リリアはそれでも不安そうに淡い緑の瞳を揺らしている。
「……でも、フェイラン様も王太子でいらっしゃいますのに、外交問題になってしまいませんか?」
「はは、こんなの子供の喧嘩のようなものだよ。両国にとっても、若気の至りによる交友の戯れ程度で処理したいだろうしね」
「そうでしょうか……」
「そうそう。ほら、リリアはもう会場に居づらいだろうから、寮に帰ったほうがいい。今夜はゆっくり休むんだよ」
「はい……」
リリアは一礼すると、後ろ髪を引かれるように何度も振り返りながら去っていった。
彼女の背中が見えなくなると、私は盛大に息を吐き出した。
「まさか、攻略対象のルドルフ殿下が私に執着してくるなんて……。ゲームではこんな執念深いキャラクターじゃなかったと思うのだけれど」
「そのゲームで見えているのは、ほんの表面上の情報だけなのかもしれないね。知識に頼りすぎて視野を狭めない方がいい。実際、もうシナリオなんて形もないくらいに変わっているのだろう?」
「……まあ、ほぼ私のせいなのだけれどね。私の行動がみんなの人生を狂わせていると思うと、胸が痛むわ……」
「悪意があってやったわけじゃないのだし、気に病むことなんてないと思うよ。……それにあんな奴らの人生がどうなろうと、俺たちの知ったことじゃないさ」
「そう思うのは無理よ。私がいなければ、みんな幸せになれていたかもしれないのに……」
「……その発言は、聞き捨てならないな」
突然、腕を強く掴まれた。
そのまま抗う間もなく引き寄せられ、フェイランの胸の中に収まる。
「フェ、フェイラン……!?」
「俺がここにいるのは、君がいるからだ。もし君が前世の記憶を取り戻さず、あの時隣国に来てくれなかったら……俺はきっと、この世界を――」
「え……?」
「……君と出会えて良かった人間が、ここにいる。それだけは絶対に忘れないでね、という話だよ」
体を離したフェイランは、紅玉の瞳を愛おしそうに細めた。
彼の言葉と熱に励まされて、私の胸が温かく満たされていく。
「……そうね。ありがとう、フェイラン。あなたがいなかったら、私はきっとどこかで途方に暮れていたわ」
「それなら、頑張ってこの国まで来たかいがあったよ。……ところでジゼル、ルドルフ殿下はシナリオで何か重要な役割を持っているのかい?」
「えっと……特にはないはずよ。このゲームは主人公の光属性が一番重要だから、相手がどの攻略対象であっても物語は進むわ」
「つまり、明日の決闘で俺があいつを殺してしまっても、何も問題がないってことだね?」
「そ、それは大問題よ!? 一応この国の第一王子なんだから!」
「はは、冗談だよ。さすがに命まで奪うつもりはないさ」
ふっと視線をそらして笑うフェイランの瞳には、私に向けていた柔らかな温度がない。
明日の決闘で、とんでもない事件が起きないことを祈りながら、私は両手で頭を抱えるのだった。




