第7話「狩りに来た王女」
「――――――――――」
広場に、爆発でも起きたかのような沈黙が落ちた。
風が吹いた。麦わら帽子が転がった。鶏が一羽「コケッ」と鳴いて走った。
「……はへっ?」
バルダーの口から素っ頓狂な声が漏れる。
「ちょっ、ちょっと待て、姫……?王族?なんで俺がいきなりそんな……!?」
「細かいことは後で話すわ。それより、ほら、顔をよく見せなさい。うん、やっぱり悪くないわね。ふふん、農家にしておくにはもったいないわ♪」
騒然とする村人たち。
「ま、まさかうちのバルダーが、王女様の……!?」
「うそだろ……どこでフラグ立ててきたんだよ、あいつ……」
「バル兄、すげぇぇぇ!!」
まさかの“王女様からの逆プロポーズ”を受けたバルダー。
「……ほう、楽しそうな声が聞こえると思ったら、やはり貴女だったか」
低く、澄んでいて、それでいてどこか安心感を孕んだ声。
村の奥から現れたのは、ブリシンガーとシスティーン夫妻だった。
彼らの姿を見た瞬間、レオナ姫の背後に控えていた十数名の近衛騎士たちが、何の合図もなく全員が「――ハッ!!」
ズバァァァァン!!と膝をついた。
レオナも瞳を見開いたが、すぐに柔らかな微笑を浮かべ、優雅に一礼する。
「これはこれは……ブリシンガー殿。そしてシスティーン様まで……。いつも兄と、我が兵達がお世話になっております」
「少し前に、お二人がご結婚されたとも聞いております。おめでとうございます」
ブリシンガーは静かに微笑む。
「ロズベルグ王との約束を果たしているだけだ。こちらこそ王のおかげで、この村も活気付いている。感謝する」
システィーンも彼女に優雅に一礼し、レオナに柔らかい声で問う。
「レオナ様、何故このような片田舎の村へいらっしゃったのですか……?」
彼女は再びバルダーをビシッと指差す。
「この男を、私の結婚相手として迎えるためですわ!」
「なんでだよッ!!?」
バルダーが盛大にツッコんだ。
その姿に、システィーンが思わず口元を押さえて笑い、ブリシンガーはふっと苦笑してからバルダーの肩に手を置いた。
「よかったな、バルダー。王族と結ばれるとは、出世もいいとこだ」
「いや全然よくねぇからな!?どうしてそうなるんだよ、マジで!!!」
バルダーの背後で村人たちがどよめく中、レオナ姫は堂々と一歩前に出た。
「皆、驚いているでしょう。ならば、説明しましょう。私が、なぜバルダー・ガインルフを選んだのかを」
その声音は凛としていて、女王の風格さえ帯びていた。
「今から約1年半前、王都で開かれた我が兄、当時はロズベルク王子の娘の誕生祭……あの時、ひときわ輝く存在を見かけたわ。王族でも、貴族でもない。だというのに、背筋を伸ばし、どこか寂しげな瞳で遠くを見つめる青年。それが、貴方だったのよ、バルダー」
「フード被ってたけど!?」
「さらに。グランヘイム王国を襲ったあの魔族の襲撃、今は亡き父レオニダス王が命を狙われた事件。あの時英雄ブリシンガー殿が王を救い、王都を救った伝説が始まったとき……私は、この目で見たの。ブリシンガー殿の隣に、静かに立っていた貴方を!そこで一目惚れしたの」
「待て待て待て、俺なんもしてねぇぞ!ただ立ってブリシンガーの戦いっぷりを唖然と見ていただけだぞ!?なにが“一目惚れ”だよ!?俺、剣も抜いてないからな!?」
レオナは一切意に介さず、胸を張って高らかに宣言した。
「でも、それでいいの。私はあの時確信したのよ。この人こそ、私の運命の相手だって!!」
「運命、重いなぁっ!?」
「そして何より、伝説の英雄ブリシンガーの仲間として共に旅をした男。世界を救った英雄の片腕!!相手として、申し分なし!!」
「片腕って呼ばれるのは悪い気がしねえけどよぉ……」
「私は王女。選ぶ者ではなく、選びに来た者。そう、あなたを“狩りに来た”のよ!」
「言い方っ!!にしても、なんで一年以上経ってから俺を!?凱旋後の舞踏会にいなかったよな!?」
「ええ……実はあの時はいたわ。他国の王族、貴族の相手をしなければならなかった……本当は貴方のことをずっと目で追っていたわよ。ここ一年、ロズベルク王の公務の手伝いもあって、迎えが遅くなってしまったことを謝るわ」
「元から待ってないけどね!?」
ブリシンガーが再び呟く。
「まあ……よかったじゃないか、バルダー」
システィーンもクスッと笑いながらバルダーに語りかける。
「急な話だけど……素敵じゃない?」
「お前ら、絶対この状況を楽しんでるだろ」
村に、再び歓声と爆笑が巻き起こった。
バルダーが混乱のあまり地面にへたり込みそうになるのを尻目に、レオナはくるりと踵を返し、馬車の方へと優雅に歩き出した。彼女の背中に王女の威厳が滲み出る。
