11話 殿下に決闘を申し込む
騒然とする会場。
そして、呆然と立ち尽くすリリアと私。
「婚約……破棄!?」
こんな大勢の面前で、地上に舞い降りた天使ことリリアの名誉を傷つけた。
それが頭で理解できた瞬間。
私は猛然とルドルフ殿下に殴りかかろうとした。
「ちょっと待って、ジゼル。落ち着くんだ」
それを羽交い締めで止めたのはフェイランだった。
「離して、フェイラン! あいつ、あいつだけは私がこの手で直接叩きのめす……!」
「うん、気持ちは痛いほど分かったから。まずは、その両手に持ったナイフと、銀の水差しをテーブルに戻そうか」
指摘されて視線を落とすと、私は無意識のうちに近くのテーブルから攻撃力の高い道具をつかんでいた。
このまま突撃すれば、いくら侯爵令嬢でも即座に拘束されるだろう。
「それに、あちらから婚約破棄を言い渡してくれるなら、願ったり叶ったりだろう? リリアは不条理な婚約から解放されて、本当に心を通わせ合える人と幸せになれる道が開けるさ」
「それは……まあ、確かに」
フェイランの冷静な説得を受け入れ、私はしぶしぶ握りしめていた物をテーブルへと戻した。
荒い息を吐きながら、心を落ち着かせようとしていると。
壇上を降りたルドルフ殿下が、優美な足取りでまっすぐ私の方へと歩み寄ってきた。
「騒がしいと思えば、ジゼル……やはりお前か」
「ルドルフ殿下……! 一体何のつもりですか! 大勢の前でリリアを傷つけるなんて……!」
私が怒りをこめてにらみつけると、ルドルフ殿下は口元を吊り上げた。
「あのような価値のない女との婚約など、いつまでも引き延ばす意味がないからな。……それよりも、ジゼル」
「な、なんですか……」
「私と婚約しろ」
「………………はい?」
あまりにも理不尽。
突拍子もない提案。
頭の中が真っ白になった。
「お前ほどの才能と気概があれば、我が国の妃として申し分ない。あの平民の女の代わりに、お前を私の婚約者として迎えてやる」
ルドルフ殿下は堂々と、神のような上から目線で言い放つ。
(……は?)
ぽかんとしていた直後、火山のように猛烈な殺意が噴き出した。
(さっきのナイフと水差し、戻すんじゃなかったああああ!)
頭痛がするほどの怒りで、手だけではなく全身が震える。
(でも王太子の求婚をこの場で突っぱねるのは、いくら私でもまずいと分かるわ……それなら!)
私は自身の手に着用していたシルクのグローブを引っ張り脱ぐ。
それをそのまま、ルドルフ殿下の足元へ叩きつけた。
「「「――っ!?」」」
パーティー会場の参加者たちが、いっせいに息を呑んで静まり返る。
この国において、手袋を相手の足元に叩きつける行為。
それはすなわち、『決闘の申し込み』を意味していた。
「ジゼル……お前、正気か?」
「大真面目よ! ルドルフ殿下、あなたに決闘を申し込むわ! 私が勝ったら、膝をついてリリアに誠心誠意の謝罪をしなさい!」
「ふっ……面白い。では、私が勝った暁には、問答無用で私と婚約してもらうぞ」
ルドルフ殿下は面白そうに目を細めた。
だが、私をまじまじと見つめると、ため息をついて肩をすくめた。
「だが、いくらなんでも淑女を相手に剣を振るうのは、王族としての矜持が痛むな。……誰か代理の騎士でも立てるか?」
「私が自分で叩きのめすわよ! 代理なんていらな――」
「――それじゃあ、俺がジゼルの代理として戦うよ」
私の前にすっと歩み出たのは、フェイランだった。
隣国の王太子である彼の登場に、周囲が再びどよめく。
「ちょっと、フェイラン! なんであなたが!? 私が自分であいつを殴りたいのに!」
「君は一国の侯爵令嬢だろう? 自国の王太子と武器を交えるなんて、いくら理由があっても立場上まずすぎるよ。同格である他国の王太子の俺が買って出る方が、まだ角が立たない」
「うぐ……っ」
理路整然とした正論に、ぐうの音も出ない。
フェイランは私に向かって優しく微笑むと、ルドルフ殿下を冷たい瞳で見すえた。
「それに殿下も、同じ女性を想う男同士で決着をつける方が……すっきりするでしょう?」
フェイランの紅玉の瞳に宿る、圧倒的な威圧感。
それを受けたルドルフ殿下もまた、口元に意味深な笑みを浮かべた。
「……いいだろう、望むところだ。条件は変わらん、お前が負ければジゼルは私のものだ」
「ああ。……もっとも、俺が負けることなんて万に一つもあり得ないけれどね」
二人の王太子が視線を交わすと、目に見えるかのように火花が散っていた。
周囲の熱気と、緊迫感は最高潮に達している。
「決闘は明日の放課後だ。……楽しみにしているぞ、ジゼル」




