第27話◇もしかして、何かいたりする?
その日も、わたくしは自分の温室で作業していた。
「さて。今日やることは、まだまだいっぱいあるわよ!!」
気合いを入れ直そうとして、すうっと一息、温室内の空気を吸い込む。
そうして、自分の温室の一角を見た。
そこには、ルーカスに奪われたあの苗と全く同じものが、地面に植えられている。
「うう、私のサングラちゃん……。こんなに、こんなに、素敵な子なのに、ルーカスのせいでケチがついちゃった……」
出品できないなんて。
ついつい恨み節が口から出てきてしまう。
申請名は「サンライズ・グラデーション」の予定だったのよね……。
これとは全然関係ない名前で申請されそうだわ。
わたくしはげんなりした気分になりながらも、淡々とサングラちゃんの手入れを進めた。
見るだけでルーカスを思い出してイラつくし、これまで育てていた数年の日々が思い出されて、辛い気持ちになる。
それでもこうして育て続けているのは、当然、この子もわたくしが自ら作り上げたかわいい子だから。
そして、この花ととてもよく似た兄弟株の品種を、今度の品評会に出すと決めたからでもある……。
わたくしは「サンライズ・グラデーション」の隣の、もうひとつの品種に注目する。そして、今度はこちらの手入れを開始した。
名前はまだ決まっていないこの仮品種名「X」を、一か月後の品評会に間に合わせて出す。
調子を落としていたこの株はルーカスから見て見劣りしていたのか、運良く窃盗に巻き込まれることはなかった。
今もまだ回復の途中だ。
このまま丁寧に管理して、ちょうど品評会当日にピークを持っていきたい。
ルーカスは確実に「サンライズ・グラデーション」を出してくる。
二つの品種は兄弟株だけあってとても似ている。
似た品種をぶつけるのなら、しっかりとどう違っているのか、審査員の方々にも差をアピールしていかないと……。
そんなことを深く考えこんでいたタイミングだった。
カタリと物音がして、わたくしはそちらを振り返る。
「……何かいたのかしら?」
でも、温室内を見回しても何もいなかったし、以後何の気配もなく。
そのため、わたくしは気のせいと処理して、ガーデンルームに向かうことにした。
ちょうど時報の鐘の音がカランカランと鳴っていた。
これは「昼休みの時間ですよ」の合図なのだ。
家族が集まる時間帯。
まだ貴族学園の学生である妹のナタリーはいないし、アシュリーお兄様も不在だけど。
きっと本邸で作った軽食をマルタが用意してくれているはずだ。
「今日のご飯は何かしら~?」
早起きして以降ずっと作業をしていたから、お腹がペコペコなのよねぇ。
ワクワクしながら、わたくしはガーデンルームに足を踏み入れる。
ちょうどマルタがテーブルに食事を用意しているタイミングで。
テーブル近くにはお母様もお父様もいる。
わたくしの足音に顔を上げたお母様だったのだけれど、何だか浮かない表情をしていた。
「ねぇ、アメリア。そこの花瓶に生けていた薔薇七輪が、いつの間にか八輪に増えていたのよ。追加したかしら?」
「えっ?わたくしは弄っていないし、知らないわ」
問われて、わたくしはお母様が視線で示した花瓶を確認する。
テーブルの中央、確かに八輪の緑がかった白色のミニ薔薇がそこに生けてある。
「お母様の勘違いで、実は元から八輪だった、とかじゃなくて?つぼみがあったのに生けた時は隠れていて、それが後で咲いたとか……?」
「確実に数えたわ。本当に一輪、影も形もなかったところに増えちゃったのよ」
「でも、奥様とこのガーデンルームに来た時、入り口には鍵がかかっていたんです」
マルタも不安そうだ。
「だったら、それまでに何者かが侵入して薔薇を増やしたってこと……?」
わたくしは呟いたけれど。
「何のために侵入までして増やす?」
お父様の問いに、わたくしたちは全員、首を傾げた。
鍵がかかっていたのにあえてその部屋の中に侵入、薔薇を一輪だけ増やして立ち去る。
そんな謎の何者かが存在していた、ということになってしまう。
通常、侵入するなら窃盗のため、つまり「奪っていく」方が普通じゃないのかしら。
けれども、そう考えていたわたくしの脳裏に一つ思い当たったことがあったので、話してみる。
「あ、でも、これは関係あるのかしら?さっき私の温室で物音がしたと思ったんだけど、見ても誰もいなくて……」
先ほどの謎の気配は、関係ある?
「……増減の方向はともかくとして、侵入者がいた可能性があるのなら、もう一度、防犯面を見直してみようか」
話したものの、どう関係するのか分からない、となった結果、全員が渋い顔になった。
念のためにとお父様が呟く。
確かに、今一番有効な手段は防犯なのかもしれない……。
やがていつも通りの昼食に状況が戻った。
今日の軽食はパイだった。
ミートパイとアップルパイが用意されていて、どちらかは選べなくて、一切れずつマルタにサーブしてもらう。
「そういえば。お父様、お母様。聞きたいことがあるんですけれど」
ミートパイを頂きながら、わたくしはふと訊いてみた。
「品評会のことに関しては答えられないぞ?」
審査員の一人であるお父様は、完全にそっちの話題が来ると思っていて、先手を打とうとしたようだ。
でも、今回ばかりはハズレだ。
「お聞きしたいのは、それとは全く関係ない話なんです」
わたくしは首を横に振った。
「さる邸宅で拝見した、『アービテル』という品種のことで、ご存じのことがあれば、教えて頂きたくて。詳細が書かれた資料が我が家の書斎では見つからなくて……」
「ほう、『アービテル』か」
けれども、お父様が楽しそうに答える。
「ちょうど今の我が家では育てていない品種ね」
お母様も、いつの間にか不安の顔から笑顔になっている。
「たしか、王立図書館に何冊か詳しい本があったな」
「ありがとうございます。調べてみます」
お父様のこの話のおかげで、ようやくわたくしは「アービテル」の謎に少し近づけるのかもしれない。
王立図書館、いいかも……とわたくしは近々行くことを決める。
ウィル様とのデート先の一つとして、提案してもいいんじゃないかしら、と。
レストランや植物園など事前に提案されていたけれど、「他に行きたい場所があるならば」と希望を聞かれていた。
だからこそ、わたくしは「王立図書館で本が借りたい」とお伝えしたのだった。




