第24話◇信じられない奇跡
やがて、わたくしは鍵を開けて温室に入った。
初めて自力で薔薇の交配をしたのは、十歳の時だ。
その時は両親の見よう見まねでしかなかった。
以来、十八歳の現在、わたくしなりの理想の薔薇を追い求めて、ここでずっと観察・研究しながら育てている。
――秋の品評会に出る、ということは、選抜のやり直しをしなければならない。
わたくしは「新種候補」の薔薇ばかりを集めた区画を覗き込むように観察する。
八年分、試行錯誤をした結果、生まれた新種候補が鉢に植えられていた。
その中には、ルーカスに盗まれたあの花と交配親が全く同じ、兄弟花となるものも含まれている。
六年前に交配したものたちだ。
新しい品種を作り出すための交配は、毎年春に行われる。
交配する二種類の薔薇を選んで、片方Aは花びらを剥いておしべを取り除いてめしべだけを残し、もう片方Bはおしべだけを集めて花粉を取る。
Aのめしべに手作業でBの花粉を受粉させる。
うまくいっていれば実ができて、中にAとB両方の遺伝子を持つタネができる。
そしてそれを撒いて育てると、次世代の新種候補たちが生まれる。
このタネそれぞれから様々な性質を持つ新たな薔薇が生まれてくるし、弱く育たないまま枯れて消えていく苗も出てくる。
そうやってきちんと育った苗の中から、見た目の美しさ・香りの種類や強弱、病気に対する強さなどの特徴を拾い上げていき、何年もかけて品種を選抜していくのだ。
ここにあるのは、育種開始以来、何年も選抜を繰り返してきた新種候補たちだ。
「とはいえ……どうしようかしら……」
秋の品評会まで約一カ月。
どの苗が候補としてふさわしいだろうか。
「他の兄弟も、悪くないのだけど……。やっばり盗まれた子が一番の推しだったのよねぇ……」
呟きながら、一つ一つ観察していく。
すると、とある苗が、わたくしのこの目に留まった。
まるで盗まれたあの花の幻がそこに見える気がする。
そのくらい、似た者兄弟な花。
けれども、よくよく見ると、花びらの形や色の入り方が少し違っている。
「本当、そっくりだわ……。でも、印象は違う」
この苗はなぜか調子が悪くて、成長が滞っていた。
今年の秋の花は見られないかもしれないとも思っていた。
成長速度が戻るまではもう少し様子を見ていようと考えていて、先日の新種としての選抜からは漏れていたのだ。
「やりましたわ……!!さすがの手腕ね、わたくし!!あれからここまで持ち直していたなんて、ツキが来てますわ……!!」
運命が味方してくれているのかもしれないわ。
この花だ、とわたくしは心に決める。
わたくしは真正面から、この花でルーカスに挑みたい。
「こんな奇跡、先に繋げるしかないじゃないの!!品評会までにしっかり育て上げてみせるわ……!!」
その後、わたくしはようやく心が落ち着いて、自室に戻ることができた。
期待と不安で胸が騒ぎつつも、少しだけ、眠ることもできた。
けれども、奇跡は続く。
次の日の昼前、わたくしの元に手紙が届いた。
それはウィル様からのお手紙で、全く婚約破棄なんていう単語はそこに書かれていなくて。
「昨日のことは、少し驚きはしたが、ルーカスの動きを考えると、確かに秋の品評会への参加は理にかなっている。店のことについても、ライランズの別邸はとても素晴らしいものだったため、希望した理由も腑に落ちている。あれ以上の物件はそうそうあるものではないし、もし入手できるのであれば、改装や補修についてもしっかり手配したい。そもそも私が恋に落ちたのは薔薇と共に笑顔でありたいと願うアメリアであるため、全面的に貴女の意向を尊重したい。ただ、心配している事実はある。私の持つ全ての権力と魔力もそのためにこそ使う覚悟があるので、頼りにしてほしいとも思う。また、貴女が私に対する好意や独占欲を示してくれたことも、心より嬉しく思っている」。
こう書かれてあった。
最後に「週末に一日休みを貰っているから、二人でどこかに出かけないか」というお誘いで締めくくられていた。
これは悩んだ末に、後から追加された一行なのかもしれない。
インクの濃さと色合いが他の文章と違っているし、少し斜め、走り書きになっている。
形式ばった時候の挨拶から始まって、必要最低限の簡潔さで、少し書類の文面のようでもある、軍人のような堅苦しさがある文面。
それが、とてもウィル様らしかった。
だからこそ、その中に込められているわたくしへの気持ちや、斜め書きの文字列が、浮いたように際立っているとも感じられて……。
あえて手紙では敬語じゃないところも、飾らない気持ちをそのまま伝えて下さったみたいだわ。
感激して、昨日の不安とは全く違う涙が溢れそうになる。
絶対に破損しないように綺麗に保管しておかないと……!!
「これは、丸一日のデートのお誘い、ですね!!私もこの日のために気合いを入れて準備しておきます!!」
そんな気持ちだったから、マルタにニコニコしながら言われた瞬間に、わたくしの頭の中からは、心配なんてあっという間に吹き飛んでしまって。
そのため、今度は、「丸一日デートなんて、どんな顔でお会いしたらいいのかしら、一体何を話せばいいのかしら」などと、そればかりを考えるはめになってしまったのだった。




