第26話◇オルコット家の罪(ウィリアム視点)
ウィリアムが執務室の前に辿り着いてノックをすると、すぐに中から返事があった。アルウィン殿下は在室、陛下との会談は既に終わっていたらしい。
「やぁ、ウィル」
部屋には二人だけであり、アルウィンは明らかに気を抜いて少し楽な姿勢だ。
ソファーで彼がこうくつろいだ時、ウィリアムは敬語をやめることになっている。
「聞いたよ。一か月後の秋の品評会で、アメリア嬢と、例のルーカスが直接対決することになったって?」
そのように率直にアルウィンが聞いたのは、どうやら、ウィリアムの反応を見たいと思っているから。
薔薇品評会に関する物事は全て王妃・ジャスティーナが差配している。
アメリアとルーカス、双方の参加申請書類が正式に、本件の最高責任者の元に届けられたようだ。
薔薇のことでは、アメリアに何もしてやれない。
そう思い詰めたウィリアムの思考が行きつく先、それは憎き窃盗犯・ルーカスの捕縛だった。
アメリアの薔薇を盗んだことも事実としてあるが、アメリアというウィリアムにとっての「希望の薔薇」を、前婚約者として奪っていたという恨めしさもある。
「……今すぐルーカスを牢屋にぶち込んでやりたいんだが」
開口一番、ウィリアムが低い声で口走ると、アルウィンは満足そうに笑い声を上げる。
「あはは、荒れてるねぇ、ウィル」
その言葉を乱して荒れた姿を見たかったくせに、とウィリアムは眉間のしわを深くした。
この幼なじみは、喜怒哀楽が乏しいウィリアムが、あえて表情を強く乱す瞬間を毎度のように観察したがるのだ。
「ルーカスは権威を欲しがっている。マイスターにならない限り、盗んだ花をどうすることもできないからね」
こう断言すると、ローテーブルに置かれたティーポットから、手ずからお茶を注ぐ。
カップは二つ分用意されていた。
アルウィン自身と、ウィリアムの分だ。
視線だけで「お前も飲むといい」と示すと、カップに手を伸ばして、アルウィンは優雅にお茶を飲み始める。
正直、ウィリアムにとっては、のんびり茶など口にしている気分ではなかった。
しかし断れはしないので、ひとまずアルウィンの対面に座るしかなくなる。
そんな幼なじみを、どこか微笑ましげにアルウィンは見つめて苦笑した。
「ねぇ、ウィル。ままならないかもしれないけれど、アメリア嬢にしかできないことがある。時にはそれを信じて待つことも大事だよ」
アルウィンは「想い人を守れていない」というウィリアムの内心の焦りを理解していた。
王子、王太子、その立場ではなく、ただの親友として柔らかくそれを諭す。
「というわけで、今は一服しておくといい。まだお茶を飲むくらいの余裕はあるからね」
再度勧められて、ウィリアムは仕方なく不機嫌を隠さない無言のまま、カップを手に取り、口をつけた。
お茶は紅茶ではなくカモミールティにはちみつを垂らしたもので、ウィリアムの舌には少し甘めだ。
ただ、その優しい香りと味は、ささくれ立った彼の心をいくらか慰めはした。
窓が開いていて、ふわふわと風にあおられたカーテンが揺れている。
熱くもなく寒くもなく、ちょうどいい気候。
その間、一口ずつカップの中のカモミールティが減っていく。
ちょうどウィリアムのカップの中身が半分の量を切るまで、アルウィンは何も言葉を発することはなかった。
「それを飲み終わったら、そろそろ行こうか?ウィル」
けれども、ずっと沈黙していたのに、突然、アルウィンが提案してくる。
そのため、ウィリアムはその首を傾げた。
「行くって……どこにだ?」
「オルコット家の捜査だよ。許可が出た。そろそろ私も動く」
その台詞を耳にして、ウィリアムは「なぜあえてアルウィンがお茶を用意させてまで、一度側近の気持ちを鎮静化させようとしているのか」を認識する。
それは「やっとあの男を潰せる」という、ギラギラと高揚する気持ちが止められなくなるからだ。
どうやら、彼と陛下との密室会談の内容は、主にこのことだったらしい。
下準備はもう整っているようだ。
「そして早速、有益な情報も得られた」
言葉と共に目の前に差し出されたのは、一枚の書状。
「アメリア嬢の兄・アシュリー卿からだよ。彼は現在、薔薇苗の取引のために国外へと出ているわけだけど、彼がいる国に、何故かオルコットの手の者が来ていたそうなんだ」
「アメリアの兄上からの……?」
ウィリアムはまだ、アメリアの兄には会えていない。
確認すると、確かに書状の末尾には「アシュリー・ローズ・マクファーソン」と署名されてある。
「今はマグミリア商教連邦にいるんだって。でも、オルコットからは届け出はない。それなら、奴らは一体何を取り引きしているんだろう?奴らが盗んでいるのは、実は薔薇だけじゃあないのかもしれないね?」
本来、大口の外国との商談に関しては、国への報告義務がある。
しかしオルコットから王家に報告はなかった。
「アシュリー卿とは、少し交流があるんだ。普段はとてもほがらかな性格をしているけれど、さすがに今回ばかりは家族と薔薇を傷つけられて怒っているようだね」
クスクスとアルウィンは笑い出す。
実はウィリアムだけでなく、アルウィンもいくらか気分が高揚しているらしかった。
「いち伯爵令息としての書簡のみでは弱いと見たのか、『マグミリア商工ギルド長のルートからも、オルコットの荒っぽいやり方に関する相談が寄せられています』と、その旨の書類が同封されている。これでこの件は国際問題に格上げだ」
もう一枚の書状も指し示して、アルウィンはウィリアムを促す。
この休憩の終わりを知らせるように。
「そんな容赦ない、やり手の未来のお義兄様。次期マクファーソン伯爵の心証を、良くしたくないかい?ウィル」
それはウィリアムにとって願ってもない提案だった。
アルウィンの方も、彼がその提案を断るはずがないと認識して発言している。
「そういうわけで、潜入捜査活動でもしようかな、って思ってね。誘いに来たんだよ」
ニコリ、とアルウィンの笑みが深くなる。
この王太子は王の血筋でありながら、全くの別人に変装しての身一つでの潜入捜査を好むのだ。
そしてその場合は、必ずウィリアムも護衛として同行することが決まっている。
普段のウィリアムだったなら、「つくづく変装潜入行動が好きだな、お前は」などと呆れていた。
ただ、今回は主体的にそれを支えようとウィリアムは誓う。
他でもない、愛するアメリアを守り助けるために。
そのためなら何だってしてみせると、彼は心から誓う。
「……ルーカスめ、徹底的に潰してやる」
そのようにして胸の内に溜め込んだ鬱憤を完全に一掃しようと気合いを入れ始めるウィリアムに対して、アルウィンはやはり、楽し気に苦笑した。
「うーん、張り切るのは分かるけど、ちゃんと牢屋に入れて刑を受けさせないといけないからね。しっかり証拠を確保して、せめて半殺しくらいにしとこうか?」
ここまで第2章となります。
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