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第9話「王女様と小さな食卓」

ファルデン村の午後。


バルダーの家の前には、今日も数人の子どもたちが集まっていた。

ファルデン村の子らは、戦士バルダーのことが大好きだ。彼の家は広くはないが、周囲に草むらや小道があり、ままごとや木登りの遊びにはもってこいだった。


「バルダーお兄ちゃーん!今日も剣の構え、教えてー!」


「おいおい、昨日も教えただろ。……でも、まあ、ちょっとだけな」


そう言って立ち上がりかけたバルダーだったが、突然ふわりと割って入るように、レオナが柔らかい笑顔を見せていた。


「ふふっ、その役目は今日は私に任せてみない?」


レオナは膝に手を当てて、子どもたちと目線を合わせ、にこっと笑った。


「えっ、だれー?」

「あっ!この前のきれーなお姉ちゃんだ!」


「私はレオナ。ちょっとだけ遊びに来たの。ねぇ、皆はどんな遊びが好き?」


その瞬間、子どもたちの目が輝いた。気づけば彼女は輪の中心にいた。

枝を剣に見立てたチャンバラごっこ、草花を使ったおままごと、簡単なダンス、そして王都仕込みの歌。


レオナは一人ひとりの名前をすぐに覚え、声をかけ、転んだ子には膝を拭ってやり、わんぱくな子には本気の追いかけっこをしてやった。


「ふふっ、よーし、今度は“王女と騎士ごっこ”よ!私が王女様役だから……バルダー、あなたは門番ね!」


「……門番!?」


思わず笑ってしまったバルダーは、気づけば家の柱の前で仁王立ちしていた。

レオナの笑顔は、まるで太陽だった。子どもたちの笑顔もそれに照らされ、きらきらと輝いていた。

やがて夕暮れが近づき、子どもたちは名残惜しそうに帰っていった。


「ありがとー!レオナお姉ちゃん、また遊んでねー!」


彼らが去った後も、レオナはしばらく手を振り続けていた。その姿を横から見つめながら、バルダーは不意に口を開いた。


「……お前、すげぇな」


「え?なにが?」


「子どもたちの相手。すごく自然だった。まるでずっと、そうしてきたみたいな」


レオナは少しだけ驚いたように目を見開き、そして―少しだけ寂しげに、でも誇らしげに微笑んだ。


「……王都でね、孤児院への寄付をしていたの。あの子たちの笑顔が見たくて、たまにこっそり顔を出していたのよ。変装してね」


「へえ……」


「気づかれないようにしていたけど、すぐにバレちゃって、教育係にすごく怒られたわ。だって、王女様が料理を運んできたり、絵本を読んでくれたりするんだもの。そりゃ怪しいわよね」