振り返らず、けれど聞こえるように言った。
「今日はここまでにしてあげるわ、バルダー・ガインルフ。畑でも耕しておきなさい。次に来る時は、覚悟しておきなさい。今日は宣戦布告に来ただけよ」
その言葉には、ふざけた調子と真剣な想いが絶妙に入り混じっていた。村人たちはまたどよめき、バルダーは思わず頭を抱える。
「な、なんなんだよもう……」
レオナが馬車の前にたどり着くと、従者たちがすぐさま扉を開け、彼女を迎え入れる。屈強な騎士たちが一斉に馬上で整列し、レオナの一挙一動に従うその姿は、王女の立場と威厳を物語っていた。
「王女様、お戻りになられますか」
「ええ。出発なさい。……次は、もっと長く滞在することになるわ」
馬車が軋む音を立てて動き出し、騎士団が周囲を固めながらゆっくりとファルデン村を後にする。
その後ろ姿を、村人たちは口を開けて見送り、バルダーはただ一言、ぽつりと呟いた。
「……絶対、また来る気だよな、あれ……」
レオナの馬車が村の通りを抜け、騎士団の馬蹄の音が遠ざかっていくと、ファルデン村には一瞬の静寂が訪れた。
風が揺らす木の葉の音だけが耳に残る。村人たちは誰もがぽかんと口を開けたまま、互いに顔を見合わせていた。
「……今の、なんだったの……?」
誰かがぽつりと呟くと、まるで呪縛が解けたように、あちこちから声が上がった。
「王女様!?今の人、あれ本物のレオナ王女だったじゃないか!?」
「うそだろ……この村に!?」
「しかも、バルダーと知り合いだったのか!? いや、あれは、どう見ても一方的な好意だろ!?」
「いやいやいや、告白だったぞあれは! 公開プロポーズってやつだ!」
どよめきが爆発し、すぐに村の広場は笑いと歓声で包まれた。そんな中、バルダーは地面に片膝をついたまま、虚ろな目で空を見上げていた。
すぐさま皆が駆け寄る。
「なんだいなんだい、バルダー、お前、えらい女に目ぇつけられたもんだな!」
「バルダーくんよぉ!やるじゃねぇか、王女様に言い寄られるなんてなあ!?」
「まさかお前、王家の人間にモテるタイプだったとはな!」
「うるせぇ! 俺はなんにもしてねぇ!! 勝手に来て、勝手に口説かれて、勝手に帰ってっただけだ!」
必死に弁解するバルダーだが、周囲の村人たちはもう止まらない。
「でもさ~、“次はもっと長く滞在する”って言ってたよねぇ~?もう婚約間近なんじゃない~?」
「ご祝儀用意しとくべき?ねえブリシンガーさん、あんたも証人になるの?」
その名前を聞いて振り返ると、すぐ後ろに立っていたブリシンガーが、肩を揺らして笑っていた。
「……まぁ、色々と頑張れ」
「うるせえええええ!!!」
バルダーの悲鳴がファルデンの空に響き渡り、村はしばらくその話題でもちきりとなった。
豪奢な装飾が施された王家の馬車の中。
カーテンが閉じられ、外の景色も遮られたその静寂の空間で、レオナは深く息を吐いた。
「……はぁ。言っちゃったわね……」
気丈な態度を一変させ、背もたれに崩れかかるように座ると、彼女は頬を赤らめながら小さくつぶやいた。
「……ふ、普通じゃないわよね。いきなり“結婚相手になりなさい”なんて……」
細い指先で唇に触れる。先ほどのバルダーの顔が、否応なく脳裏に蘇ってくる。
「でも……やっぱり、格好良かった……」
窓の外をちらりと見やる。馬の蹄の音が規則正しく響く中で、彼女は少しだけ目を細めた。
「あの誕生祭の時……あの人、確かに何もしてなかったかもしれないけど……」
「でも、英雄の隣にいて、背筋をぴんと伸ばして、あんなに静かに……強く見えたのよ。人混みに流されず、まるで……獣みたいな目をしていた……」
「一瞬だけ目が合ったの、覚えてる。ほんの数秒だったのに、心臓が飛び出るかと思ったのよ……?」
少し恥ずかしそうに目を逸らし、胸元に手を当てるレオナ。鼓動の高鳴りが、まだ少し残っているようだった。
「それに……あんなに不器用な受け答え……もう、なんであんなに可愛いのよ……!」
ふいに、彼女はくるりと身体を反転させ、座席に顔を伏せて身を縮こまる。
「きゃあああああああああ!!言っちゃった!もう最悪!恥ずかしすぎるうう!!」
枕にしたクッションを何度も叩きながら悶えるレオナ。だがその表情は、間違いなく恋する乙女のものだった。
「……でも……ちゃんと“また来る”って言ったし……次は……もっとちゃんと、私のこと見てもらうんだから……」
そう言って身を起こすと、彼女はふわりと微笑んだ。
「楽しみにしてなさいよ、バルダー。次はもっと驚かせてあげるんだから」
馬車は揺れながら、王都への帰路を進んでいった。




