第6話「王女、襲来」
それから季節は少し巡り、ブリシンガーとシスティーンが結ばれてから数ヶ月が過ぎていた。
家畜の鳴き声が草むらにこだまし、畑では村人たちが鍬を振るう。
ファルデン村は相変わらず平和で緩やかな日常を送っていた。
畑では、バルダーが鋤を片手に黙々と土を耕していた。鍛え上げられた筋肉に汗が滴り、陽光を浴びてその黒髪がしっとりと濡れている。
「ふう。次はこっちだな!」
かつて剣を手に戦場を駆け抜けた男は、今や農家として第二の人生を歩んでいた。
はつらつと働く姿は村の娘たちの密かな憧れであり、老農夫たちからも一目置かれる存在だった。
その静けさを破るように、村の外れに一陣の蹄の音が響いた。
「あ、あれは……王族の御車では……!?」
見張り小屋の前にいた若者が、慌てて村の鐘を鳴らした。
鈍く、重く、けれど村中に響き渡る鐘の音。村の民たちは鍬を置き、子どもたちは目を輝かせて小道に集まり始める。
そしてやってきたのは、光を弾くような真っ白な馬車。
その側面には、金の糸で刺繍されたグランヘイム王家の紋章。さらに馬車の周囲を囲むのは、凛々しき騎士たちと、煌びやかな従者たち。
村には似つかわしくない、華麗なる一行だった。
すぐに一行を村の正門に通し、村の中央広場に馬の蹄と甲冑の音が響く。
「これより、グランヘイム王国第三王女、レオナ・ヴァルクリア殿下のご入場である!!」
馬車の扉が開く。風が、春の香りと共に、ひとりの女性の髪を揺らす。
その瞬間、すべてのざわめきが止まった。
年齢は20歳前後だろうか。金のティアラにエメラルドの宝石。陽光にきらめく、黄金に赤みを溶かしたような、波打つ髪。
豊かな曲線を描く純白のドレスに、誇り高く掲げたエメラルドの瞳。
その美貌は、女神と称されたシスティーンに勝るとも劣らない。
彼女はレオナ・ヴァルクリア。
グランヘイム王国の新国王ロズベルクの妹にして、レオニダス王の実の娘。王家の誇り高き血を受け継ぐ姫君。
誰もがその名を知り、誰もがその姿に憧れる、まさに「王家の薔薇」だった。
彼女が優雅な歩で石畳の中央へと進む。
そして、静まり返る村人たちの前で、唐突に声を張った。
「バルダー・ガインルフという者はいるかしら!」
鋭く、それでいてよく通る声が村に響き渡った。
「……バ、バルダーって言ったか?」
「……あの、農場手伝ってる……?」
村人たちが顔を見合わせる。
「あっ……あの、今畑におりますが……!」
それを聞いたレオナの美しい顔に微笑みが宿る。
「彼をここへ連れてきてくれるかしら?」
「か、かしこまりました!!只今~~~!!!」
村人たちは急いでバルダーがいる畑へ向かった。
「おーい、バルダー!なんかすごい王都のお姫様が、お前を……」
畑の奥で、麦の束を肩に担いでいたバルダーは、汗をぬぐいながら顔を上げた。
麦藁帽子を片手に、顔に土をうっすらとつけ、普段通りの生活感をまとっている。
「ん?俺を?姫って……」
「広場で名前呼ばれてた!めちゃくちゃ偉そうで、馬車とか騎士とか、なんかすごいぞ!」
「え、まじで……?なんかしたっけ、俺?」
ポカンとするバルダー。農具を置き、戸惑いながら村の広場へ向かう。
広場に戻ると、村人たちが固唾を飲んで見守る中、馬車の前に立つレオナの姿が目に入った。
バルダーは土のついた手をパンパンと払い、気まずそうに眉を寄せた。
「……あの、俺がバルダーだけど。なんの用だ?」
レオナはその鋭い眼差しを彼に向け、ドレスのスカートを僅かに両手で掴み上げながら一礼。
「ごきげんよう。私はグランヘイム王国、国王ロズベルグの妹。第三王女、レオナ・ヴァルクリア」
バルダーは首を傾げたまま、片眉をひくつかせた。
「え、あ、どうも……?」
バルダーは彼女には見覚えがある。
旅の冒頭でグランヘイム王都をブリシンガー達と訪れ、レオニダス王を魔族の暗殺者からブリシンガーが守った時に後ろに居た、当時は王子だったロズベルクの更に隣にいた王女だ。
緊張したような、でもどこか呆けたような表情で会釈するバルダーに、レオナは一歩踏み出し、腰に片手を当ててバルダーにビシッと指を指した。
「バルダー・ガインルフ!貴方は、私の結婚相手になりなさい!!」