バルダーは、苦笑いと共に頷く。


「……王族として何が正しいかなんて、まだわからないけど。私にできることがあるなら、誰か一人でも笑ってくれるなら―私は、それでいいのよ」


バルダーはその横顔を見つめながら、何も言わなかった。だが心のどこかで、知らず知らずのうちにレオナという女性への見方が、ほんの少し変わったことに気づいていた。


彼女はただの高飛車な王女ではなかった。

その胸の奥には、確かに誰かを守りたいと願う強くて優しい意志が宿っていた。誇り高き父レオニダス王の意思は、しっかりと彼女にも受け継がれていた。


「さ、夕飯の時間よ。私に任せなさい♪」


彼女は軽やかな足取りでバルダーの家の中へ戻っていく。


「いや、任せなさいって……材料なんかほとんどないぞ?」


バルダーが呆れたように言ったが、彼女は得意げにウインクをひとつ飛ばして、さっさと台所へ向かっていく。

それからしばらくして。小さな木製のテーブルに、信じられない光景が広がっていた。


炊き立ての香ばしい麦飯。

干し肉を巧みに戻して焼き上げたメインディッシュ。

刻んだ野草と卵を使ったふわふわのスープ。


そして、保存していた根菜や乾物を組み合わせた副菜の数々。

まるで王宮の料理人が手がけたかのような豪華な献立だった。


「……嘘だろ。全部、うちの食材だけで作ったのか……?」


バルダーが呆然と立ち尽くす。

自慢げなドヤ顔で胸を張るレオナ。鼻高々とはまさにこのことである。


「てか、こんなどうやって……俺、昨日までこれをただ焼くだけしかしてなかったんだぞ……」


「ふふん♪この私にかかれば、こんなものよ。どうせ、ひとり暮らしをしてからロクに料理をしてないでしょう?さぁ、食べなさい」


「料理が得意ってのは、本当だったんだな……いただきます」


バルダーは目の前の皿をじっと見つめていた。

素材自体は見慣れた村のもののはずだった。だが、なぜか、すべてがまるで別物に見える。

バルダーは木製のフォークを手に取る。

そして、恐る恐る一口。


その瞬間。

「……っ!!」


彼の目が見開かれた。口の中にじんわりと広がる、深くて優しい味。

スパイスの使い方が絶妙で、村の食材にこんなポテンシャルがあったのかと目から鱗が落ちるようだった。

固いはずの干し肉はほろりとほぐれ、根菜はとろけるような甘さを持ち、ハーブは控えめながらも香り高い。


「う、うま……っ」


思わず漏れた言葉に、レオナは満足げに頬を緩める。


「ふふっ、でしょ?王都の厨房でこっそり学んだ技よ。シンプルだけど、愛情を込めたらちゃんと応えてくれるの。素材もね、人も♪」


「なんだよ……それ。けど、マジで、こんなの初めてだ……。こんなうまいもん、晩餐会以来食ったことねぇよ……」


まるで感情が溶かされていくかのように、バルダーはゆっくりと食事を進める。

彼の口元には、無意識のうちに笑みが浮かんでいた。


レオナはバルダーの正面に腰を下ろし、自分の分の皿を手に取った。

髪がゆるやかに揺れ、ふわりと笑みを浮かべると、彼女も一口、スープを口に含んだ。


「ん……うん、悪くない出来ね」


満足げにうなずくと、彼女はいつもより柔らかな表情で静かに食事を進める。

バルダーも、手を止めることなく皿を空けていった。


小さなテーブルには、かすかな木の軋む音と、器の触れ合う音だけが響く。

だがそれは、とても心地よい静けさだった。


食後、バルダーは静かに口を開いた。


「……ありがとう。マジで、美味かった」


その言葉には、心からの感謝がこもっていた。

普段、誰かに素直に礼を言うことの少ない彼が、目を逸らしもせず、真正面からそう言った。

レオナは少し驚いたように目を見開いた後、ふっと微笑んだ。


「どういたしまして。……喜んでもらえて、嬉しいわ」


「……まさか、王女に飯作ってもらう日が来るとはな」


「ふふ、そういうのは、ここでは関係ないわ。私はレオナ。ただの、料理が得意なお姉さんってことで♪」


そう言ってレオナは残っていたお茶を口に運んだ。その仕草はどこか、王都の喧騒から解き放たれた少女のようだった。


食後、片付けも一段落し、レオナはふと立ち上がって、室内を見渡した。

そして、少し戸惑ったように呟く。


「ねぇ、バルダー。この家……お風呂って、あるかしら?」


その問いに、バルダーはちょっとバツの悪そうな顔をして頭をかいた。


「んー……残念だけど、ねぇな。でも、ここからちょっと歩いたとこに銭湯がある。ちゃんとした、村の共同風呂みてぇなもんだ」


「まぁ、素敵。銭湯まであるなんて、意外ね」


「意外だろ?あれはな、ブリシンガーの奴が、王様からもらった褒賞金とかを村に寄付してっからよ。その金でできた施設のひとつなんだ。風呂の他にも、ちょっとした診療所や集会場なんかもあるぜ」


「……ふふっ、あの人らしいわね」


レオナはどこか優しげに目を細めた。


「じゃあ、行ってくるわ。覗いたら、ただじゃおかないから」


「しねぇよ!」


笑いながら手を振って出ていくレオナの後ろ姿を見送りながら、バルダーは小さく息をついた。


「……何なんだよ、あの人は。まったく……」


だが、口元はどこか緩んでいた。

銭湯から戻ってきたレオナは、どこかさっぱりした様子で、月明かりの下に立っていた。

湯上がりの頬はほんのり紅潮し、髪は自然に乾きかけてふわりと揺れている。


彼女が身に纏っていたのは、村人がよく使う素朴なリネン素材のワンピース。あまりにも地味な装いだったが、逆にその素朴さが、彼女の美しさを際立たせていた。


「これ、家来たちが準備してくれた服よ。似合っているでしょ♪」


「いや、似合いすぎて逆に困るっつーか……」


バルダーは赤面しながら視線を逸らした。そんな彼の反応を見て、レオナはくすりと笑った。


「ふふっ、あなたって、ほんと素直よね」


夜も更け、眠りの時間が近づくと、レオナは当たり前のように部屋の隅にある小さなベッドを見て、言った。


「ねぇ、バルダー。この家、ベッドは一つだけよね?」


「ああ、俺の寝床だ。お前はそこで寝ろ」


「感謝するわ」


レオナがベッドの上にぽすんと腰を下ろす。しかし、バルダーは部屋の隅にある干し草をかき集めた。


「えっ?なにしてるの?」


「そこの床に、干草敷いて寝る。慣れてるから平気だ」


するとレオナが、背もたれにひじをついて身を乗り出し、にっこりと囁いた。


「そんなことしなくても、一緒に寝てもいいのよ?」


「~~っっ!!す、す、するかっ!!」


バルダーは顔を真っ赤にしながら、思いきり背を向けた。


耳まで真っ赤になった彼の様子に、レオナはくすくすと楽しそうに笑い、布団を引き寄せて身を横たえた。


「……ふふっ、残念。でもちょっと嬉しいかも。ちゃんと、私を女の子として見てくれてるのね」


そんなレオナの呟きは、誰にも届かないほど小さく、優しいものだった。

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