第29話◇「アービテル」のいわれと、まさかのお邪魔虫
「ふわぁ……!!すごいわ!!さすがに壮観ね!!」
さすがの国立図書館、私の背よりずっと大きな本棚なのに、植物の本があり得ないくらいの量と質、みっちり詰まっているわね……!!
圧倒される気持ちだけど、ウィル様をお待たせしてしまうのは申し訳ないから、早速本選びに取り掛かる。
「まずはこの書籍『世界薔薇品種名鑑』、ね。品種名索引を使って……『アービテル』……ああ、これで間違いないわ」
索引から、すぐに目的のページに行きついた。
『この花は二つの家門が協力して作り上げたものである。赤薔薇を家紋とするクランシー家と白薔薇を家紋とするウィテカー家、この二家の合作であることを示すかのごとき、赤と白がまだらに交じり合ったマーブル状の模様を最大の特徴とする。貴族がこの花を贈ることには深い意味がある。』
へえ。家紋が赤薔薇と白薔薇の二つの家の合作ねぇ……。
などと、感心しながら読み進めているうちに、ある一文が目に留まる。
「『建国以来、我が国唯一の精霊召喚を果たした薔薇』……えっ、これってこの薔薇だったの!?」
建国伝説において、かつて命を狙われた英雄王と精霊女王をいばらで守り敵を遠ざけた、薔薇の精霊様。
そんな偉大な精霊と、ある育種家たちの出会い。
それはこの国に、特に薔薇栽培者の間に伝わっている、精霊遭遇譚の一つだ。
――あるところに、二人の薔薇の育種家がおりました。
時の王に命じられ、彼らは「この世で一番珍しく香り高い薔薇」を作り出すこととなります。
より美しい花を生み出すためにと、海を越え、山を越えの大冒険をして、様々な苦難の末に一つの見事な花を生み出した時、まるで祝福を与えるかのように美しい薔薇の精霊様が顕現したのです。
精霊様はとりわけ豊かにマナを含むその薔薇の誕生をただただ喜び顕現し、二人に加護を授けました。
以来、彼らは無二の親友となり、その素晴らしき薔薇は「精霊を呼ぶ花」と称され王に捧げられ、また彼らの友情の証としても永遠に称えられることとなったのです。――
ちょうどわたくしのお祖父様が当主だった時代の出来事という話で、幼い頃、よく寝物語に聞いていた「おはなし」でもある。
基本的に精霊という存在は、よっぽど相手を気に入らない限り、そうそう自らの加護を与えることはないらしい。
だからこそ、運良く加護を得られた者は幸せになれる、一般的には、何らかの願いが叶うと言われている。
建国伝説での薔薇の精霊は、精霊女王という、彼女にとっての「仕えるべき主人」を守るために顕現している。
けれど、「アービテル」の二人の育種家たちに絡む顕現に関しては、「マナを多く含む薔薇自体を精霊自身が気に入ったらしい」という点が特徴的だ。
昔はお母様に「精霊に愛されるほどの美しい薔薇を生み出せるマイスターを目指しましょうね」なんて諭されていたわね。
わたくしも「薔薇の精霊様に会いたい!!」とはしゃいだりしていたっけ。
知らない花だと思っていたけれど……本当はちゃんと知っていたんだわ、わたくし。この花のこと。
まさか、その品種名こそが「アービテル」だったとは。
これまでに絵本も色々と出ているし、繰り返し絵画のモチーフにもなっているはずだけれど、そこに描かれる薔薇に関しては、色も種類も形も一定していない。
品種が「アービテル」だ、というのは、おそらく、今では薔薇に関わる人だけが知る話なのね。
だからこそ、お父様はわたくし自身に調べさせようとしたんだわ。
あえて「あの遭遇譚の花のことだよ」とは伝えずに。
「これと……あとは、こっちの『精霊を呼ぶ薔薇』も、借りること決定ね」
わたくしは同じ棚にあったもう一冊の本も抜き出す。
頭の中でこの伝説が「アービテル」と繋がっていなかったら、関連図書と気づけなかったかもしれないわね。
そうして何気なく背表紙を見て、わたくしはハッとした。
著者名はパスカル・クランシーとアンブローズ・ウィテカーの連名。
共著という文字が見える。
クランシーとウィテカー。
その家名は、ついさっき、『世界薔薇品種名鑑』で見たもの。
「これは、絶対に読んでおくべき本だわ……!!」
その本を開こうとした瞬間。
「きゃっ、ルーカス、あの人がいるわ!!」
……待って。
どこかで聞いた声ね?
嫌な予感を胸に、わたくしは振り向く。
この世で一番会いたくなかった人たち、わたくしの人生最大の敵――窃盗犯のルーカス・オルコットと、ルーカスの浮気相手のファニー・エイミスの二人組が、そこにいた。




