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第32話◇この手はずっと繋がれたまま

「追われて絡まれるかもしれません。長居は無用ですね」


そのウィル様の意見に賛同して、わたくしは「世界薔薇品種名鑑」と「精霊を呼ぶ薔薇」、ウィル様は「魔法剣における戦闘用魔法構造式」という魔法の本、それぞれの貸出し手続きを済ませる。

そして、早々に馬車に乗り込んだ。


「アメリア、大丈夫でしたか?申し訳なかったです。ずっと隣にいるべきでした」


馬車が動き出して誰にも会話が漏れない環境になって、ウィル様が先ほどの件に触れる。


「いえ、すぐに気づいて下さったおかげで、怪我なく済みましたし……。助けて下さって、本当にありがとうございます」


もっと早く救えていたなら、と悔しそうなウィル様に、「気にしないで下さい」と微笑んで返した。


ルーカスに詰め寄られた時も、ファニーに手を出されそうになった時も、ウィル様はしっかりと守って下さったのだから、感謝の気持ちしかこの胸の内にはない。


「でも、これで品評会当日は大きく荒れそうです。あの分だと、ルーカスだけでなくファニーも、確実に妨害行為を仕掛けてきそうですし……」


ファニーの立場としては、単に恋人でより身分が高いルーカスの言動に追随しているだけと思っていた。

けれど、本人のあの口ぶりだと、自身の気持ちとして、わたくしを憎んでいるようだった。

このことは、注意しておかなければならないわね。


わたくしは夜会の時からさらにもう一段階、彼らとの確執が深まったことを認識する。


正直、品評会で敵として戦う相手はルーカスだけだと考えていたけれど、ファニー対策も万全にしておかないと。

思い込みが激しそうだし、何だか思い詰めていて……変な様子だったわ。


「そういえば、妙なこと言ってましたね、あの令嬢。あのルーカスが、わたくしとの元さやに戻ることも考えている、ですって……?」


わたくしは思わず苦笑混じりになってしまう。


確かに、「悪いようにはしない」なんて、口走ってはいたけれど。

薔薇の本を手にしていたことから考えても、付け焼刃ではありつつも、わたくしから盗んだ苗を育てる意思はあって、知識を得ようとしていたのは事実なのかもしれない。

ウィル様との婚約がなくたって、再婚約なんてありえないんだけれどもね。


「あそこまでしてわたくしを貶めたくせに、本気で再婚約ができると思っているのかしら?」


信じられないけれど、少なくとも、ファニーが心配してわたくしに当たり散らしたくなるくらいの言動や態度を、普段のルーカスがしている、ということなのかもしれない。

だからこそ、彼女はこちらに突っかかってきたのだろう。


「ルーカスは一体、何を考えているんでしょうね?」


改めて考えてみたけれど、全然分からない。

ただ、このことだけは気になっている。


「……今のルーカスが、あんなに薔薇のことを嫌っているなんて、思いもしませんでした」


出会ってすぐの子供の頃のルーカスは、わたくしのことも薔薇のことも「好きでも嫌いでもない、どうでもいい」程度にしか思っていなかったはずだ。

けれども、今のルーカスは薔薇自体への憎しみも強く抱いているように感じられた。


そんなにまで、一人の人間に薔薇を憎ませる言動を、知らないうちにわたくしは彼にしてしまっていたのだろうか……。


元から嫌っていたというのなら「そういう人もいるか」とも思えるけれど、もし嫌った原因がわたくし自身にあるというのなら、それは「人々に薔薇と笑顔を」をモットーに生きている身としては、結構、心が痛むかも……。


「……私には、彼の気持ちが少し分かるような気がしますよ」


言いながら、ウィル様はうつむくわたくしの膝の上、強く握った手の甲に、そっと指先を触れさせる。

そうやって触れられて、爪の跡が付いてしまうほどに手を握りしめていたことをやっと自覚した。

意識して力を緩める。


「そうなの、ですか?」


問いに、ウィル様が頷いた。


「ええ。一人の男の立場として、ですが。彼は嫉妬して怒っていたんですよ。薔薇にばかり貴女の心を持っていかれて」


再び手を握りしめてしまいそうになった。

けれども、その瞬間、ウィル様が跡形なく全ての不安を打ち消してしまう。


いつの間にか、手はつなぐような形にされていた。

指の一本一本が絡み合う状態になっていて、ろくに力が入らないのは、そうやってわたくしが爪で手を傷付けるのを防いで下さっているのだと思う。


けれど、単にそれだけでは済まなかった。

ウィル様の唇が、手の甲にそっと触れていて。


「私には彼のような不安はありません。貴女自身が先日、私を尊重していると教えて下さったので」


手へのキスに反応してしまった上に、告白したその時のことまですっかり思い起こしてしまったわたくしは、ただ視線を漂わせて下を見る。


「そのことは……思い出したら恥ずかしくて逃げたくなるので、言わないで欲しい、です」

「それは、なるべく長い間、このまま手を繋いでいたいから?でしたら安心して下さい。ちゃんと、逃がさないので」


ウィル様はその「逃がさない」意思を伝えてくるかのよう

に、手を握る力を少し強めてくる。


ああ。

どうしてウィル様には、全部分かられてしまうのかしら。

「恥ずかしくて走り去りたいのに、本当はずっと手放さないでいて欲しい」なんてこと、口に出してもいないのに。


恥ずかしくて直接表情を見られなくても、こうして隣にいると、ウィル様の前向きな気持ちがそのまま伝わってくる。


「……やっぱり、私のアメリアは、とんでもなく可愛い女性ですよ」


ウィル様の方から、小さく笑っている気配がしている。

でもそれはわたくしを嘲るような笑い方ではなくて、ちゃんと見守って包み込んでくれるような、じわりとこちらの心が温かくなる笑い方だった。


やっぱり、わたくし、この方のことが好きだわ……。

むしろ、どんどん好きが更新されていってるし……。


心からそう思ってしまい、また顔を上げられなくなる。


「ただ、私は薔薇に嫉妬はしませんが……貴女に手出しをする男には、嫉妬してしまいます。実際には触れられてはいないとしても、こうして触れて消毒しないと、気が済みません」


触れるだけのキスは、髪の毛の先にも落とされた。

指先にクルクルと毛先を絡ませながら、ウィル様は微笑む。


そ、そんなにも優しい笑顔を向けられるなんて……こんなの、とろけちゃうわ。


「だから今日は、私が心底満足するまで、存分に甘やかされて下さいね、アメリア」

「は、はひっ……」


呼吸困難になったわたくしは息も絶え絶えになりつつ、ただ頷くことしかできなかった。


それ以降のウィル様は宣言通り、デートにふさわしく、とても優しく甘くわたくしをエスコートして下さった。


本当に、図書館の用事を先に済ませてよかったわ……。


素敵なお店でお食事をして、植物園にある薔薇と、薔薇以外のたくさんの植物たちの素晴らしさも堪能して、経路のいくつかの気になったお店に立ち寄ったりもして。


そうやって一緒に過ごしているうちに、わたくしはすっかり笑顔を取り戻していた。


お互いの手は馬車で握り合って以降、ずっと繋いだままだった。

馬車が私をマクファーソン家に送り届けるまで。


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