第30話◇ウィル様、助けて……っ!!
「何で、あんたたちがこんなところに……」
最悪だわ。
こんなところで会っちゃうなんて……っ。
せっかくの楽しいデート日が、台無しよ。
絶対に図書館なんて場には来そうになかった人たちなのに!!
おかげでわたくしの表情は一気に曇っていく。
「それはこっちの台詞だ!!」
対して、声高に叫んだルーカスのその手には「初心者にもわかる!薔薇の育て方入門」が握られていた。
それは数ある薔薇栽培本の中でも、一番初歩的な本だった。
そういえば、わたくしもその本、子供の頃に読んでいたわね……。
ちょっと懐かしい。
「――お前も、一か月後の品評会に出るそうだな?」
つい、しげしげと視線を注いでしまっていると、ルーカスは気まずそうにその本を背中に隠すようにして訊いてくる。
先日、品評会の開催情報が新聞に掲載された。
そこで「マクファーソン家とオルコット家、ついに直接対決!?」なんて煽られてしまったから、きっとそれを読んだのだろう。
「ええ。出るわよ、当然。何か問題でもあるのかしら?」
こちらがフンと鼻を鳴らすと、ルーカスは心底面白くなさそうに顔をしかめて、チッと舌打ちした。
「あくまでも敵対姿勢を崩さないのか。少しはしおらしくしていればいいものを……!!」
「マクファーソン家の誇りを舐めてもらっちゃ困るわね!!」
薔薇のことでこちらが引くなんてありえないわ。
睨み合うわたくしたち。
「ねぇ。この人、ルーカスとお話しする時、いっつも悪魔みたいな怖い顔してるわよね。全然、可愛くなぁい」
「そうだな。少しくらいファニーを見習え!!」
「何一つ見習う必要性を感じないわね」
そこにファニーが口出ししてきて、今度は二対一でわたくしたちは睨み合うことになった。
視線が絡むと、内心の怒りがより強くなったのか、興奮しているのか、ルーカスの顔がカッと赤くなる。
赤銅色の瞳の瞳孔も大きく開いている。
「ふ……ふん。強がっていられるのも今だけだ!!どうせお前のような、性格も容姿も悪い女を欲する令息などいない!!」
そんな言い回しをするこの男は、わたくしの「令息ウケが悪い感じ」をとりわけ声高に口走る。
「お前がこの俺にまともな謝罪をしたなら、こちらも少しくらい、名ばかりの再婚約を考えてやってもいいんだぞ?そうだ、俺を立てて控えめに、殊勝に振るまってさえいれば……」
そう続けて、わたくしを傷付けることで優位に立とうとする。
けれども。
もうそう言われても、わたくしは傷ついたりしない。
「わたくし、泣き寝入りなんてしないわよ?それに、再婚約ですって?願い下げだわ!!」
言い切る。
言い切れる。
だって、薔薇を愛するままのわたくしこそを、心から欲して下さった方が、もうちゃんといらっしゃるんだもの……!!
「大体、わたくしの薔薇に手を出した時点であり得ない!!」
「何だと!?」
わたくしがひとかけらも傷ついたり躊躇したりする様子なく言い返したからか、ルーカスのプライドが傷ついてしまったらしい。
一瞬、気色ばんでその顔を青くしたように見えた。
「口を開けば、そのたびに薔薇、薔薇、薔薇……ッ、お前はつくづく、薔薇にしか関心を持てない、貴族令嬢としての資質に欠けた冷酷な人間だな、アメリア!!」
激高したルーカスが、まるで詰め寄るように一歩前に出てきた。
なので、距離を取るように一歩下がる。
「そもそも、婚約者の俺との関わりよりも薔薇の世話を優先するなど……!!せっかく奪ってやったのに、ろくに反省もせずに、まだ言い続けるか!!」
「……っ」
けれども、そのまま足を止めることなくどんどん近寄ってくるルーカス。
わたくしはその勢いに後ずさるしかない。
「何が『薔薇はわたくしの人生』だ!! 貴族の娘が、薔薇ごときにかまけて格上である嫁ぎ先の夫を何一つ優先しようとしないなど、そちらこそあり得ないだろう!!」
やがてルーカスはわたくしを壁際に追い詰める。
そしてバンと壁に手をついて威圧してきた。
「そうよそうよ!!偉そうな女ね!!」
ファニーもはやし立てる。
「薔薇を捨てると誓え、アメリア。そうすれば、俺もお前を悪いようにはしない。あの新種の品種登録だって、取り下げてやっても……」
「あんたのそういうところが、わたくしにとっては薔薇以下の存在でしかないんだって、心から思うわね」
わたくしは冷たく言い放つ。
「貴様……!!」
その右手が振り上げられるのに、わたくしは気づいた。
けれど、動けない、避けられない……っ!!
ウィル様、助けて……っ!!
自然と、わたくしは心の中でウィル様の名前を呼んでいた。
殴られると察して、わたくしはぐっと目を閉じて衝撃に備える。
そしてその直後、ものすごい衝撃音と振動があった。
けれども、わたくしの体に痛みはやってこなかった。
そろりと目を開けると、まずは目に付いたのは大量の氷の塊。
その中に、ルーカスが尻餅をついた状態で埋まっていた。
「それ以上、俺のアメリアに近づくことは許さない」
そして耳元で、ウィル様の声がする。
いつの間にか、わたくしは抱きかかえられた状態だった。
「ウィル様……!!」
お、「俺の」、ですって……!!
今はその部分に反応して恥ずかしがっている場合じゃないはずなのに、ウィル様のものと公言された上で抱きしめられている状態に、みるみる顔が熱くなってしまう。
ど、どうやら、目を閉じてしまった間に、ウィル様が颯爽とわたくしを助け出して下さっていたみたいね。
ルーカス相手に氷の魔法を繰り出して。
「つ、冷たい、痛いっ!!こ、凍って……!?ヒッ!? ウィリアム・フォン・ゾクラフが、なぜこんなところに……っ!?」
「キャーッ、痛っ、冷たっ!!背中に入ってる、ちょっとぉ!!」
あまりの早業過ぎて、ルーカス自身でさえ、その瞬間に何が起こったのかも把握できなかったらしい。
床に氷で固められている状況、そしてわたくしを守るように腰を抱くウィル様にようやく気が付いて、その目を見開いていた。
ファニーも巻き添えを食ってしまったみたいね。
ドレスの腰の辺りを引っ張って氷から逃れようと暴れている。
「ここにいる理由だと?この私こそが、今のアメリアの婚約者だからに決まっている」
ジタバタしていてそれどころじゃなさそうだったけれど、さすがにこのウィル様の発言が衝撃だったのか、二人ともがピタリと硬直した。
「は?」
「ま、まさか、本当に?俺以外の男と婚約を……?」
眉間にしわを寄せて絶句しているファニーはともかくとして、何故か、ルーカスは、狼狽と言っていいほどに、取り乱しているように見えた。




