第31話◇わたくしの可愛いさを見せつける、って何!!
……何でそんなに慌てているのかしら。
そんなに、わたくしみたいなガサツな令嬢が再婚約できたのが、変ってことかしら?
ハッ、それとも、あまりにわたくしがウィル様との釣り合いが取れてなくて、取り乱すほど驚いてる、っていうこと!?
「は、はは、まさか、ウィリアム卿ともあろう人が、そのような口が悪く可愛げのかけらもない女と、本当に婚約を?御冗談を。後悔なさる前に、やめた方が身のためですよ?」
心の底から信じられない、と言いたそうにルーカスは妙な笑みを浮かべてその頭を振っている。
嘘だ、なんて呟いて。
そんなルーカスを、淡々とウィル様は見下ろしていた。
それはとても怒っている横顔に見える。
「可愛げのかけらもない?……ほう。ずいぶんと分からないことを言うな?いっそこのまま凍死させてやろうか?」
お会いして初めて、わたくしは敬語で話していないウィル様を見た。
男の方、それも敵対する相手に対するこの方を。
「ただ単に、彼女の可愛らしさを、お前が全く引き出せなかっただけだろう?ルーカス卿」
「な、何だとっ……!!」
ルーカスの怒りをさらに焚きつけるようなその挑発的な口調は、らしくなく乱暴にも聞こえる。
けれども、その怒りから想像できないくらい優しい手つきで、ウィル様はわたくしを引き寄せた。
「きゃっ……」
こ、腰に、腕が……。
わたくしは「人前でこれは」と離れようとするけれど、敵わない。
どころか。
ますます強く抱きしめられてしまう。
「アメリア」
ルーカスに対するのとは全く違う、甘さが強い声色で耳元に囁かれて、わたくしの全身は、自然とびくびくっと震えてしまう。
「はうっ、う、ウィル様……っ!?何を……!!」
「非常にもったいなくはありますが。明確に立場の違いを判らせるため、ほんの少しですが、アメリアの可愛さを見せつけてあげましょうね」
ウィル様は、やっぱりいい小声のままそんなことを口走ると、後ろから両腕でぎゅっとわたくしを抱きしめてきた。
「ひゃっ……!?」
そんなことをされて、冷静にしていられるはずがない。
数秒も経たないうちにじわじわと熱が上がってきてしまった。
「っ、アメリア。そんな表情、俺の前では一度も……」
呟くみたいに口走ったルーカスが、その両目を大きく見開いて、わたくしの顔を凝視している。
「あ……っ、ウィル様、見られて……っ」
ぴったりとお互いの身体が密着していて、恥ずかしさのあまりに、目じりにじわじわと涙がたまってしまう。
そんな揺らいだ視界の中、氷からやっと抜け出せたようで、ルーカスが立ち上がった。
「クソッ……!!品評会当日を、首を洗って待っているといい、アメリア!!二度と薔薇に関われなくしてやるからな!!」
大声で言い捨てると、そのままわたくしたちの前から去っていく。
その場にはファニーだけが、まるで取り残されたように立ち尽くしていた。
「……は?何なの?あんた」
「えっ……?」
そのファニーは、気圧された様子になっていたルーカスとは逆に、怒りを前面に押し出した顔つきで立っていた。
その怒りは真っすぐに、わたくしだけに対して向けられている。
「結局、ルーカス様はまだあんたに執着してるし、あんたと生きることを諦めてないんじゃないの」
彼女がポロリと呟くように言った言葉に、わたくしは衝撃を受ける。
え、ルーカスがわたくしと生きるのを諦めてない……って。
「なのに、当のあんたは、次は公爵家のウィリアム様と再婚約ですって?何それ!!それだけ色々持ってるのなら、せめて高位貴族の男の一人くらい、私に譲りなさいよ!!」
今度はファニーがわたくしに手を出そうとする。
ウィル様はそのファニーの薄ピンク色のドレスの裾を氷柱で、まるでその場に縫い付けるようにして足止めした。
「きゃあっ!?なっ、何よぉ!!」
「それ以上、アメリアに近づくな、さえずるな、女。そもそも、貴様に我が名を呼ぶ権利は与えていない。不快だ」
心底不愉快と言いたげに宣言して、ウィル様はまたわたくしをかばうように抱きしめてくる。
「私はルーカス様みたいに甘くないわよ……!!絶対にルーカス様との元さやには戻させないし、あんたを潰して、オルコット伯爵夫人になってやるんだから!!覚えてるといいわ!!」
ここで思いのままにわたくしを傷付けることはできないと悟ったファニーは、ギリギリと歯ぎしりをして、まるで呪うような声で言ってくる。
わたくしを睨みつけたその二つのヘーゼルブラウンの瞳は血走って濁っていた。
「あの薔薇は、ルーカス様がこの私に下さったものなのよ!!絶対にあんたなんかに渡さない……!!」
それは本当にどこまでも自分が正しいと思い込んでいる人の目で。
ファニーは荒く息を乱していて、ふわふわカールのオレンジブラウンの髪は乱れていて、もはや令嬢としては他人に見せられないほどの酷い顔つきになっていた。
呆れた……。
渡さないも何も、わたくしはルーカスに全く関心なんてないし、あの薔薇は何があろうとわたくしのもので、ルーカスがわたくしから盗んだものなんだけれど……。
はぁ、と小さく吐息をつく。
これ以上ここにいたとしても、まともな会話にもなりそうにないわね……。
「行きましょう。これ以上このような聞くに堪えない戯言など、貴女に聞かせたくない」
すっかり気持ちを察して下さったようで。
そう言うと、ウィル様はさっと彼女からかばうようにして、わたくしを連れてその場から立ち去って下さった。
「私の幸せを潰すなんて、許さない、絶対潰してやる……」
一歩一歩この足を踏み出すたび、呪詛のように繰り返すその声が少しずつ小さくなっていった。




