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第25話◇頑張る彼女のためなら何でも(ウィリアム視点)

ウィリアム・フォン・ゾグラフという男は、昔からその強すぎる魔力が冷気になって漏れがちであり、怜悧に整った顔つきや髪や瞳の色合いもあって、冷徹な人間だと思われていた。

加えて、喜怒哀楽が分かりやすい性質でもなく、父が軍人の公爵令息という立場もある。実際に単独での戦闘力も高く、誇り高く厳格な性格でもあった。


そのため、戦闘訓練後の近衛騎士団の詰所での着替え中にウィリアム宛ての手紙が届けられたその時も、それが彼の最愛の女性から送られた恋文だとは、周囲の誰も想定していなかった。


突然、漏れた魔力による冷気が彼の足元を凍らせ、ピシリと氷が張ったさまを見かけた近衛騎士たちが、自然と慌ててその姿勢を正す。


他の騎士たちの視点でこの状態を客観的に見れば、ウィリアムが手紙らしきものを読んだ後にその足元が凍り付いたため、「きっとあの手紙には、彼の機嫌を大きく損ねるような内容が記述されていたに違いない。くわばらくわばら」などという結論になる。


しかし、実際は真逆だった。


手紙は先日の、秋の品評会への参加の件・ライランズの別邸の件に触れ、ウィリアムへの相談なく話を進めてしまったことへの謝罪と、あなたを頼りにしていますという主張が主で。


ウィリアムの長年に渡るアメリアへの想いを素直に受け入れてくれているし、あちらからの想いも透けて見える。

彼女らしい、整って凛とした筆致……。


一見白一色の便箋には、よく見ると優美な薔薇が浮き出し加工でデザインしてあって、それは二人の思い出の薔薇「希望のかけら」の花の形、そっくりそのままだ。


その上、文面の末尾、「週末を楽しみにしています」と締められている。

このことに、ウィリアムは思わず呼吸を乱してしまったのだ。


……迷ったが、週末、誘ってよかった。

ウィリアムは手紙を見つめ、薄っすらと微笑む。


ほんの少し前まで、別の男の婚約者として縛られていた想い人の恋文を、こうして受け取っている。


週末にはまた会える。

先日の「出先への送り迎え」程度でなく、丸一日を使って、ゆっくりと二人で時間を過ごす……。


――まさか、そんな日が来るとは。

まるで夢のようだ、とウィリアムの口元が緩んだ。


一連のそれらは周囲の誰も、全く気が付かない程度の表情の動きでしかなかったが。

基本、家族と数人の幼なじみ、そしてアメリアの前にいる時にしか、彼の表情筋は動かない。


やがてウィリアムは手紙を丁寧に懐にしまうと、騎士服の上着を羽織り、詰所を出る。


向かうのは王太子殿下の執務室。

近衛なので基本的に侍っているのが正しいのだが、陛下と二人っきりでの話があるということだったので、その間を鍛錬の時間に充てていたのだ。


詰所がある建物から出て中庭を通り、執務室がある別の建物へと足早に進む。

進みながらも、途中で薔薇が咲いているさまを見かければ、あっという間にウィリアムの頭の中はアメリアのことばかりで占められてしまうのだった。


「アメリア……」


漏れた声は小声であり、すれ違う人々は誰も彼の気持ちの重さを認識できない。

単語自体の音を聞かれて認識されたとしても、ウィリアムという男の冷徹な人物像から考えて意外過ぎるあまり、「彼の想い人の名」とは決して思われない。


「俺は、アメリアに、好かれている……」


たとえ、勢い余ってそんなことを堂々と呟いてしまっていたとしても、だ。


先日の別れ際、アメリアはウィリアムに愛を告白してくれた。

かつて一方的に恋焦がれて高嶺の花のように思っていた相手から、自分に対する独占欲を見せられた。


薔薇と添い遂げる勢いで生きてきた彼女が、それと同等の勢いで、ウィリアムに「自分のものだし、他のどの令嬢にも譲らない」と心を寄せてくれている、らしい。


それを知ってしまったため、今までになく彼は喜んでいた。

先ほどの冷気は、喜んだゆえの魔力コントロールの乱れだ。


幼なじみともいえるアルウィン殿下、そして両親を巻き込んでの、王家への婚約の打診。

アメリアの父、マクファーソン伯爵家当主・フィリップとの婚約者変更の交渉。


軍人の父と同様に「言いっ放しで怖い」と言われがちな口調を、彼女の前では敬語に整え、自称を「俺」から「私」に。


そうやって、ウィリアムの温室での求婚は実を結んだ。


とはいえ、まだ婚約状態。

結婚についてはルーカスの罪を暴いて窃盗の件が落ち着いてからになるだろう……。


そのことを思い、ウィリアムは自然と表情を引き締める。


求婚を受け入れられた後、腕の中に閉じ込めて、つい「本当に逃げてしまいませんか?」と訊いてしまったのも、ことあるたびに抱き寄せてしまうのも、不安のためだった。


当のアメリアに嫌われてしまっては、ウィリアムは生きていけない。


アメリアにとって薔薇が至上なら、彼女は自分がいなくても、薔薇さえあれば生きていけるのかもしれない……。

そう考えていたタイミングでの、アメリア本人からの告白。


頬を赤くして目元を潤ませて、「ウィル様の愛も、今後作り出せる素晴らしい薔薇も、全てわたくしのもの」と主張してきた時の、アメリアの可愛らしさ。


あの瞬間、自然とウィリアムの手は彼女に向かって伸びかけていた。


抱きしめるだけでは済まなかったかもしれない。

そのまま馬車の中に連れ戻してしまっていた可能性さえあった。


あのまま走って逃げてくれてよかった、とウィリアムは考える。

これまで令嬢相手にそのような強い衝動にかられた経験はなく、自分でも驚きだった。


ただ。自力で賭けに出ると聞いて、ウィリアムが薔薇の件に対してできることは限られるのだとも、思い知らされた。


たとえ膨大な魔力があっても、家の権力があっても、「アメリアが薔薇を育てて、国からマイスターとして認められること」には関与できない。


彼女は自分自身の力でそれを成し遂げたいわけで、俺が俺の力で上から与えるものではない……。


自分に力があれば何でもできるはず、困ることなどないと信じてきた。

そうして実際、あらゆることが何とかなっていたウィリアムにとって、こういう展開は初めてのことだった。


元より、薔薇がなければ、出会えもしなかった。

薔薇を愛するアメリアこそを好きになった。

彼女から薔薇を取り上げることは本意じゃない。


……だが。


「やっと手に入れたと思ったはずなのに、いまだに高嶺の花を見つめているようだ……」


ままならない気持ちがウィリアムの胸を支配する。

それは彼の、ひどく子供じみた薔薇への嫉妬だった。


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