第14話「だいたい人間」
泥にまみれたレオナが、鍬を肩にかけて畑から戻ってきた頃だった。
「おいおい、村の畑で何か珍しいもんが採れたと思ったら……これはまた見事な“黄金姫根菜”だな」
太い腕を組みながら、道端の木陰で涼んでいたドワーフの男が声をかけてきた。
ドゥガルだった。彼はブリシンガー達に会いに村に来ていた所を、目の前の泥だらけの王女に気づいて思わず吹き出したのだ。
「……貴方は、英雄の一人のドゥガルさんね……誰が根菜よ」
「へへ、冗談だ。にしても、そりゃ見事なもんだぜ姫さん。泥パックでもしてるのかと思ったぞ?」
レオナはピクリと眉を上げた。
「どうして、私が王女だと……?」
「ふん。あのバルダーに一発で惚れて、求婚したって話、王国で知らねぇヤツはいねぇぜ。噂で聞いていた王女様とは見た目が違いすぎて、最初は冗談かと思ったが……その口調とツンケンした目、間違いねぇな」
ドゥガルは腰に手を当てて、ニヤリと笑う。
レオナは思わず頬を膨らませた。
「……これは畑仕事の訓練よ。私だって、民の暮らしを知る必要があると思ったの」
「そいつぁ立派だ。だが姫さん、もう少し鍬を前に持て。今のままだと、いつか自分の足に刺さるぜ?」
「……う、うるさいっ!」
ドゥガルはますます愉快そうに笑い、近くの井戸から柄杓で水をすくってレオナに差し出した。
「ほら、顔ぐらい洗っとけ。黄金姫根菜の称号が定着する前にな」
「ちょっと!!もうそれやめなさいってば!!」
怒るレオナを見て、後ろからこっそり見ていたブリシンガーとシスティーンは、揃ってクスクスと肩を震わせていた。
その時だった。
「おーい、ドゥガル!」
バルダーの声が響く。その声に、ドゥガルが嬉しそうに振り返る。
「おお、来たか!」
二人は一歩、二歩と駆け寄り、互いの拳を力強く打ち合わせた。続いて腕を掴むような、豪快な握手を交わす
「元気そうだな、バルダー」
「お前もな、ドゥガル。……鍛冶の腕、また上がったんじゃないか?」
「ふん、そっちこそ。ちょっと見ないうちに随分と顔つきが精悍になってるじゃねぇか。なんかいいことあったのか?」
バルダーは少しだけ、恥ずかしそうに鼻をかく。
「まぁ……色々とな」
その様子を少し離れた場所から見ていたレオナ姫は、麦わら帽子を被ったまま腕を組み、泥のついた頬を小さく膨らませる。
「なによ、あの仲良しっぷりは……まぁ、旅の仲間なんだから当然か」
口を尖らせながらも、どこか安心したような眼差しで二人を見つめる。そんな中、システィーンのそばへ寄り、声を潜めて尋ねた。
かつて世界を巡った仲間たちがこうして揃う姿を見て、レオナは以前から胸に抱いていた疑問を思い出した。
「ねぇ、興味本位で聞くんだけどさ」
「うん?」
「ブリシンガーって、今は神の力ってもう無いんだよね?もし、本当に例えばなんだけど、彼一人とあなた達三人が本気で戦ったら、どっちが勝つの?」
その質問を聞き逃さなかったバルダーとドゥガル。三人は、一瞬たりとも迷わなかった。
カッ!!という効果音が聞こえそうな勢いで、同時にブリシンガーの方へ指を突き出す。タイミングに一寸の狂いもなかった。
レオナは思わずまばたきを一度、二度。
バルダーは王都では「剣聖」と呼ばれるほどの腕前があるとされる。
システィーンに至っては「大魔道士」と称されている。
ドゥガルは戦闘の腕は二人と比べて劣るも、それでも騎士団一個師団よりも強いとされている。
そんな三人が迷わずに選んでいた。だが、納得は出来た。
「……そ、そうでしょうね。うん、なんとなくそんな気はしたわ」
だがレオナは、すぐに悪戯っぽく唇を吊り上げる。
「じゃあさ……カリスさんやフィリア様も加えたら?流石に勝てるでしょ?」
その瞬間、三人は今度は一斉に横に首を振った。
しかも尋常じゃない速さで、まるで人形仕掛けのようにブンブンと。
「「「無理無理無理無理無理!!!」」」
「……おかしいわね。あなたたち、揃いすぎじゃない?」
レオナが目を細める。
「フィリア様がいても駄目なの!?」
「いや……正確にはフィリアさん以外は秒殺って所だな。すぐに二人の一騎打ちになる」
ドゥガルが立派に蓄えた髭を指で撫でながら答える。
バルダーは苦笑した。
「アイツは何千年も戦場を駆けた化け物だぞ。神の力なんて無くても、純粋な身体能力と魔力、技術が誰も追いつけない次元にいる。唯一、確実に勝てると言えるのはゼルグさんだな。それでもいい勝負しそうだが」
レオナは目を丸くして、そしてふっと息を吐いた。
「……ガウレムとの最終決戦を別次元で見ていて思ったけど、やはり彼は力だけに頼っている訳じゃないのね」
バルダーが空を見上げる。
「ゼルグさんが言ってた。神の力が無ければ何も出来ないヤツだったら、とっくの昔に死んでるって」
「本当に人間に戻ってるのか怪しいわね……」
それを聞いたブリシンガーがぬっと後ろから現れる。
ビクッと驚くバルダー、ドゥガルとレオナ。
システィーンが唯一微笑んでいた。
彼は腕を組み、わざと真剣な顔で言う。
「失敬な。俺は元から人間だ。心臓もちゃんと動いてるし、飯も食うし、ちゃんとトイレも行く。完璧だ」
「いや最後のいらないでしょ!」
ブリシンガーは頷きながら続ける。
「休日の朝はちゃんと二度寝するし、夜は歯も磨くし、立派に人間らしい生活してるんだぞ?」
マッチョポーズを決めるブリシンガー。
「生活習慣で人間アピールしないでくれる?」
とレオナが即座に突っ込む。
ブリシンガーは「うーん」と顎に手を当てて考え込み、ふと顔を上げてさらっと言った。
「じゃあ、“だいたい人間”ってことで」
「だいたいで済ますな!!!」
全員の総ツッコミが響き渡った。




